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九、大事なのは気持ち…? 前

 柊さんは泣きそうな顔で僕を見下ろしていた。  どうして?  柊さん、どうしてそんな顔するの? 「わりぃ…。無理矢理した」  柊さんが離れていく。同時に僕の中に在るものも抜き去られて、酷い虚無感に苛まれる。 「柊さん…」 「服持ってくるから…それ着て帰れ…。タクシーも呼ぶ」 「…怒ってるんですよね…? 怒ってるからこんなこと…したんですよね…?」 「……これはただの八つ当たりだ」 「八つ当たり?」 「そう。また…今度ちゃんと謝りに行く…だから今日は帰れ」  帰る? このまま?  柊さんを怒らせたまま帰って…明日は? 「柊さん、お願い、僕、怒らせるようなことしたなら謝ります…。だから! …だから、嫌いにならないで…っ!」 「…おまえは悪くない。だから…」 「そんなの…そんな風に言わないで下さい…。僕、わからないんです…。どうして柊さんが怒ってるのかも悲しんでるのかも…」 「碧…」 「でも…僕…柊さんの悲しそうな顔も、辛そうな顔も見るのが嫌なんですっ。どうしようも…どうしようもなく…胸が痛くて…ッ!」  柊さんは僕の顔を信じられないものを見る様にじっと見つめるだけで、何も反応を返してこなかった。  僕の心には不安だけが蓄積していく。また…また迷惑だって思われてる…? 「僕がいけない子、だからですか…? 柊さんとしてるのがセックスだってわかっても、気持ちいいって思う悪い子だからですか…っ?」 「——んなわけねぇだろ…!」  柊さんがいつになくすごい剣幕で叫んだ。その強さに僕の体が跳ねる。  「碧…聞けよ。セックスは付き合ってれば未成年だってする」 「未成年も…? そんな…」 「おまえは北條に騙されてたんだよ。北條はセックスじゃないって言いながらおまえに強要してた。気持ちィから好きとかおまえが不細工だとか、そんないい加減な言葉を並べておまえを支配してた」  支配?  竜ちゃんが…僕を騙してた?  柊さんと出会ってから竜ちゃんに嘘をつかれていたことは知っていたけれど、騙していた? 「北條を忘れろって言っても、おまえの中から北條の陰が消えない。…なぁ、碧、俺を見ろよ。あんな奴忘れて、俺を見ろよ…!」  柊さんが頭を抱えて、苛立ちを含んだ酷く自信のない声でそう言った。その背中が寂しくて、僕はそっと近づいて、背中に触れた。ピクリと顔を上げた柊さんがベッドに膝立ちになった僕の腰を抱き寄せてくれる。必然的に柊さんの頭が胸のあたりにきて、ドキドキとしながらも柊さんの髪に手を延ばした。 「…柊さん、ぼ、僕のこと怒ってないんですか…?」 「怒ってねぇよ。おまえこそ強姦した相手に近づくな」 「ご、強姦…?! い、いつされたの…?」 「………さっき、泣いて嫌がってただろ」  さっき?  「さっきの事ですか…? き、気持ちよかったから、強姦じゃないです…」 「は…?」 「で、でも僕は未成年で…警察に逮捕されるから…それが怖くて…」 「……そんなことまで言われてたのかよ…」  柊さんは溜息を吐きながらも、僕を強く抱きしめてきた。その強さが心地いい。柊さんは本当に怒っていないみたいで僕はホッと安堵の溜息を吐いた。

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