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第2話

 地回りの帰り道、妙に男前の外国人フレデリックを拾ってから三ヵ月が経っていた。  会ったその日に男から告白されるという前代未聞の一件は、未だに夢か何かであってくれと辰巳は思う。  だが、そんな期待は今日もまた鳴動する携帯電話に打ち砕かれる事となる。  自由業よろしく昼から酒を飲んでいた辰巳は、事務所のソファで携帯電話を取り出した。液晶に表示されたフレデリックの名前に、思わず奇妙な声が漏れる。 「げっ…」 「どうしたんです? 若」 「なんでもねぇよ。電話すっからお前ら席外せ」  あまり会話を聞かれたくない辰巳は、周囲の男たちを手を振って追い払った。大人しく部下たちが出ていくのを確認して、通話ボタンを押す。  嫌なら出なければいいだけなのだが、辰巳は変なところで情が深い。 「俺だ」 『ああ、辰巳? 今日も素敵な声だね』 「あぁん? 男に素敵な声もクソもあっかよ」 『僕が勝手にそう思っているだけだから、気にしないで』  このところ、数日おきにフレデリックはこうして用もないのに電話を掛けてくる。  別段仕事の邪魔という訳でもないが、友人というものはこう頻繁に遣り取りをするものなのだろうかと、悩むところではあった。  辰巳には、友人というものがいない。  生まれた時からヤクザの跡取り息子という肩書を背負い、友人などというものが出来るはずはなかった。  ご多聞に漏れず、辰巳自身の中身を見るでもなく遠巻きに眺め、時には後ろ指を指される人生を送ってきた。  それがトラウマにでもなったかというと、そうでもないのだが、とにかく友人などという物とは無縁の生活を送ってきた事だけは確かだ。 「それで? 今日は何だってんだ」 『ああ、そうそう。明日、横浜に着くんだけど会う時間はあるかな?』 「ああ? またえらく急な話だな。予定分かってんだから早めに言えよ」 『ごめんごめん。本当はもっと早く言おうと思ってたんだけど、つい言いそびれちゃってね』  フレデリックの乗る船は、明日の昼に横浜港に入港するという。  夜までは乗務があるため、その後で会わないかという誘いだった。 「まあ、構わねぇよ。それなら横浜まで迎えに出てやる」 『本当に!? それは嬉しいなぁ』  電波を通して聞こえてくるフレデリックの声は実に嬉しそうで、辰巳は思わず苦笑を漏らした。  この男は、どうしてこう素直なのだろうか。 「お前ってホント…」 『うん? 何だい?』 「何でもねぇよ。じゃあ、明日二十二時に横浜でな」 『うん。待ってる』  そう言って、通話は切れた。  思わず、辰巳は手の中の携帯電話を見つめる。  ――待ってる。…って、随分色っぽい声出しやがってあの野郎…。  フレデリックの声が、まるで恋人に向けられたようなそれである事に、辰巳はしっかりと気付いていた。  本当に、質が悪い。と、そう思う。  何よりも、それを嫌だと思わない自分が一番質が悪い。   ◇   ◆   ◇  翌日。辰巳はフレデリックに約束した通り、横浜港にやってきていた。  フレデリックの乗る船はかなり大型の客船で、まさしく豪華客船と呼ぶに相応しいその容貌を見上げて辰巳は思わず息を漏らす。  ――こんなでかい船乗ってたのかアイツ…。  初めてフレデリックと会った際に、船乗りと聞いてそのツラで漁船か何かかと辰巳は勘違いをした事があった。フレデリックは笑って客船だと答えたが、なるほど、こんな船ならフレデリックの相貌とも似合いだと思う。  フレデリックの事だ、さぞかし制服が似合う事だろう。と、そこまで考えて、辰巳はふるりと頭を振った。  いったい、自分は何を考えているのかと苦笑する。  港に接岸した大型客船のすぐ下で、停めた車に寄りかかりながら辰巳は煙草をふかす。今日の辰巳は運転手の一人も連れてはいなかった。  程なくして、フレデリックは姿を現した。 