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第1話 出会い(九歳)その1
――セオドリック9歳。
(つまらぬな)
隣国であるフィオーレ王国への初の訪問。
俺の国である騎士国家ミスターヴと、魔導師国家フィオーレの同盟が成ったのは、今から半年前の事だった。
昔からあまり仲が良い国家間ではなかったが、近年激しくなる魔人からの侵略に対する同盟として、俺の父親である国王イーリスアスから、フィオーレ王エレノアへと持ち掛けたのだ。
本来ならばもう少し早い段階でフィオーレへと来るはずだったのだが、唐突な同盟は多少国内を混乱させ、その結果内政を整えるのに半年かかったのである。
俺の父親は、少々頭が固い男だ。
ミスターヴの民族性は、何事にも大らかであり、自由を愛する。
性に対しても奔放な事が多いのだが、父上は違った。
娼館から娼婦を呼ぶこともなければ、ハーレムで多くの女を抱えようともしない。
子を成すために側室は迎えたが、たった一人だけだ。
俺の母親であるオフィーリアは、王の寵愛を得た、そのたった一人の女として、民からは慕われているが、傍で見ていてわかるが、両親は互いに恋愛感情は持っていない。
母上はどちらかと言えば物静かだが、性格はキツイ女だった。
いつだったか、母上が「王は儚くて折れそうな方がお好きなのよ」と言っていたので、おそらく母上は好みではないのだろう。
母上も、「わたくしは、嫋やかな麗人が好きよ」と言っていたので、こちらも父上は好みではないのだろう。父上はアルファの中でも大柄であるし、筋肉質である。顔立ちは端正だが、麗人と言う顔立ちではない。
性格も、無口で不愛想だし、愛想はない。浮かべる笑みは、どう見ても悪役である。
そんな二人には、戦友と言う言葉が似合うと個人的には思う。
ちらりと、城の広場を見ると、中心に両親は居た。
豪奢な衣装身を包んだ二人の風格は、比較的おとなしい雰囲気のフィオーレの中では、やや毒々しい位に目立っていた。
ミスターヴは派手好みな上、露出を好む傾向にある。
反対に、二人と対話しているフィオーレの王と王妃は、上品な雰囲気で露出も少ない。
(しかし、あちらの王妃は、何というか……逞しいな)
王であるエレノアは、女性のアルファである。
王妃は、オメガの男性のため、この場合夫はエレノアになるのだが、オメガにしては珍しく、フィオーレの王妃はしっかりした体躯をしていたため、一見するとアルファでも通りそうだった。
なにせ、父上とそんなに代わり映えしないのだから。
(かろうじて背は父上が高いくらいだ)
俺は、恋愛対象は小柄なオメガかベータのため、正直理解に苦しむ王の好みだった。
とはいえ、そんな事を口に出してなど言えないのだが。
深くため息を吐いて、俺が肩を落とすと同時、隣でも同じようにため息を吐いている奴がいるのを感じ、俺は視線を上げた。
「……お前、か。ゼクス」
その姿を確認して、思わず、俺の声は低くなった。
ゼクス。
フィオーレ王の長男である、つまり俺と同じ第一王子だ。
こいつは、俺が苦手とする奴だった。
年齢は俺と同じで九歳だが、子供らしい可愛さなど一切ない不愛想な奴で、性格も俺とは一切合わない。
正直、俺自身も子供らしくはないと思う。
自分で言うのもなんだが、この年にして既に、可愛ければ男女見境なく口説く俺は、ある意味では異端だと思う。いくら国が奔放だからと言って、俺の年齢で男女問わず綺麗どころを侍らしている奴は見たことがないからだ。
といっても、ミスターヴでは口説くのは礼儀と言われるくらいなのだから、そこまでおかしい話ではない。
精通が来ていれば、俺は速攻で童貞を捨てていただろうが、幸運な事にまだだった。
対するゼクスは、九歳とは思えない貫録を持った奴だった。
背は俺と変わらないが、俺よりもがっちりとした身体つきをしているし、何より眼光が鋭い。目つきが悪いと言うか、何かを悟ったかのような眼差しをしている。
性格は、一言でいえば糞真面目だ。
王族の責務や、品格など、延々と話してくるのだ。しかも、その理想論がとにかく硬い。
俺も王族なので礼儀作法には煩くしつけられてはいたが、ゼクスの理想は狭すぎてつまらなくて、俺には理解できなかった。
しかも押し付けてくるのだ。
俺が少しでもゼクスの意に沿わない態度を取ると、鋭い視線で攻めてくるし、実際に苦言を言ってくるので、それでも最初のうちは堪えていたのだが、ついに我慢できなくなって爆発し、三日前に殴り合いの大喧嘩となった。
「ふん。相変わらず、締まりのない顔だな、貴様は」
見下す様にゼクスが言うのを聞いて、俺はゼクスを睨みつけた。
「お前も相変わらず面白げのない顔をしている。そんなに眉間に皺を寄せると、一生笑えないのではないか?」
それからはずっとこの調子だった。
互いの両親からは親しくしろと言われているが、親しくなれる要素が無いのだから、ある意味では困る。
何しろ被るところが一切ないのである。
何か好意的な所をと探そうと努力するものの、すがすがしい位に共通点がない上、好みも真逆なのだ。
「私はお前の様に誰彼構わず愛想を振りまき、媚びは売らないだけだ。小柄な奴らを侍らせて悦に浸っているお前のようにはな」
「はん? 何、お前、もてないのを僻んでいるのか? すまんな。俺がもてているのが羨ましいのだろう」
本当に不愉快な奴である。
可愛い顔をしている奴に声をかけて何が悪いのか。
俺にとっては挨拶のような行為だし、本気で口説いているわけではないのだから、文句を言われる筋合いはない。
「俺は貴様と違い、誰でもいいわけではない。愛する相手にだけ好かれればそれで良いからな」
「うざいな」
ゼクスの中では、どうやら俺は相当に気が多い奴らしい。
否定はできない。
おそらくながら、俺は一人には絞れないタイプだからだ。
しかも、皆を気に入って選べないのではなく、心の奥底では誰でも良い、と思っているがゆえに選ばないのだ。
「いろんな男女をハーレムに入れて、子をたくさん作ればいいんだよ。子がたくさんいれば、王族の責任は取ってるだろう?」
俺の言葉に、ゼクスが顔を顰めたのを見て、俺は鼻で笑った。
大体一人に絞っても、その相手をずっと好きでいるかなんて分からない話だ。
次の美しく若い奴が居れば、そちらに心が移るのは当然なのだから。
俺は、何事にも熱くなれない所があった。
軒並みの事が平均以上に出来、王子である立場上、並び立てる友人が居ないのも、きっとそれに拍車をかけているのだと思う。
そうやって幼少時代を過ごした結果、今の俺になったわけだ。
(それに対して説教をするなんて、こいつは何様なんだ!?)
「いいか? 父上たちは、お前と仲良くしろと言うが、俺はお前と親しくなる気はない。俺たちは気が合わないことくらいお前だってわかるだろう。同盟国として最低限の礼は尽くせるようになるように俺も努力はするがな。それだけだ」
これ以上絡まれるのは我慢ができなかった。
「おい」
ゼクスが声をかけてくるが、俺は無視し、中庭へと足を進めた。
――ゼクスの事が不愉快だったのは、きっと俺が心の奥底では、ゼクスの言った言葉が羨ましい、とそう思ったからかもしれない。ただ、それに気づくのはまだ先の話だった。
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