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第284話

お兄さんの秘密 39 そのラーメン屋は夜中から忙しくなる。新宿の裏通り朝まで人通りが絶えない場所にある。 俺は夜の10時から朝の4時までもう2年近くこんな調子で毎晩働いている。 俺にしては健全な暮らしぶり。 青い作務衣は脂ぎって、洗濯しても洗濯しても汚れはもう取れなかった。 それでも身元保証もない俺をオーナーは雇ってくれた。 あの店に何回か来たことがあるって言ってたな、俺は全く覚えてないけど。 時々店に新聞を置いていく客がいるから、選挙だの、委員会だのとかで名前を見るときもあるが、どこか遠い人のようで、とにかく覚えとかなきゃいけないことだけを頭の中に隠して俺は働いた。それと、俺には似合わないあの時計は誰の目にも触れない処に隠した。 ある日、近くの24時間スーパーにネギを買いに行ってその人と再会した。 取材で隣のビルに張り付いていた団さんだった。渋谷のお店の客だというその人を俺はよく覚えてもいなかったけど、団さんの方は必死で話しかけてきた。 「 探していた?俺を?誰が?」 薄ら笑いをしたのかもしれない…… 言った瞬間に頰に衝撃が走った、殴られたんだとわかったのは道路に放り出されたネギを転がった身体で眺めたからだった。 作務衣に書いてあった店の名前を見た団さんは俺を担ぎ上げ店まで運ぶ。 運ばれる俺はとうとう人じゃなく荷物になったかとおかしくなった。 担がれ笑い転げる俺と大股で歩く無愛想なオヤジ。 こんな光景でもこの界隈の奴らは気にしない。 店に戻るなり店長と話し始めた団さんは朝また迎えに来ると店を後にした。 多分店長には心づけでもやってんだろう。ニコニコしながら大人しく朝まで働いとけと告げる男は別人のようだ……気色悪い。 それでも逃げなかったのは、 殴られた頰が熱かったせいかもしれない。 朝迎えにきた団さんはうちに連れてくって言うから全力でそれこそ往来で全力で抵抗した。 暴れて疲れ切った俺を連れて行ったのは自分の家らしい…。 うちじゃなきゃどこでも構わなかった。店の裏手の小部屋からこの男のやさに鞍替えした……それだけだ。 「 店の方には話しをつけるから 」 「 なんで?俺、辞めないよ 」 「 だめだ。帰るんだ 」 こんなやりとりが2ヶ月くらい続いたけど、団さんの家で少しはまとも時間帯に息をする事を思い出したのか考える余裕ができた。

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