「やあ、辰巳。三ヵ月振りだね」 「ああ」  にこにこと嬉しそうに笑いながら手を上げるフレデリックは、辰巳の目の前まで来ると、その腕で辰巳を抱き締めた。  何となく予想はしていたものの、辰巳の口から地を這うような低い声が漏れる。 「フレッド……」 「嫌だなぁ、挨拶だよ。下心は……まぁ、ちょっとはあるけどね」 「連れがいる時にやったら、ぶん殴るぞ」 「連れ? ああ、運転手かい? そう言えば今日はいないんだね」  辰巳の後ろにある車を覗き込むようにして、フレデリックが朗らかに笑う。 「横浜くんだりまで来て家業宣伝することもねぇだろ。逆に面倒臭ぇんだよ」 「なるほど」 「いいからとっとと乗れ。アンタは、目立って仕方がねぇ」  車を変えたところで妙な威圧感と、纏う雰囲気が明らかに一般人ではない辰巳だ。  それなのに自分の事を棚に上げて目立つなどと言う辰巳に、フレデリックは苦笑を堪えながらも大人しく車に乗り込んだ。  普段辰巳が乗る車とは違って、ごく普通の一般車。と言っても、一応高級車の部類ではあるのだが、窓にスモークは張られていない。  辰巳の運転は意外にも丁寧で、フレデリックは車窓から流れる景色を見つめていた。 「そういやフレッドよ。明日は休みなのか?」 「そうだよ」 「ホテルは? 船に戻るなら横浜で飲むが」 「ああ、そう言えば考えてなかったなぁ」  へらりと、フレデリックが笑う。 「辰巳の家に、行ってみたいな」 「あぁん? お前、俺の家が何だか分かってて言ってんだろうな」 「勿論だよ。でも、僕は辰巳の事が知りたい」  自分の事を知りたい、などと言われたのは辰巳にとって初めてだ。思わず顔に熱が集中するのを感じて、辰巳は誤魔化すように煙草に火を点けた。  紫煙が、車内を揺蕩う。 「お前は本当に物好きだなぁ」 「そうかな?」 「そのツラなら女でも男でも選び放題だろ。どうして俺なんかに興味を持つ?」 「一目惚れだよ。初めて辰巳を見た時、佳い男だと思った」  フレデリックは佳い男だとそう言うが、それは買いかぶり過ぎだ。辰巳は、自分自身をよく知っている。  口が悪く、喧嘩っ早い。思った事はすぐに口に出すし、ただ極道の家に生まれた跡取りという名目の下に人の上に立ち、好き勝手してきた。 「お前が思うような人間じゃねぇよ」  そう、辰巳が言えば、フレデリックは静かに微笑むだけだった。  否定もしない。代わりに。 「僕が好きになった。それだけでいいんじゃないかな」  ――ああ、この男はなんて真っ直ぐなんだろう。  辰巳は、自分がこの男に興味を持った理由をようやく理解した。似ているのだ、自分と。  何度も言うが、だからと言ってフレデリックの気持ちを受け入れるかどうかは、また別の話である。 「まあいいや。辛気臭ぇ話はここまでだ。別に家に来んのは構わねぇが、俺の部屋に入るまで黙っとけ。それが出来ねぇならこの話はナシだ」 「わかった。大人しくしておくよ」  辰巳の家は、都心にありながら結構な広さの敷地を持つ日本家屋だった。  もちろん、防犯カメラはダミーと本物を含めて数えきれないほどある。先ず、普通なら近寄りたくもない雰囲気の家だろう。  敷地を囲う塀は高く、道路に立っただけでは見えないが、塀の上には細いワイヤーが通っていて常時電流が流れている。  辰巳は電話一本でその堅牢そうな門扉を開けさせると、そのまま玄関の前まで車を乗り入れた。 「お帰りなさい、若!」 「客だ、飯は要らねぇ。酒と、何かツマミになるようなもん持ってこい」 「はいっ!」  出迎えの部屋住みにそう告げて、辰巳はフレデリックを連れて真っ直ぐ自室へと向かった。  後ろをついてくるフレデリックは、辰巳の言いつけ通り一言も言葉を発せず、物珍しそうに日本家屋を見ている。  辰巳の部屋は広い続き和室で、奥を寝室として使っていた。  手前の部屋にこれといって目を惹くような物はなく、あるのは中央に一枚板の大きなテーブルと座椅子だけ。