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第11話

 全てのフロアを見回り、高槻と梶浦はカフェに来ていた。  チェーン店のカフェでは人も混み合い、隣の席とも近い距離で会話に集中できないだろうからと、梶浦おすすめのカフェへと訪れた。  このおすすめカフェもチェーン店ではあるが、テーブル席もカウンター席も区切られているため、周囲の会話も気にせず時間を過ごすことができる。  しかも、席ごとの注文というのも新鮮だ。  案内されたテーブル席に通され、水とおしぼりを出される。それを受け取れば、店員は「ご注文がお決まりになりましたら、そちらの呼び出しボタンを押してください」と言って立ち去っていった。  テーブルに立てかけてあるメニュー表を手に取って広げる。 「ここ、コーヒー以外にも、デザートや軽食もおいしいですよ」 「そうなんですね」  そうなのかと思いながらも、高槻は飲み物だけを注文することにした。  この場所に来たのは、梶浦と食事をしに来たわけではない。  話をしに来たのだ。  結局、梶浦も飲み物だけにして、ボタンを押して店員を呼んだ。  お互い同じホットコーヒーを注文したあと、テーブルに運ばれるまで本題に入ることはしなかった。  話の途中で第三者が入ってきて、話の腰を折りたくはない。 「そんなに長くなりませんから」 「最悪、終電に間に合えば大丈夫なので……」  そこまで気を遣わなくても、と言おうとしたが、梶浦に「せっかく買った新刊、読んであげないと」と微笑まれた。  それを言われてしまってはなんの反論もできないし、高槻自身も新刊を読みたいと思っていたのはごもっともだ。  そこまで梶浦に読まれているとは思わなかった。 「――お待たせいたしました」  十五分もしないうちに、注文したホットコーヒーが運ばれてきた。お互いにひとくちほど飲み、喉を潤す。小さく、カチャ、と音を立てながらカップを置くと、梶浦は高槻の顔を見てにこにこと微笑んでいた。 「……いきなりこんな話をするのもどうかと思いますが、高槻さんはゲイである俺が怖くなりましたか?」 「え? あ、いえ、その……」 「それとも、少しでも俺のことを意識してくれました?」 「……っ」  それは、あんなことを言われてしまっては、意識せざるを得ない。  だからといって、それが「好き」に繋がるかは別だ。 「何度も言っていますが、高槻さんが可愛いのは、俺の中で変わりないので」  揺るがない梶浦の発言に、高槻は恥ずかしくて視線だけを彷徨わせる。  不思議なことを思うのは、今まで梶浦の前で可愛いことをした覚えがないことだ。  いつも通り、普通に接してきた。  それなのに、梶浦は時折「可愛いですね」やら「小動物みたいです」と言って、職場では先輩の立場なはずなのに子供扱いされているような気がする。 「可愛いのに、頑張り屋さんで、BLが大好きで……」  よくも照れくさい言葉を並べられるなと、自分のことなのに耳を塞ぎたくなる。  だが、実際に高槻がそうすることで、梶浦はいちいち「可愛い」と言ってくるのだろう。  安易に想像できてしまう。 「今の俺にとって、高槻さんは全部が可愛いです」 「……僕にそんな可愛さを求めても……」 「そんな謙虚なところもいいですけど、無意識に見せてくれる高槻さんが悪いんですよ」 「えぇー……」  ――そんなことを言われても。  もしもの話。仮に、高槻がゲイだろうとバイであろうと、梶浦に口説かれてしまえば心は射抜かれていただろう。  しかし、ノンケである高槻は、梶浦とどうこうなるつもりはない。  梶浦が自分自身に興味を持ってくれるのは嬉しい。  嬉しいが、梶浦の気持ちに応えられる高槻ではない。 『俺と恋愛してみるのはどうですか?』  確かにそう言われた。  梶浦の性格からして、遊びのつもりで言ってきたわけでもないだろうけれども、一目見て可愛いと思ってくれたのは、お世辞だろうと照れくさい。  梶浦の恋愛事情が、今までどんなものだったのかは知らない。  高槻に気があるのを見ると、過去に好きになった人は地味目な人がタイプなのだろうかとも疑ってしまう。かっこいい梶浦には、美人で綺麗な男性が似合うと思っていたのに。 「好きなことに一生懸命な高槻さんをずっと……と言っても、隠れて書店で仕事をしている高槻さんを見ただけですが。