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第7話
どうにか心を落ち着かせ、一日の流れを説明していく。
すでにオリエンテーションで時間を使い、そろそろ昼の時間帯に差し掛かっているので、一日の流れもあったものじゃない。
先に流れを説明してからオリエンテーションをしたほうがよかったのではないだろうかと、己自身にダメ出しをする。
だが、はじめて担当するのだから、どんなやり方が効率的にいいのかなんてわからない。試行錯誤しながら、徐々にわかっていくことだってある。
ダメ出しはしたものの、これでもいいのだ、と高槻は自分にそう言い聞かせた。
また、経験していく上で気づけたことはいいことだ。
「研修は午後からはじめます。各フロアの案内とバックヤードの説明、実践はまだしませんが電話研修……ですね。各フロアの案内は、僕の説明でどれくらい時間使うかわかりませんが、案内図を見ながら説明していきますね。わかりづらかったら言ってください」
「そんなことないですよ。高槻さん、説明が丁寧ですもん」
「そ、そうですか……ありがとう、ございます……」
褒め慣れていないので、妙にくすぐったい。
にこにことしている梶浦に、高槻は照れくさくなった。
「で、では、そろそろお昼なので休憩にしましょうか」
「はい」
「休憩は一時間で、お昼は休憩室を利用してもいいですし、外で食べに出てもいいです。休憩室にはレンジもあるので弁当を持ってくる人もいますね。あとはコンビニで買ってくる人も」
「わかりました。……あの、もしよかったら、お昼一緒に食べませんか?」
「え?」
思ってもみなかった、梶浦からの誘い。
誘われることに嬉しさと同時に戸惑いもあったが、こうした初日は緊張さなどが相俟って、極力ひとりで食べたいという気持ちがあると思っていた。
高槻もそんなタイプだからだ。
しかし、梶浦はそうではなかったようだ。
「僕と一緒でいいんですか?」
「だって、これから一緒に仕事する仲間じゃないですか。それなら、親睦も含めてお昼一緒にしたいなって、昨日から考えてたんです」
――昨日から……。
梶浦がそこまで考えているとは思いもしなかった。
屈託のない笑みでそう告げられると、断るわけにはいかないし、そもそも断る理由もない。
梶浦自身も、高槻が少しでも嫌な雰囲気を見せるのであれば、無理強いはしないでおこうと思っていた。
だが、高槻の言葉ぶりからして、決して嫌そうな雰囲気は見られなかったため「親睦も含めて」と告げてみたのだ。
「ご迷惑でなければどうですか?」
「……僕と話をしても、おもしろみなんてないですよ?」
「そうですか? でも、高槻さんって、自分では気づいてないだけかもしれないですけど、たまに可愛らしいことしてますよね。さっきの現実逃避といい――」
「……っ!」
「……と、それを弄ったら、高槻さん逃げそうなので、これ以上は言いませんけど。俺、話すの好きなので高槻さんを退屈にはさせませんよ」
そろそろ忘れそうな頃を見計らって告げられた「現実逃避」の件。言われてしまえば、当然思い返してしまい、恥ずかしさが舞い戻ってくる。
「無理強いはしません。それに、今日が駄目でも、まだまだこれからも一緒にお昼を食べるチャンスはいくらでもあるんですから」
「別に嫌というわけではないですよ」
「よかったです。この周辺、何度か通ってたことがあるので、おいしいランチ知ってるんです。あ、もしかして、高槻さんはいつも休憩室だったりしますか?」
「ほとんど休憩室ですが、たまには息抜きで外に出ることもあります」
外で食べるの久しぶりだな、なんて思いながら、高槻と梶浦はエプロンを脱いで、財布を持って外へと出かけた。
梶浦に連れられるままランチに訪れた店は、案外書店の近く――正確には裏側だった。裏側なら従業員出入り口もあるので、何度も通っているはずなのに、そんな店があるとは知らなかった。
梶浦曰く、ランチであまり外に出ないからただ気づけなかっただけではないだろうか、と言っていた。
確かにそれは一理あるし、そこまで外の飲食店に興味が惹かれなかっただけというのもある。
おすすめである店に入り、梶浦と同じハンバーグプレートを注文。そのハンバーグプレートが運ばれたときには、こんなにもボリュームがあるものなのかと驚いた。握り拳よりひと回り大きいサイズのハンバーグに、ライスとカップに入ったサラダ。
それなりに、量とプレートの重さを感じた。
「これで多いって感じたら、高槻さん普段どれだけ少食なんですか」
「僕、そこまで食には興味がなくて……」
むしろ、興味があるのはBLのほうだ――とは、梶浦に言えない。
「それだから、可愛らしい身長をしているんですね」
「かわっ……!?」
食べているものを口から零しそうになった高槻を横に、梶浦は「なにか変なこと言いましたか?」と訊いてくる。
決して悪気はないのだろう。
今日が初対面だというのに、梶浦といるとなんだかペースが乱されているような気がしてならない。話題を変えたくても、高槻の持っている引き出しは数少ない。
だが、梶浦のお陰で、人見知りが酷くないのは確かだ。
「あ、あのっ」
「はい?」
「……どうして、OKしたんですか?」
「OK?」
あまりにも主語がなさすぎて、梶浦に疑問を持たれた。
首を傾げて訊き返してくるところもかっこいいなと思いつつ、高槻は頭の中で言葉を整理して、店長が言っていたことをもう一度尋ねた。
「えっと、その……BLコーナーを担当する、という話です」
「ああ! そのことなら、俺自身『腐男子』というわけではないんですけど『ゲイ』なんです」
「……え」
「ちなみに、俺は少女漫画を読むことが多いですね。たまにはBLも気分転換で読むことはありますが……意外、でしたか? でも、理由はそれだけじゃないんです」
「そうなんですか?」
「きっかけはSNSなんですが、男性の書店スタッフがBLコーナーで楽しそうに仕事しているというのを知って……」
「え!?」
次から次へと爆弾が投下されていく。
それに、自分の重要なことをサラッと教えてもよかったのだろうか。訊き出したのは高槻ではあるが、これから一緒に仕事をしていく仲だからといって心配になってしまう。
(……あ、でも……)
先日、店長が言っていた「本人から訊いたほうがいいかな」ということに繋がるのだとしたら、梶浦本人はそこまで気にしていないのかもしれない。
休憩時間を気にしつつ、梶浦の話に耳を傾ける。
梶浦のこと以外にも、高槻のことでも楽しそうに話しをするものだから、次に飛び出てくる会話がどんなものか恐怖でもあった。
「そ、それより、SNSって……」
本人のカミングアウトもそうだが、なによりSNSのことが気になって仕方がない。
「女性スタッフさんと一緒に仕事してましたよね、確か」
「ええ、まあ……」
「投稿していた人の話によると、女性スタッフさんと仕事をしているときに探している本を尋ねたところ、高槻さんもその作家さんが好きだったのか、嬉しそうにしながら検索してくれて、しまいには『この先生のお話素敵ですよね』と言っていたみたいで……って、高槻さん?」
――そんなことあっただろうか!?