小ざっぱりとしている。 「何も面白くねぇ部屋だろ?」 「正直、こんなに物がない部屋を見るのは初めてだよ」 「寝に帰るだけの部屋だ、これで十分だろ」  テーブル横の座椅子に座るようフレデリックに視線で示して、辰巳は奥の部屋へと足を踏み入れた。何やら箪笥の引き出しを漁っていたかと思うと、片手に乗る大きさの箱を持ってフレデリックの前に胡坐をかく。  辰巳が放り投げた箱を、フレデリックは宙で掴むとその中身を確認した。  中には、腕時計が入っている。 「今後、俺と会うってんならソレ嵌めてろ。日本にいる間だけでいい」 「これは?」 「GPS」  あっさりと辰巳が告げる前で、フレデリックはしげしげと時計を見つめた。 「どうして僕にこんなものを?」 「何かあった時に探すのは面倒臭ぇからよ」 「ああいや、そういう意味じゃなくて。こういう言い方が適当かは分からないけど、こういう物は大事な人に渡すものだろう?」 「ああ?」  一瞬、辰巳はフレデリックが言っている意味を理解出来なかった。  数秒考え込んで、言葉の意味に気付く。 「大事な人、ねぇ…。お前が俺の事をどう思ってるのか知らねぇが、俺には友人なんてモンはいねぇんだよ。まあ、お前が初めてのオトモダチってこった」 「それって、凄い殺し文句だよ? 辰巳」 「はぁん? 何でそうなる」  思い切り眉を顰める辰巳とは対照的に、フレデリックは嬉しそうに時計を撫でた。 「てかよ、普通はGPSなんて持たされて気分悪ぃもんだろ。何でそんなに嬉しそうなんだよお前は…」 「そうかな。僕は、嬉しいよ? これって、僕に何かトラブルが起きたら辰巳が助けに来てくれるって事だろう? 最高じゃないか」 「あー…、ああ、なるほど。お前の思考回路が歪んでるってのは、理解出来たわ」  がくりと項垂れて額に手を遣る辰巳を、フレデリックは朗らかに笑って見つめていた。  どうやら自分が盛大な墓穴を掘ったらしい事に辰巳が気付くと同時に、部屋の外から声が掛かる。  お世辞にも人当たりがいいとは言えない強面の男たちが数人、酒やらツマミの乗った盆を運んでテーブルに並べると、行儀よく挨拶をして帰っていった。 「おいフレッド」 「なんだい?」 「飲めねぇ酒はあるか?」 「冷酒はちょっと苦手だなぁ。それ以外はないよ」  辰巳はウイスキーを二つのグラスに注ぐと、片方をフレデリックに手渡した。 「ありがとう」  グラスを合わせて、辰巳は一気にグラスの中身を飲み干した。すぐさま手酌で酒を注ぐ。  付き合いで飲むことも多く、自身も酒が嫌いではない辰巳は、かなりの酒豪だ。まして自宅とあれば、帰りを気にする事もない。  やがて他愛もない話をしていたフレデリックが、妙な唸り声をあげた。 「うぅーん…。やっぱり落ち着かない」 「あん?」 「こう、物がなくて広いと、どうにも落ち着かないというか…」 「そうかぁ?」  辰巳は改めて自室を見回してみるが、当たり前ながらこれが普通なので何の気持ちも起きなかった。  すると、フレデリックは大きなテーブルを回り込んで辰巳の隣に座る。 「うん。これなら安心する」 「はあ?」 「座敷でお酒を飲むのは、初めてだよ」  躰の大きさに比べると些か低い一枚板のテーブルに肩肘を突いて、フレデリックが隣の辰巳を見上げる。  どこか妖艶なその表情にうっかり飲み込まれそうになって、辰巳は視線を逸らせた。  明らかに誘うような顔をされるのは、心臓に悪い。 「お前よぉ、フレッド」 「なに?」  妙に色気を出しておきながら、悪びれた様子もなく返事をするフレデリックの頬を、辰巳はぐにっと摘み上げた。 「痛いよ辰巳……」 「オトモダチって、俺は言わなかったか。あぁん? てめぇはダチにもそんな色目を使うってのか?」 「色目…?」  辰巳に頬を摘ままれたまま、フレデリックがきょとんと呟く。 「お前…、色目って言葉がわかってねぇのか?」 「えっと…、誘うような目って事で合ってるよね?」 