こうやって一緒に仕事するようになって、可愛がってあげたい、甘やかしてあげたいなって思うんです」 「……え」 「俺、見た目がこうじゃないですか。自分で言うのもなんですが、今まで言い寄ってきた人はそれなりにいました」  予想通り、梶浦は恋多き人物だ。 「けど、高槻さんみたいな人ははじめてなんです」 「……地味な人が、ですか?」 「あ、いえ。別に高槻さんを傷つけたいわけじゃないんです」  ショックというわけではないが、なんだか心がずしんと重くなったような気がした。  恋という恋を、まともにしてこなかった高槻。高槻の元教育係であった彼女のことは「好きになりかけていた」存在であり、きちんとした恋というわけでもない。  BLを読んでいるときに、いつか物語のように誰かと恋愛ができたらいいなと思ったことは当然ある。  だが、本が友達、BLが友達な高槻には縁遠かった。 「俺、恋愛ごとにはうまくいかないんです。ゲイだという時点でも結構ハードル高いのに、寄ってくる人とはすぐに終わります。さっきも言った通り、恋人には優しくしたいし、甘やかせてあげたい、可愛がりたい。早い話、俺はいちゃいちゃしたいんです」  しかし、梶浦の見た目と反して、今までの恋人は大人の恋愛を求めてきた。特に多かったのは身体の関係。当たり障りなくデートもするが、大抵がセックスすることが当たり前。  気持ちいいことは好きだし、身体を重ねることが嫌いというわけでもない。  けれども、梶浦としては周りが引くくらい、恋人らしい甘さがほしかったのだ。 「高槻さんと出会ったとき、はじめはそこまで感じませんでした。ですが、少しずつ高槻さんのことを知れば知るほど、高槻さんが気になってしまい、気持ちが向いていました」  梶浦の恋愛事情に驚きもしたが、BLでいうところの「溺愛攻め」タイプなのだろう。例える部分がBLなことに、心の中で謝りつつも、高槻は梶浦の話を聞いていた。 「高槻さんがノンケなのもわかってます。無理に、俺と同じゲイの道を歩んでほしいとも思いません。自然に俺を意識してもらって、高槻さんの気持ちが俺に向いてくれたらって思います」 「梶浦さん……」 「俺と恋愛してみませんかと言いましたけど、まずは俺と仕事仲間の枠を越えて友達になりませんか? まずはそこから」  突飛な提案をしてくるよりは、まだ妥当な提案だろう。  だが、そこには梶浦の想いを忘れてはいけない。 「長期戦は覚悟してます。はじめて、俺自身がいいなと思ったんです。高槻さんのこと。だから、今まで以上に覚悟してください」 「……っ」  にっこり笑みを浮かべる梶浦にたじろぐ。  今すぐに取って食われるわけではないのに、梶浦の自然とぐいぐいくる圧倒さに、覚悟しないとやばいと悟った。 「高槻さんを困らせてしまってすみません。でも、冗談に取ってほしくなくて……だから、こうして引き止めちゃいました」 「いえ、大丈夫です。……色々と驚きましたけど、あの、とりあえず、友達から……なら。別に、男同士が気持ち悪いとは思いません。BLを読んでいる僕からして、物語には歪んでいる恋もあれば、純粋な恋もあります。他にも色んな恋が。だからといって、物語のようにノンケの受けがゲイの攻めに恋をするのか、現実では別の話です」  期待させるようなことを言えば、逆に梶浦を傷つけてしまう。  それだけは避けたい。こんなにも想ってくれている、慎重に考えてくれている梶浦に、高槻もきちんと接したいと思ったから。  気持ちに応えられるかは、本当に運命次第だと思う。  ただ、梶浦の言動に心臓がどきどきするのも、重くなるのも、高槻の中では好きになりかけていた彼女と似たような部分がある。  果たしてそれが、恋に繋がるかはこれからの行動次第。 「僕は、同じ趣味じゃなくても理解してくれる人がいて……いや、同じ趣味だともっと嬉しいんですけど。それで、一緒に楽しんでくれる人が恋人になってくれたら楽しいだろうなって思います」 「高槻さんはそう思ってるんですね」 「はい。ときには受けと攻めの組み合わせで喧嘩をしたり、本屋だったり、今日寄ったアニメショップで新しいBL本を開拓するのも憧れてます」  高槻自身、今の自分にはそういう部分しかないから。  あとはBLのために一生懸命仕事に打ち込んで、大好きなBL本を購入して幸せに浸る。それを、好きな人と共有しながら過ごせていけたらいいなと考えてしまう。  理想であり、憧れ。 「俺だったら、高槻さんの願い叶えられますよ……って、まずは友達からって言ったのにすみません」 「僕、梶浦さんは僕が周囲にはいない物珍しいタイプだから、冗談であんなことを言ったかと思いました。