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十三、一人は寂しい
「柊さん…僕、さっき変なこと言いましたか?」
騒ぎを避ける様に柊さんと僕は紅茶部の部室でゆったりと過ごしていた。
始業時間まではしばらくある。授業が開始するギリギリに行けば、少しはましだろうという柊さんの判断だった。
「まぁ、ちょっと公の場で言うことじゃねぇけど、結果的にあいつの面子を多少潰せたからいいんじゃねぇ?」
「……や、やっぱり僕…」
「気にすんなって、おまえはおまえでいいって。それに…」
「…それに?」
「あー、別になんでもねぇよ」
何か歯切れの悪さを感じながらも、僕はティーカップを柊さんの前にコトリと置いた。
その後柊さんに教室まで送られ、僕は沢山の視線に晒される中、席に着いた。皆、何か言いたそうにしていたけれど、だれも口を開こうとしなかった。
それは多分僕の隣に柊さんが座っているからだ。
「当分はここにいるし」
「そうなんですね」
柊さんが隣にいてくれるなら心強い。
でも、柊さんは同じクラスだったのだろうか。よく授業をサボると言っていたから、気付かなかったのかもしれない。休み時間はずっと俯いていたし、授業中は前だけを見ていたから…。
柊さんは授業を受けるのも面倒くさそうで、頭の後ろで指を組み、椅子の背もたれにだらしなく体を預けていた。優しくてとってもかっこいい柊さんの反抗期のような少し子供っぽい一面。
それがかわいくて僕はクスリと笑ってしまった。授業中に笑うなんて罪悪感があるけれど、すこしの間だけ許してもらおう。
柊さんは僕の笑い声に気付いてしまったようで、僕を見つめて何度か瞬く。それから気まずそうに目を逸らされてしまった。
どうしたんだろう。変な顔をしてたのかもしれない。自分が良い気になりすぎていたことに気付いて、目を教科書に落とした。
その後、誰かが息を呑む音と、「ひぃ」とまるでお化けを見たかのような声を上げていた。きっと柊さんの機嫌が悪くなったからに違いない。
それからは僕はいつも通り授業を受けた。
たまに隣を窺ってはいたけれど、柊さんはボーっとしたりスマートフォンを弄ったりと、全く授業内容に興味がなさそうだ。
柊さんのお兄さんはお医者さんだけれど、柊さんも将来お医者さんになるのだろうか。勉強しなくていいのかな、と僕はお節介なことまで考えてしまう。
放課後になり、いつものように部室に向かう。その道のりで色んな感情の入り混じった眼差しを向けられた。竜ちゃんのストーカーと言われていた僕が柊さんといるのがよほど珍しいようだった。
柊さんが、僕がストーカーじゃないと言ってくれた情報はどれだけ広まっているのだろうか。
「碧、俺ちょっと用事あるし、ここで待ってろよ」
部室に着くとすぐに柊さんが言った。
「…はい…」
「すぐ戻ってくるから、そんな顔すんなって、な?」
カギ閉めてれば大丈夫、という柊さんのアドバイス通りにカギを締める。
そこに訪れる静寂。
柊さんがいない。いつも隣にいてくれる柊さんがいない。それだけで、部室はいつもの部屋ではないように見えた。
前までずっと一人でここにいたのに、寂しいなんて感じたことがなかった。今はすべてのものが無機質に見えて、寒ささえ感じるような気がする。
「柊さん…」
柊さんが戻って来ればすぐに紅茶が飲めるようにお湯を沸かし、いつも柊さんが座っている椅子に腰かける。僕の椅子と形は変わらないのに、何となく柊さんを感じられて嬉しい。自然と頬が緩む。
その時、コンコン、とノック音と同時に『碧』と小さなくぐもった声が聞こえた。
すぐに戻ってくるって言っていたけれど、本当にすぐだった。トイレだったのかもしれない。
僕は緩んだ頬を引き締めて、柊さんを迎え入れるためにドアを開けた。
「柊さん、早か…」
ドアを引いて、柊さんを見上げた。けれど、そこにいた人物は金髪じゃなくて、柊さんとは正反対の真っ黒で艶のある短髪で、誠実な印象を与える——、
「…竜、ちゃん…?」
優しい竜ちゃんの微笑み。大好きな竜ちゃんの笑顔。でも酷く恐怖を感じた。
「ひさしぶりだな、碧」
一歩踏み出した竜ちゃんとは反対に、僕は一歩後ずさった。
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