「あー…もういい。わかってんなら構わねぇよ」  パッとフレデリックの頬から指を離して、辰巳はテーブルに突っ伏した。  その横で、フレデリックが摘ままれた頬を撫で擦る。  ――コイツ、無意識かよ…。本気で質悪ぃな。男のくせに色気あり過ぎんだろ。  うっかりしたら手を出してしまいそうな程度には、辰巳の倫理観は重くない。ただ、同性にそんな気持ちを抱いたのは初めての事だったけれど。  一度躰に芽吹いた火種を消せるほど、辰巳は大人ではなかった。  ――つか、誘ったのコイツだし、まあいいか。  顔を上げた辰巳の目が、胡乱気に眇められる。  次の瞬間、辰巳はフレデリックの腕を掴んで畳の上に引き倒した。  危機感のないブルーの瞳が、辰巳を見上げる。 「辰巳…?」 「お前なら抱けるって言ったら、どうする?」 「辰巳が? 僕を…抱く?」 「ヤクザなんてのはよ、性欲処理すんのに女でも男でも構わねぇんだよ。それくらい分かんだろ?」  事実だった。辰巳にとっては、女を抱くのもただの性欲処理でしかない。  気持ちがなければ相手が誰でも同じ事だ。むしろ、男相手の方が後腐れがなくていいかもしれないとさえ思い始める。  辰巳とフレデリックは、僅かしか体格差がない。幾分かフレデリックの方が身長は高かったが、それも数センチの事だった。辰巳にとって組み敷く事に不自由はない。  ゆっくりと、フレデリックの唇に己のそれを重ねる。 「っふ、…ぅ…んっ」 「ハッ、艶めかしい声…出してんじゃねぇよ」  言いながら、ガリッと唇に歯を立てる。フレデリックの唇から漏れる声を無視して、辰巳は奪うような口付けを続けた。  抵抗しないフレデリックに、辰巳が舌打ちを響かせる。 「抵抗しねぇのかよ? それとも……、誘っておいて怖がるようなタマじゃねぇかお前。って事は、合意って事でいいのか?」 「辰巳は、抵抗される方が好み?」 「どっちでも構わねぇよ。やる事ぁ変わらねぇからな」 「そう。なら、僕も好きに楽しませてもらうよ」  そう言ってフレデリックは辰巳の胸ぐらを掴んで引き寄せると、唇を奪った。  互いに奪い合うような口付けは辰巳にとって新鮮なもので、思わず笑みが漏れる。  ――面白ぇ。  女を抱くのとは違う、征服感と支配欲。  ただの性欲処理だと開き直れば、下肢が急速に熱を持ち始める。辰巳はスラックスの前を寛げた。 「脱げよフレッド。それとも、脱がされるのが好みか?」 「一応言っておくけど、脱がせる趣味はあっても、脱がされる趣味はないよ」 「はぁん? 普段は抱く方って訳か」  言いながら、互いに着ているものを脱ぎ去って行く。  そこには色気も躊躇いもなかった。  辰巳と、フレデリック。互いの裸身が露わになっていく。その躰は、どちらも美しい筋肉で覆われていた。  恥ずかしげもなく互いに引き締まった裸体を曝し、噛みつくような口付けを交わす。  透明な糸を引きながら離れる唇を歪ませて辰巳が嗤う。 「悪くねぇ」 「それは良かった。ところで辰巳、僕に抱かせてくれるの? それとも…」 「抱いてやるよ」 「だろうね」  その前に…と、辰巳は立ち上がるとフレデリックの眼前に自身の剛直を突き付けた。  それは、フレデリックの予想よりも大きく、腹につきそうなほど反り立っている。  辰巳が何をしたいのかなど、言わなくともフレデリックには分かる事だった。はるか上にある辰巳の顔を見つめて、大きく唇を開く。  フレデリックの唇が、大きすぎる質量をその口に飲み込んだ。 「う…っふ、……うっ」 「あー…、やべぇな。気持ち良いわ」  辰巳の大きな手が、フレデリックの金糸の髪を撫でる。  しばらくそのまま頭を撫で梳いていた手に、不意に力が入ってフレデリックの頭をグイッと引き寄せた。 「ぐッ……ッ」  唐突に喉の奥を突き上げられフレデリックの口から奇妙な音が漏れる。  声も出なければ、息もできない。苦しさに顔を歪めるフレデリックの口許からボタボタと唾液が滴った。 