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第322話
お兄さんの秘密 77 ( 恍紀 )
連れていかれたのは都内でも有数の救命救急病院だった。
深夜なのに、所々取材関係の人影が見える。
車は駐車場には止まらずに清掃の車が入る地下通路に回った。
明りのついた扉の前で車は止まる。
降車を促す真山さんと共に車を降りる。
俺はここ最近ないほどの平穏な気持ちでボトムのポケットに入れた腕時計を握りしめた。
一度も手首には嵌めたことのない時計。嵌めてしまったら別れを受け入れてしまう気がしたから、
ずっとポケットに思い出は閉じ込めていた。
今夜はその想いにきっと先が見える。俺は未来が見たい。
暗い通路の先のエレベーターから地上1階に上がり、メインホールのエレベーターで最上階に上がった。
ある部屋の前に見知った顔の人が立っていた。京司さんの秘書だった。
「 お疲れ様です、申し訳ない。こんな非常識な時間に来ていただいて 」
と、丁重に深く頭を下げた。
真山さんが私はここでと挨拶をして踵を返す。
それを見送り、
「 こちらへ 」
と引戸を開けて俺を仄暗いが広い部屋に案内する。
消毒薬のきつい匂いがここが病院であることを伝えていた。
ベッドへと近づくと、そこには管に繋がれ顔から下は離皮架で囲われている男が横になっている。
「 京司さん 」
と俺が声をかけると瞑っていた目が瞬いてぼんやりとこちらへ顔を向けた。
「 痛み止めを打ってますが意識はしっかりしています。
ただ、声が出せません 」
と言いながら京司さんの表情を伺うと離皮架を外して少し背もたれを上げる。
あまりにも簡単にするので抗議の目をやると、
「 大丈夫ですよ、喉以外は刺されてはいません。少し手も不自由なようですから筆談だと時間がかかります」
と言いながら俺に◯イパッドを渡す。
「 ここに入力なら力もかからないので、よろしくお願いします 」
と言うと部屋を出て行った。
身体を起こした京司さんが俺を見つめながら本当に情けなさそうな撓んだ笑顔を見せる。
俺はそれだけで、もう、胸が張り裂けそうになった。
少し上げた指をしっかりと握って手の甲に口づけを落とすと、歪んだ唇を僅かに開く。
「 キスしていい?」
俺は返事も待たずに、触れるだけのキスを何度何度も、胸が更にいっぱいになって涙が溢れるまで、何度も動かない唇にキスをした。
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