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十四、好きなのは竜ちゃん。でも…
「碧? どうした?」
後ずさった僕の腕を竜ちゃんが掴んで、不思議そうに僕を見た。
「ああ、そうか…。寂しい思いをさせたからな。ごめんな、碧」
竜ちゃんの手が僕の頬に触れる。
朝のことがあったのに、竜ちゃんは何も変わってないように見えた。怒ってもいないようだった。
さっき感じた恐怖は勘違いみたいだ。僕はホッと胸を撫で下ろした。
「…竜ちゃん…」
「仕方なかったんだ。ヒカルに本気なのを見せて欲しいと言われて、大事なおまえを傷つけるしかなかったんだ。今はすごく後悔してる。やっぱり一番はおまえだった」
「…じゃ、じゃあ…」
「おまえを邪魔だなんて一度も思ったことはない。そうだろ? 碧。おまえは俺の大切な幼馴染なんだからな」
竜ちゃんは微笑んだまま、僕の髪の毛をそっと撫でた。色の明るくなった僕の髪を指に絡める様に弄ぶ。
あれは演技だったということだろうか。本当に、竜ちゃんは僕を幼馴染だと思ってくれているのだろうか。
「如月に…何をされた?」
「…何もされてなんかないよ…。凄く優しくしてくれて…色々助けてくれて」
「それでセックスまで許したのか? あいつに」
「そ、それは…、セックスって…知らなかったから…」
「俺がどうして言わなかったか分かるか? おじさんに碧のことを頼まれてたからだ」
「お父さんに…?」
「そう。あの行為が気持ちいいものだと知ってしまえば、道を外してしまうかもしれない。だからセックスは痛いものだと思わせるしかなかった…。碧には酷いことをしたと思ってる。本当にごめんな」
「…僕も嘘ついてるなんて思ってごめんなさい…」
「いいんだ、碧。俺がそうさせてしまったから。ただ…触り合うのだけは気持ちいいと思っていて欲しかった。碧には俺を好きでいて欲しかったんだ。本当に自分勝手で…ごめん、碧」
竜ちゃんはそっと僕の背中に腕を回して、ゆっくりと僕を抱き寄せた。
竜ちゃんもセックスは気持ちいいって知ってたんだ。でも僕のために嘘をついてくれてた。そう言う事だったんだ。
「僕…竜ちゃんに嫌われたかと思って…」
「嫌うなんて…あるわけないだろ? 閉じ込めておきたいと思うぐらいに碧が可愛くて仕方ないんだ。だから顔も隠させて…」
「だから前髪も…?」
「そうだ。おまえを守りたかったんだ。ヒカルも…あいつらも俺の気持ちを分かってくれた。だからもう、心配ない。また碧の所に来れるようになったからな」
「…竜ちゃん…」
「――それよりも如月だ。あいつは碧を引きずり落そうとしてる。よからぬことを教えて、碧と俺の仲を引き裂こうとしてる」
「そ、そんなこと、柊さんがするはずないよ。僕…柊さんにたくさん助けてもらったんだから」
竜ちゃんは目を見開いてから、酷く悲しげに目を伏せた。
「碧…、俺の事が信じられないのか…?」
「…ち、違うよ。そうじゃないよ…そうじゃ…」
「じゃあなんだ? 碧。どうして俺よりあいつを信じようとする?」
「そういう訳じゃ…」
わからない。
僕はどうして柊さんを信じたいって思うの…?
首を振って竜ちゃんを見上げるけれど、竜ちゃんは無表情で…。また怒らせてしまった。
「――――ッ」
突き飛ばされ背中を壁にたたきつけられて、痛さで息が詰まる。
髪の毛を掴まれ、座り込みそうになったのを阻止されて、上を向かされる。竜ちゃんの額が僕の額にコツリとつけられた。
「…竜ちゃ…、…ごめんなさい…怒らないで…」
「碧。俺は怒ってなんかないよ。おまえがいけない子だから、悲しいんだ。わかるか?」
「…ごめんなさい…ッ」
「あんな不良と一緒にいると知られたら、おじさんはどう思うだろうな?」
「………ごめんな、さい…」
「碧、あいつのことは忘れろ。おまえの事は俺が一番よく分かってる」
「…竜ちゃん」
「俺はおまえが心配なんだ。おまえが大切だから」
「ぼ、僕…」
「愛しているよ、碧」
愛している。
アイシテイル。
「碧が好きなのは、誰か分かるな?」
頭がクラクラする。頭を打ったせいかもしれない。
僕は竜ちゃんの制服を掴み、しがみ付いた。
「…竜ちゃん…竜ちゃんが好き…」
僕が好きなのは竜ちゃん。僕が好きなのは。
——じゃあ、柊さんは…?
「あいつに抱かれたことを忘れさせてやろうな。もう痛くなんかしないから」
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