「歯ぁ立てんなよ?」  返事などない事を承知で、辰巳は嗤いながらフレデリックの喉を使って欲求を満たす。  フレデリックは涙の浮かぶ瞳で睨みあげた。 「あー…いいねぇ、その目。見られてるだけでイっちまいそうだ」  くつくつと喉の奥で嗤って辰巳は言うと、達すると同時にフレデリックの髪を引いて、口腔から剛直を引き抜いた。フレデリックの目の前で、辰巳の腹筋がぐっと締まる。  自身の片手で扱きあげる辰巳の屹立から吐き出される白濁が、フレデリックの顔を汚した。 「は…っ、ぁ、ゲホッ…っぅ」  辰巳が掴んでいる手を離せば、フレデリックは畳に両手をついて荒い息を整えた。  程なくして顔を上げるフレデリックが、腰を下ろした辰巳の目の前で口許の精液を舌で舐め上げる。 「よくそんなモン舐めれんなお前」 「辰巳は、出来ないのかい?」 「口でするなんざ女でも御免だな」 「そう。なら、僕のコレはどうしてくれるのかな」 「あぁん? てめぇでシたら良いだろ」 「ははっ、酷いなぁ…」  たいして気落ちした様子もなく言うフレデリックに応えることなく、辰巳は飲みかけの酒を煽った。そのまま、煙草を咥える。 「挿れてやるから自分で慣らせよ、フレッド」  紫煙を燻らしながら咥え煙草で言う辰巳は、まるでフレデリックが言う事を聞くのが当たり前のような顔をしていた。 「本当にキミって男は…」 「俺を相手にするって事は、そういう事だ。覚えておけよ」  それとも、逃げてみるか? と、辰巳は嗤う。  フレデリックに逃げ場などない事は、辰巳が一番知っているというのに、だ。 「逃げるつもりはさらさらないよ。さすがに、今日手を出されるとは思ってなかったけどね」 「はぁん? 誘ったのはお前だろぅが」 「そうだね」 「それとも何か。もっと優しく抱いて欲しいってか?」 「いや。これでいいよ。嫌いじゃない」  そう言ってフレデリックは、顔をべったりと汚している辰巳の精液を指で掬いながらテーブルの上に片足を乗せて乗り上がる。  辰巳の目の前にすべてを曝け出すように、白濁を纏った自身の指で後ろの蕾を開いてみせた。 「随分と粋な事をしてくれるモンだな。見られんのが好きなのか?」 「いや? 男は初めてだって言うから、見せてあげようと思って。ドコが、どう飲み込むのかを、ね」 「はん。お優しいこったな」 「っん…、ココ、に…辰巳のソレが入ると思うだけでゾクゾクするよ」  節の高い指が、肉を掻き分けて入り込む。  指先に纏った白濁だけでは足りないのか、引き攣れる襞に辰巳は密かに唇を歪ませた。  辰巳が、高く掲げた手に持ったグラスを傾ける。グラスから零れた酒が、水音をたててフレデリックの秘部を濡らした。 「ッ…くっ、何…を…」 「ああ? 潤滑剤変わりだよ。酒だ酒」  フレデリックが小さく溜め息を吐くのも気にせずに、辰巳は転がった氷を摘み上げた。  辰巳は溶けかけて角のなくなった氷を、飲み込んだ指に沿わせてフレデリックの後孔に押し込んだ。  そのまま無造作に指を押し込めば、みっちりと肉の襞が辰巳の指を食む。 「アッ、くっ、辰…待っ…」 「随分とキツいな。まさか初めてって訳じゃねぇだろうな?」 「は…っ、ぁ、そんな事…は、関係が…ないっ、っぅ…っ、だろう?」 「ああ、そうだな。今すぐにでもぶち込んで確かめてやろうか? ここに、よ」  そう耳元に囁きながら辰巳が指でぐるりと肉壁を掻き回せば、フレデリックの太腿の筋肉がぐっと持ち上がり、力が入るのが分かる。  同時に後孔の襞がうねり、蕾が指を締め付けた。 「ッい…、アッ、ァアッ」 「いい声で啼くじゃねぇか。そんな声で啼かれて、我慢しろってのが無理な話だろ。なあ、フレッドよ」 「ぅあっ、ぁ、好き…に、…っん、すればいい…」  苦しそうに眉根を寄せながらも、フレデリックが笑う。その顔がやけに男らしくて、辰巳は背筋にゾクリと正体不明の痺れが走るのを感じた。  裡に秘めた獣が、目を醒ます。  