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第283話

お兄さんの秘密 38 (洸紀) 『 アジアの方に売り飛ばす 』 ひそめた声で伝えられた言葉は針のように冷たいけど、整った横顔に何も表情は浮かんでいなかった。 「 どうして? でも!側にいたい 」 そんな、、なぜ?混乱の中に渦巻く思い……こんなに離れ……られない?どうして出ていかなきゃならない? 俺は俺は。 そんな俺の煩悶は彼のある動作で断ち切られた。 自分の手首から黒い革バンドの腕時計を外すと、俺の手首の水気をタオルで拭いその革のバンドを手首に留める。 黒いアリゲーターのそれは、ビニールの安物が似合う俺の肌には一層不釣り合いなもので、 巻かれた手首の重さに腕は垂れ下がる。 俯いた俺を残し、 そして彼は静かに部屋を出て行った。 昼過ぎまでそこに立っていたのか、彼の秘書がやって来て呆然としている俺を椅子に座らせると、俺の少ない荷物をまとめてくれた。渡されたカードに眦をきつくあげると、 「 給料ですよ、貴方の働いた分だ。あって困ることはないから300万ほどですが 」 300万? 金額に笑いがこみ上げて来た。俺が以前に親から盗んだ金額、そしてカズを助けるためにあいつらに渡した金額の3倍。 衣食住の面倒は全部見てもらい、 17の時からここに身を寄せて気づいたら俺はもう23歳になっていた。 今この金額を手にして俺はどこに行ったらいいんだろう。 「 どうしますか?これから 」 俺の口は嘘を語る。 「 家に、渋谷の家に帰ります 」 「 そうですか 」 ホッとしたような秘書の顔を初めて見るように眺める。 真面目ないかにも真面目な中年の男。 やはり京司さんはもう一つの違う世界を生きてる人だったんだ。僕は彼の脚の下のドブの中の世界で一緒にいれたことを幸せに思わなきゃいけないから。 扉を閉めて廊下を歩く秘書の後をついて俺はその世界からも消えて行く。 外に出るといつもと違う夜が広がっていた。今までは馴染むことはないと思っていた取り留めのない世界。俺は今日からここで生きていくんだよね。コンビニの横の小さな公園でベンチに腰掛け空を見上げると都会には見えないはずの星が瞬いたような気がした。それが自分の涙だと気づいた頃にはもうすっかり夜も更けていた。 どうしようか…… 帰れるはずもない渋谷とは反対方向に歩き出す。眠らない大都会の街にはどこか俺の居場所はあるだろうから。

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