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第295話
お兄さんの秘密 50 (杏果 )
「 何年もあいつの側にいて一回もそういう場面にあってないのか?
本当のことを、最後に言えよ。言ってくれ。黙ったままなんてそんな卑怯なこと 」
団さんの声が詰まる。
「 京司さんが実質オーナーで僕がいたSMクラブはたしかに人によってはいかがわしいとか不謹慎だとか嫌うかもしれないけど、きちんと年齢も管理されていたよ。
私設秘書の人がそこは厳重にチェックしていたから。
ただ長い間の地縁の色々な繋がりがあるからって、お客にそういう嗜好の人もいたのは噂では聞いてる。でも、京司さんはそういう嗜好の人を嫌ってたし、そっち側のことは一切知らないって言ってた 。でも、家の関係で切れないって……」
「 京司って人が、好きなのね。
倒錯した愛でもあんたにとっては大切な愛なんだ。でもさ、あんたのことをその京司って人はどのくらい思ってくれてんの?」
恍紀さんが左の手首をぐっと握りしめた。
「 信じてる、俺は信じてるんだ、京司さんを 」
靜んだ沈黙の訪れた店の中に刻む時計の音だけが響く。
みなの思いと恍紀さんの思いが交差する。交差した思いはどんどん離れてしまうのだろうか。
とても重たい夜の足音。店を出た僕と王国は自然と手と手をにぎり合う。
「 さっき、兄貴の握った左の手首、あの掌の下、腕時計だった。ブランドの……兄貴には似合わないレベルの時計だから、貰ったんだなきっと 」
「 京司って人から?」
「 わかんないけど、あの場で握りしめるんだから、そうなんだろうな 。
あんな悲しそうな顔をした兄貴。
初めて見たよ。
どうすればいいのか、何してやればいいのか……」
厚い雲に覆われた夜の空を見上げると星が流れた。
あっ、もう一回、もう一回流れて。
僕の心の声が聞こえたように、
もう一つ流れ星が流れる。
『 恍紀さんの幸せを 』
間に合ったかな……
暫く二人で星の流れた夜空を見上げる。
今夜は離れたくない。
そんな思いで王国の指に指を絡める。
「 杏果、今夜はサンドラさんのところに行くか 」
気持ちって通じるんだな。
「 うん 」
と答えた僕と王国は眠らない渋谷の町をゆっくりと歩き出す。
「 サンドラさんに聞いてもらおう
兄貴のこと。
あの人なら答えを持ってるような気がする 」
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