壊したい。泣かせたい。滅茶苦茶に、汚してやりたい。この、男らしく美しい顔が歪むさまが見たい。  そう、思った時には既に、辰巳は止まらなかった。  己の指を引き抜くと同時にフレデリックの腕を掴んで退かせると、獣のように背後から圧し掛かる。  反射的に逃げを打つフレデリックの腰を捉え、その体内に凶器を埋め込んだ。 「かはッ、―――…ア、アッ、はっ…ぅ」 「あー…悪ぃ、裂けたか? …って、聞こえてねぇか」  テーブルの上に崩れ落ちるフレデリックの腰を掴んだまま、辰巳が嗤う。  膝を立てている事すらままならないフレデリックの腰を難なく支えて、辰巳は突き入れた剛直を一度引き出した。  ずるりと捲れ上がった縁と、己の雄芯に朱い体液が付着していた。  ――まあ、そうなるわな。  それだけだった。  辰巳が気にする事もなく再び腰を進めると、フレデリックの口から悲鳴とも呻きともつかない声が落ちる。  とうに体内の熱で溶けた氷が、血液と混じってフレデリックの太腿を伝った。  一度飲み込んでしまえば、あとはもう慣れる以外に道はない。辰巳の剛直を拒むように閉じようとしていた蕾は、やがて綻ぶ。  とうに意識などないだろうフレデリックの中に欲望を吐き出して、辰巳は自身を引き抜いた。  細い息を漏らしながら喉を鳴らすフレデリックの躰をそのままテーブルに残し、辰巳はシャツだけを羽織って風呂場へと向かう。  途中、廊下で擦れ違った部屋住みの舎弟が辰巳の姿に驚いたように目を見開き、次いで視線を逸らせた。  それはそうだろう。ほぼ素っ裸な上に、明らかに下半身に血液が付着していれば、誰だって驚きもする。  風呂場でざっと躰を流した辰巳が部屋へ戻ると、フレデリックがテーブルに寄りかかるようにして座っていた。どうやら、目は覚めたらしい。  辰巳は手に持っていた濡れたタオルをバサリと投げる。 「動けねぇならそれ使っとけ。動けんなら、風呂に案内してやる」  応えようとしないフレデリックに視線を向けることもなく、何事もなかったかのように辰巳は座椅子に戻った。  空になったグラスに酒を注いで煽る。 「…辰巳は、女性を抱くときも…こうなのかい?」 「あぁん? 恨み言か何かか?」 「違う…よ。ただ、知りたいだけだ…」 「流石に女相手に無理矢理はしねぇよ。優しくもねぇがな」 「そう。なら、悪くない」  そう言ったフレデリックの口調がどこか嬉しそうで、辰巳は思わず視線を遣った。  そこには、案の定嬉しそうに微笑むフレデリックの顔がある。  辰巳が怪訝そうな顔をすれば、フレデリックは静かに口を開いた。 「僕はね…辰巳、キミがくれるものなら何でもいいんだよ。苦痛でも何でも、ね」 「はあ? マゾかよ」 「ちょっと、違うかなぁ。僕が欲しいのは、辰巳の特別。他の誰にも見せないものを辰巳が僕だけに見せてくれるなら、何だっていいんだ」 「その為なら男に無理矢理ケツ掘られても構わねぇってか? ハッ、とんだ変態だな。言っとくが、こんなモンはただの性欲処理だ。お前が言うような特別な気持ちなんて、ありゃしねぇよ」  事実、辰巳は抱きたいと思えばその相手を抱く。ただ、女が嫌がらないだけの事だった。  相手がフレデリックだったとしても、同じ事だ。  座椅子に膝を立てて座る辰巳にフレデリックはにじり寄ると、その膝に凭れ掛かった。 「お酒、僕にも飲ませてよ」  そう言って口を開くフレデリックに、辰巳は高く掲げたグラスを傾けた。  宙を滑り落ちる酒が、フレデリックの顔を濡らして滴り落ちる。 「残念。ちょっと、口移しで飲ませてくれるかと期待したのになぁ」 「舐めるのは、自由だぜ?」  言いながら辰巳が濡れた脚を視線で示す。 「Blow job…か。本当にキミって男は…」  クスクスと笑い声をあげて、フレデリックは酒を舌先で掬った。

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