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第293話

お兄さんの秘密 48 (杏果 ) 突然の辞任に衆議院議員会館前の映像に切り替わるとそこは黒山の人だかりが映されていた。 アナウンサーも解説者も一様になぜとか疑問がとか口走るけど、昨日の事件には全く触れていなかった。 なんて不思議な光景。 何分かその臨時ニュースの放映がされた後、またテレビは通常の番組に戻った。 ひっきりなしにお客さんは出入りし、注文もどんどんこなされていくのに、店で働く人同士の会話はどこかよそよそしく、お客さんたちは何も気がつかずに普段通りに店の連中に声をかける。 日常と異常が混在したようなとても疲れる時間が過ぎていく。 閉店間際に 「 飯食わせて 」 と団さんがやってきた。 早番のコウさんとワンさんが上がっていたので、店の中には王国の家族と僕だけになっていた。 麻婆豆腐定食を頼んだ団さんは、 「 ニュース見ただろ 」 と厨房の中に押し殺したように小さく声をかける。 大きく鍋を振りながらお父さんが、 「 副大臣の辞任、だな 」 と答える。 「 恍紀、どうしてる?」 と心配気に団さんが尋ねると、 「 朝は会ったが店にも出してないからその後はわかんねぇな 」 と答えるお父さんの声には全く覇気はなかった。 奥の席の最期のお客さんが会計を済ま 団さんの前に麻婆豆腐定食を京子さんが置いた。 暖簾しまって、とお父さんが王国に声をかけた時、 外から開いた引き戸。 そして暖簾を持った恍紀さんが立っていた。 「 もう終わりだろう、後片付けするから 」 と言いながら店に入ってくる。 「 杏果ちゃんお疲れ様 」 とニコニコしながら声をかけてくれたお兄さんは、僕には普段通りに見えた。 その時にお兄さんが既にとんでもない決心をしていたなんて本当にわからなかった。 団さんに 「 いらっしゃい 」 と言いながら恍紀さんは厨房に入ると、 「 王国、俺が掃除はするからもう杏果ちゃんと上がんなよ、姉貴も疲れただろう上がって 」 と話しかける。 「 オフクロももう上に引き上げて、最近全然店手伝ってないんだからさ、疲れただろう 。 オヤジと俺と二人で片付けするから 」 とにべもない。 みんな誰一人動かず、口も挟まず、 シーンとした中で、一人堰を切ったように話し続ける恍紀さんをじっと見つめている。

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