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十五、柊さんにしか触られたくない
「碧」
竜ちゃんの額が離れて、代わりに竜ちゃんの唇が触れた。髪の毛から手が離されて、僕は壁に背中を預けながらずるずるとしゃがみ込んだ。
竜ちゃんもそれを追うように僕の脚の間に膝をつく。
優しい笑み。久しぶりに頭を撫でられた。いつもこうやって撫でてもらえるのが、嬉しかった。
でも、僕は今、何を感じているのだろう。
シャツのボタンが外されて、首に竜ちゃんの唇が触れる。それがするすると滑り降りて鎖骨をなぞり、ゾワリと背中が粟立った。
「…っ…!」
咄嗟に僕は目の前にある体を突き飛ばした。
無意識だった。
でもその直後に、自分が突き飛ばした人物が誰だったのかを思い出して、茫然とする。なんて言う事をしてしまったんだろう。
竜ちゃんは僕に突き飛ばされるなんて思っていなかったようで、地面に尻餅をついていた。
ゆったりと顔を上げた竜ちゃんの剣呑さの宿る細められた目が僕を見据える。
「碧」
「…ぁ…ごめ、なさ…」
「そんなに良かったのか? あいつとのセックスが」
怖い。
壁が真後ろにあるせいで、その恐怖から逃げ出すことは叶わなかった。
竜ちゃんの手が伸びてきて、僕のシャツの襟元を掴んだかと思えば、左右に引き裂いた。引きちぎられたボタンが宙を飛び、軽い音を立てて床に転がっていく。
「……ぁ、」
「あぁ、違うな…。わかってる。碧はそんな淫売じゃない。ただ、俺が構ってやらなかったから、拗ねてるんだよな」
「…りゅう、ちゃ…」
「わかってる。碧の事は俺が一番わかってる。寂しかったよな。ごめんな…。けどな、そんなおまえにあいつは付け入って、セックスが目当てで近づいたんだ。わかるだろ? あいつは不良だ。——おまえは騙されてるんだよ」
竜ちゃんが僕の剥き出しになった肌を撫でる。手が触れるたびにぞわぞわと鳥肌が立つ。柊さんに触られたときとは全く違う感覚。
「…ぃ、…」
床に押し倒されて、竜ちゃんは覆いかぶさってくる。僕を撫で回しながらも竜ちゃんの片手が器用にベルトを外していく。ズボンがずらされて、下着に手がかかる。
そして、僕のペニスに竜ちゃんの手が触れた。
「——や…っ」
違う。
違う。
竜ちゃんの腕をとっさに払って、ペニスを隠すように体を捩った。
「…みどり」
体の芯を震わせるような低い声が竜ちゃんの口から零れた。
ハッとして、竜ちゃんを見上げた途端に、パチンという音と共に頬に焼けるような痛みが走った。僕はピリピリと痛む頬を押さえながら、体が震え始めるのを感じていた。
怖い。
ただただ口端を上げた竜ちゃんが怖かった。
「下手に出れば、つけあがりやがって。いい加減にしろよ? 碧。おまえは俺のものだ。おまえは何も考えなくていい。俺の言う事さえ聞いていればいい」
「…ぁ、…りゅ、ちゃ…」
「おまえは俺の事が好きなんだから」
うつ伏せにされて、腰を持ち上げられる。
這って逃げようとすれば、脱げかけのシャツを引っ張られて、手首に固まったシャツが腕の自由を利かなくする。肩と頬を床に擦りつけるような恰好をさせられて、僕の恥ずかしい部分が空気に晒された。
怖い。
触られたくない。
気持ち悪い。
竜ちゃんに対して感じたこともない感情。
「しゅうさん…っ!」
気が付けば、僕はそう叫んでいた。
柊さんに触られて、嬉しいと思った。気持ちいいと思った。——幸せだと思った。
『自分の気持ちを信じろよ』
柊さんは言ってた。
僕は僕を信じたら良いって。
柊さん。
僕は柊さんにだけ。
柊さんにしか触られたくない…!
「いやっ…触らないで…!」
「——ああ?!! もういっぺん言ってみろ!!」
「…っ…やぁ…」
髪の毛を掴まれて、頭を持ち上げられる。そのまま顔面から床に叩きつられる。
——そう思った瞬間だった。
ドアが爆発したのかというほどの強烈な音を発したのち、蝶番ごとドア枠から離れ、部屋の内側に倒れてきた。
「な…」
竜ちゃんもさすがに言葉を失い、その光景を眺めていた。急に髪を掴んでいた竜ちゃんの手が離れたせいで、自分の頭を支えきれずに、ガツリと頬骨から床に打ち付けた。その痛みを感じながらも、僕はある存在を感じた。
体を動かせない僕にはドア口に立っているのが誰か見えなかった。
——けれど、僕は知っている。そこにいるのは柊さんだって。
すぐに戻ってくる。柊さんはそう言ったから。
「どけよ、北條」
「…っ! 如月おまえ、なんでここに…。査問会議が」
「もう一回言うぜ? ——そこをどけ、北條」
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