でも、梶浦さんのことを知って、遊びでも冗談でもなく、きちんと考えているんだなってわかりました」 「遊びや冗談だったら、逆に俺はそんなこと言いません」 「そうなんですか?」 「普段は先に相手からやってくるんです。でも、高槻さん相手だと、自然と気持ちが先走るんです。俺、自分からこんなにもぐいぐい攻めるのははじめてです」 「……っ」  うまいことを言う梶浦に、高槻はまだコーヒーが入っているカップへと視線を落とした。 「これからは仕事仲間兼友達として、まずは接してください」 「……はい」 「あのお店で、BL表紙を見ながらこんな風になりたいですと言いましたけど、それが叶ったら本当に嬉しいです」  今まで想像もしなかった出来事。  高槻自身の恋愛がBLみたいな方向へ流れてしまうかもしれないことに、これから先どうなってしまうのか想像もつかないでいた。  ◇  あのカフェでの出来事から数日後。  高槻と梶浦はいつも通りフロアで仕事をしていた。ただ、梶浦との距離が少し近くなったような気がして、ことある毎に梶浦が構ってくるせいもあり、高槻は常に胸をドキドキ高鳴らせていた。  仕事仲間の枠を越えて、まずは友達になったはずなのに、当の梶浦はお構いなしにぐいぐいと来る。梶浦自身はそう思っていなくても、高槻のことを想っていることは変わりないので無意識なのだろうか。  色々と思考を巡らせてみる。 「――……高槻さん、話、聞いてます? 聞いてないと、次の特集コーナー、高槻さんに似た受けの本を集めちゃいますよ」 「……!?」  梶浦の言うことに、高槻は瞬時に現実へと戻ってきた。  自分と似たような受けの本を集めるだなんて、それこそ梶浦がいい思いをするだけではないか。  なにを言い出すんだ全く、と軽く心の中で悪態をつく。 「冗談ですよ。あ、この本、高槻さん好きそうですね」  特集コーナーのポップを作ろうと、数冊作業台に置いてあるBL本を梶浦が手にする。  今、高槻が作っている手作りポップは、来月から展開される特集コーナーのポップ。ちなみに、今月は「不良受け」の作品を取り扱っているコミックス、小説を展開させていた。  来月は「スパダリ攻め」である。  偏らないように「攻め」と「受け」を交互にして、特集コーナーを展開している。特集によっては、あぶれてしまう作品もあるため工夫をしながら展開していく。  例えば、今月みたいに「不良受け」であれば、中には「乙女属性」が入っていたり、「クール属性」が入っていたりする。なので、あぶれてしまうのであればどこかの特集で「不良受け」以外で当てはまる部分の特集を組んで置くこともある。  そうするのは、色んな人にまだこんな作品もあるんだよ、と伝えるため。そうすることで、まだ触れたことのない作品に出会え、新たな萌えが広がっていく。  それが、高槻の中で密かな狙いでもある。  もちろん、お店の売り上げや、作者への貢献にも繋がるわけだが、その人自身にもいい意味で新たな開拓を提供できる。 「高槻さんの中で、俺はどんな攻めだと思いますか?」 「え!? ……攻め、ですか?」 「はい」  梶浦のことを「受け」と思ったことはないが、本人から「攻め」と言われてしまうとリアルでも想像してしまう。  それに、あれだけ散々「受け溺愛攻め」や「わんこ属性」と妄想していたからこそ、正直「受け」は考えづらい。 「俺、バリタチですから。でも、高槻さんが突っ込む側やりたいなら、俺頑張りますよ!」 「ええっ……!?」  どうして、こうも斜め上の方向へ持っていくのか。 「こうやって、高槻さんの表情がころころ変わるのを見ていて楽しいです。可愛らしいなって思います」 「……っ」 「あ、少し照れましたよね」 「し、仕事してください!」  ――照れくさくしたのは誰の所為だ!  動揺して動かしていた手は滑ってしまい、見事ポップに黒いラインが入ってしまった。残念ながら、手作りポップは作り直しだ。  梶浦のほうは、楽しそうにしながら「明日の新刊準備してくるんで、高槻さんあとでチェックお願いしますね!」と、逃げるようにバックヤードへと消えていった。  色々と前途多難のような気がして、これから先も大丈夫だろうかと、高槻は少し不安になった。

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