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第321話
お兄さんの秘密 76(王国 )
「 今からどうですか?」
「 面会できる時間じゃないけど 」
「 それはどうにでもできます。
相澤さんはICUから個室に移ったところらしい。
大きな病院ですから、うるさい輩が陣取っていない出入り口もあります。
お兄さんに聞いてもらえませんか?」
この人、やっぱりああいう世界で生きてるだけあって、強引だな。
俺は思巡した。
兄貴を解放してやりたい。あいつのもとから放たれて、まともな相手と巡り会えるように。
だけど、兄貴はあいつが好きなんだよ。
杏果、どうしよう?
横に寄り添う杏果を振り向くと、俺の手を握りしめた杏果の眦はもう涙は溜めていなかった。
「 会いたいと思ってる。王国、恍紀さんは会いたくて、生きてるって確かめたい、そばに行きたいと思ってるよ 」
その言葉が最後の一押しだった。
電話をかけると待っていたかのように兄貴が電話に出た。
上を見上げる。
そうだ、この道路は兄貴の部屋から丸見えだと気がついた。
真っ暗な部屋のブラインドは薄く開けられていて、俺には窓際に立っている兄貴が見えるようだった。
「 俺だけど 」
「 あぁ、誰かと一緒なのか?」
「 兄貴を相澤さんの所に連れて行きたいっていう人と今一緒なんだ 」
「 下に降りるよ 」
「 え?」
「 オヤジとオフクロにはコンビニ行ってくるって言うから 」
「 わかった、前の道路の黒いバンだから 」
兄貴が前まで来ると、和也さんが助手席から外に出て行く。
少し驚いた顔の兄貴はそれでも前に会った時よりもずっと和やかに和也さんと話をしている。
和也さんの方がかえって気後れしている。
扉に近づいてきた兄貴。
後部座席のスライドドアを開け中に入ってと促すと、迷いもないしっかりとした足で車に乗り込んだ。
真山さんを不審がりもせず、しっかりとお辞儀をすると
「 お世話になります 」
と告げた兄貴はもう昨日までの兄貴じゃなかった。
その目は真っ直ぐにどこかを見ている。
良かったな。
俺は心の中でそう呟くと、杏果と一緒に車を降りた。
舗道にいた和也さんと三人でウインカーを出しゆっくりと発車した車の影が見えなくなるまで見送った。
会えるよな、また会えるよ。
これっきりじゃないよな。
事件が起きてから、
俺は今晩初めて腹の底から号泣した……
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