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第286話
お兄さんの秘密 41 ( 洸紀 )
俺は家に帰った。
団さんのお膳立て通りに……
親のものを盗んで出ていった俺をあっさりと迎えてくれた。あの100万円は封筒のまま仏壇の中にオヤジが入れた。
俺の日常はもう一人の料理人コウさんに料理の手ほどきを受けることから小次郎の店の歯車に組み込まれていった。この賑やかな店の中で調理場の奥が俺の居場所になった。
変わらない日常、穏やかな毎日。腕に巻くことのない腕時計をバンダナに包んでいつも調理服のズボンの前ポケットに入れていた。その重みが俺の下腹に常に伝わる。忘れたくないし忘れられないし、でもテレビや新聞で時折名前が聞こえてきたり目に入っても、彼とは思えない。俺の知ってる彼は俺との世界の中だけの彼でいいから。
いつ会えるとも、会いにいくとも、そんな事考えなかったけど、一人になると彼のことで頭の中はいっぱいになる。
小次郎での毎日で俺はヒトの生活に戻ったけど、もう一人の俺は帰りたい場所が常にあった。二つの俺が背中同士で繋がって生きている。
来るたびに団さんは俺に心配げに声をかけていくけど、なんて答えたら安心する?
寒かった季節が終わって、街路樹が若い葉で覆われて来る頃は出前の増える季節。一日中何回もカブに跨る俺。
運転だけに集中して頭を空っぽにできるこの時間が好きだ。
いつもはあまり来ない地域の出前。届けた後、空になった岡持ちをカブの後ろに付けてエンジンをかけると、5メートルほど先のビルの前に黒塗りの車が停車した。細い道なのでその車が出るまでバイクに跨って待っていると、
運転手が後部座席のドアを開ける。
こんなシーンは前にはよく見てたな。
車から降りてきた男、
頭の中に閉じ込めた絵に色がついた。
凝視する俺の方に彼が振り向く。見張った目に俺が映る事に安堵した俺。
伸ばした手は繋がれる?
カブから降りて近づく俺を秘書らしい男が遮ろうとする。
俺は賭けに出たんだその時、伸ばした手が繋がれたら、もう二度と離れないって……
調理服のズボンの前ポケットには、バンダナで包んだ腕時計と新たに彼に繋がるナンバーが入った。
きっとこれは、裏切りになるね……
ごめんなさい、でも俺にはこれしか選べない。
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37よりこの41まで洸紀の若い時の別れから再開するまでの話でしたが、わかりにくかったですね。
次の42から警察から帰れるという現在に戻ります。
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