それとも、ただ単に覚えていないだけだろうか。
高槻は己の起こした行動に頭を抱えた。
好きな作家の作品を探していたから嬉しくなり、思わず声までかけてしまったのだろう。
(でも、正直覚えてない!)
無意識だったとしても、恥ずかしい。
「それで、その人、高槻さんがもしや腐男子なんじゃないかなというのを投稿されていたのが気になったので……この書店に来たことも実はあるんです。そのときも、SNSで投稿されてたときと同じで、高槻さん楽しそうに仕事してました」
「わあああっ……」
「でも、俺が見たとき、高槻さんひとりでしたね」
彼女が休んでいた時期なのか、それとも退職したあとのことなのか、確かに高槻がひとりで仕事をしていた期間はある。
「けど、楽しそうにしている姿を見て、このジャンルが本当に好きなんだろうなって。それで、しばらくしてここの求人が出たんで、以前働いていたところの更新もタイミングよかったんで、ダメ元で面接も受けました」
「そうなんですか」
「一緒に働いてみたいなって感じました。例え、違う担当でも、どこかで話す機会はあるんじゃないかなと思っていたので。面接で落とされることなんて、考えてもなかったなあ」
「受かる前提で……す、すごいですね」
「それに高槻さん、BLを好む隠れ腐男子からも注目集めてますよ」
「はい!?」
「こういうのって、女性スタッフのイメージが強いじゃないですか。この書店は、高槻さんみたいにBLを好きな男性でも担当している。楽しく、嬉しそうに仕事をしている。……あくまで、個人的な意見なので、色々と意見はあると思いますが」
次から次へと会話の内容が濃すぎて、驚きを通り越してしまう。
「確かに、女性スタッフのイメージは強いですけど、僕以外のBLな好きな男性でも一緒だと思いますよ。好きだから楽しい。好きだから、好きなジャンルに触れて嬉しい。だからといって、BLを好きなことで軽蔑や悪意のある冷やかしはまた違いますよね」
「そうですね」
「僕は、自分が腐男子だとばれてしまってからは、それなりに楽しく仕事してきました。今も楽しく仕事をしています。それに、好きだからと言って周囲は馬鹿にしなかった。それも、辞めてしまった先輩のお陰なんですけどね」
「……どんな先輩だったんですか?」
「話をしたいのは山々なんですが、時間も危ないのでこのお話はまたあとで」
書店の裏側に店があるからといっても、話し込んでいれば時間は迫ってくる。
「あ、それもそうですね。でも、その先輩のお陰で、今の高槻さんがいるんですね!」
「い、や、そういうわけでも……」
一番気になることは、さり気なく梶浦に「腐男子」だと公言してしまったが、驚かれることもなかった。事前に、色んな情報がSNSで飛び交ってしまった証拠なのだろう。
それに言い方は失礼かもしれないが、梶浦自身が「ゲイ」だからというのもある。
気持ちスピードをあげて、ハンバーグプレートを平らげる。
「――ふぅ……そろそろ行きますか」
「はい。午後からもよろしくお願いします」
注文内容が印字されてある伝票をレジまで持っていく。
先に会計を済ませ、店の外で梶浦を待った。
「おいしかったですね」
魅せのドアが開くと同時に、梶浦が高槻に声をかけた。
満腹になったことに満足しているのか、嬉しそうな表情をしている。高槻よりも年上なのに、なんだか小さな子供みたいで可愛く見えた。
「たまには、外で食べるのも悪くないですよね」
「そうですね。たまには、こういうのもありですね」
「あ~よかったです! なら、たまには俺と一緒に外で食べてください」
気分転換にでも! と言われて、高槻は「はい」と返事をした。
毎日だと経済的によくないので、たまにであれば外で食べるのも悪くないなと思った。
「そのために、俺も弁当持って高槻さんと一緒に休憩室でお昼過ごします。あ、でも、ひとりの時間も欲しいと思うのでなるべく話しかけないようにしますけど……思わず話しかけちゃうかもしれないです」
「別に、気を遣わなくていいですよ。ひとりの時間といっても、ただ携帯を眺めて情報追っているだけですし……話しかけてもらっても、僕は迷惑だとは思いません」
「本当ですか!?」
「え、ええ」
コミュニケーション能力が高いせいなのか、高槻は梶浦のことを脳内で「受け溺愛なイメージだけど、それとなくわんこ属性の追加要素もありかな……」と、勝手に妄想を膨らませていた。
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