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第282話
お兄さんの秘密 37 (洸紀)
知らなかった俺のこの身体を変える男がいるなんて、
「 う、ゥン 」
「 いいだろ?お前の好きなところは、
あぁ、ここだな……いいよ……お前 」
それから先、溺れるように傾く身体と心と……
毎晩のように身体を合わせ毎晩のように貫かれ、俺の身体はその時俺だけのものではなかった。
抱かれた後には、閉ざされ濃密な香り漂う暗い部屋で、言われるままに鞭をふるい、悪態をつき、蝋を垂らす。相手が何者で男か女かなんて関係なかった。
毎日のようにお客が訪れるその小部屋で毎日のように他人の悲鳴を聞きながら、耳も目もまるで覆っているようだった。遠くから聞こえる微かなドアの音は肌にゾクリと寒気を及ぼすのに、間近の悲鳴にはピクリとも心は動かない。
飼いならされたペットのように、ただただ主人だと言う人の後に従った。
ヒトに戻るのは夜明けの時間に肌を温める風呂の時間だけ、擦っても擦っても流れていかない鞭を持った指の形を、なんとかほぐすその時間だけが正直に自分の心を見つめられる時間だった。
どうして、この人の側にいることを選んでいるのか、鍵さえかかっていないこの部屋で俺はどうして帰らないんだろう。
「 京司さん 」
名前で呼んではいけないと言われ、決して彼の前では紡げないこの言葉を呟くたびに、身体の奥が熱くて熱くて堪らなくなる。ここから居なくなったらもう俺には目もくれないんだろうな。
ほぐした指で時間をかけて身体を洗い浴室から出ると、きちんとスーツを身に纏った朝の姿の彼が居た。
いつもは夕方からしか顔を見たことはなかったのにと不思議に思う俺を暫し黙って眺めながら彼は口を開いた。
「 コウ、解放してやる 」
「 え?」
「 これで終わりだ。この部屋も明日で引き払う。今日中に出て行ってくれ 」
「 出て行くって、どこに?」
「 さあな、お前のうちは確か渋谷でラーメン屋やってるんだろ?そこには親がいるんだから……」
「 いやだ、俺はいやだ 」
身体の中にカッと熱がこもる。目の前のしっかりとした体躯に抱きついてイヤだと伝える俺を抱きもせず突き放しもせずに暫くそのままにしていた彼は、
「 コウ、わがまま言うならアジアの方に売り飛ばしてもいいんだぞ 」
ひそめた言葉は棘のように俺を刺す。
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