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第13話

 四月の半ば、週末の土曜日に定例会は開催された。  丁度給料後というのもあり、中旬と下旬で希望を取った日程は中旬の集まりが多かった。 「梶浦さんも来てくれて嬉しいです」 「いつもの定例会なんだけど、梶浦さんの歓迎会でもあるから楽しんでね」 「ありがとうございます!」  新人ということもあり、色んなスタッフに声をかけられる梶浦は、ちゃっかり高槻の隣を確保している。その隣で、高槻は真壁と酌み交わしていた。 「梶浦くん、人気だねぇ」 「そうですね。新人なのもありますが、なかなか喋る機会もなかったので余計みんな話したがるんですよ」  梶浦を横目に、高槻は口角を緩ます。 「それにしても、しのちゃん顔に似合わずお酒大好きだよね」 「……それは言っちゃ駄目です。家でも外でもお酒呑むの好きですよ」 「そうだったね。そういえば、田中ちゃんとは今でも連絡取ってるんだよね?」 「あ、はい。落ち着いたらお店に遊びに来ると連絡きました」  彼女は、春先になる手前に無事出産した。 『ねぇ! ねぇ! 可愛い、可愛い、女の子だよ! 大きくなったら腐女子親子目指すんだから!』  ――などと、冗談なのか、本気なのか、とにかく文面に気合が入っていた。  だが、なにより母子共に健康なのは、高槻もひと安心。出産も含めて色々と大変だっただろうが、これからは子育てに追われる毎日だろう。 (……そういえば、この間読んだ家族BLおいしかったなあ……)  ついつい、流れをBLに繋げてしまうこの癖。  脳はすでに萌えで死んでいる。 「田中ちゃんが辞めてだいぶ経つし、しのちゃんに訊いてみたいことがあるんだけど……」 「……?」  なにか訊かれるようなことでもあっただろうかと思い、真壁の顔を不思議そうな表情で見つめる。真壁は、周囲が梶浦のことで騒いでいるのをいいことに、それでも高槻にしか聞こえない声でぼそりと呟いた。 「――田中ちゃんのこと、好きだったでしょ」 「へっ!?」  真壁の思わぬ発言に、高槻は驚きの声をあげた。  いつもは大きな声を出さない高槻の驚いた声に、周囲の視線は一気に高槻へと向いた。  その中には、もちろん梶浦の視線もある。 「だ、大丈夫。なんでもないので、それぞれみんな楽しんでください」  慌ててなんでもないように装えば、周囲はまた先程と同じように各々と喋りを再開させる。  しかし、梶浦だけはなんだか腑に落ちないような表情を残したまま、周囲に「ちょっと移動しますね」と断りを入れて席を立った。 「――二人で、なんの話をしてたんですか?」  真壁と高槻の間に割り込むように、「間、お邪魔します」と言って座り込んだ梶浦に、二人は顔を見合わせた。周囲と談笑していると思っていたので、まさかここで割りこんでくるとは思いもしなかったのだ。  グラス片手に、笑顔で「高槻さんの話をしてたんですか?」と尋ねてくる梶浦の表情が怖い。 「えっと……」 「しのちゃんの好きな人の話だよ」 「え、ちょっと、真壁さん……!」  ここには本人いないんだし、と言う真壁だが、そういうことではない。  以前、梶浦には軽く言ってあるのだ。  彼女のことを。 「好きな人、じゃなくて、好きになりかけてた人、なんですよね?」 「あれ? 梶浦くん知ってたの?」 「ちょっとだけそういう話になったことがあって……」 「へー、そうだったんだ」  そこから、真壁には「田中さんとは趣味が一緒だから、こういう人が彼女なら楽しそうだなと思っていたんです」と、当時の気持ちを思い出しながら吐露した。 「だから、本当に好きという気持ちはなかったんです」 「そうだったんだ」 「まあ、彼女が妊娠して退職するって知ったときは、やっぱり悲しいなと思いましたけど」  眉を下げて笑う高槻に、真壁は「そのうち、いい出会いがあるはずだよ。しのちゃん可愛いし」と、慰めてくれた。  ひと言物申すのであれば、慰めてくれるのは嬉しいことだが「可愛い」は余計だと思ったことは内緒。 「それはそうと、梶浦くんはどうしてこの書店でアルバイトしようと思ったの? もしかして、梶浦くんも好きなの?」  真壁がそう切り出すと、楽しく談笑していた周囲も「俺も聞きたい」「私も聞きたい」と言って輪に入ってきた。 「みなさんは、高槻さんがBLを好きなこと知っているんですよね?」  そう尋ねれば、さも知っているとばかりに周囲は頷いた。 「俺は、好きと言うか、読むことはあります。きっかけは、この書店に何度か来たとき、楽しそうに仕事をしている高槻さんを見て素敵だなあって思ったんです」  嘘は言っていない。  本当の理由はSNS云々と色々あるが、それは高槻だけに知ってほしかった。 「嫌々仕事をしているんじゃなくて、このジャンルが本当に好きなんだなっていうオーラが溢れてる感じで……」 「しのちゃん、意外と表情に出ちゃうからね。本人は出てないって言うけど、無意識って怖いよねえ」 「本当にそれです。俺との研修中も、小休憩挟んだときなんて現実逃避してましたし」  そこまで言われてしまうと、みるみるうちに蘇ってくる恥ずかしい研修中の記憶。  それと同時に、苦い記憶までも蘇ってくる。  また、真壁にも他のスタッフにも、意外と目撃されていたことに驚きを隠せない。あまり表情に出さないようにしているはずなのに、やはり好きなものを目の前にしていると、無意識のうちに出てしまっているのだろう。  恥ずかしくて帰りたい――一瞬にしてそう思った。 「そういう人の元で働いてみたいと思ったのと、前の職場の更新タイミングが丁度よかったのと同時に求人広告が出ていたので、ダメ元で面接を受けたんです。仮に、違う担当でも、どこかで話す機会はあるだろうなあと思って……そしたら、高槻さんと一緒に仕事ができるじゃないですか。嬉しいです!」  嬉しそうに話す梶浦の姿に、高槻は耐え切れなくて一気にお酒を呑む。そんな風に話してくれるのは嬉しいけれども、恥ずかしくて痒くなる。 「そっか~、梶浦さんもBL読むんですね」  見た目で決めつけるのはいけないことだと思うが、他のスタッフの言葉に「意外だね」と言う声もちらほらあがった。  高槻だって、梶浦のような人がBLを読むなんて、はじめは驚いた。  ただでさえ、少女漫画を読むだけでも驚きなのに。  だが、理由を知ると「なるほど」と納得してしまったのも事実。  梶浦は、店長と高槻以外には、自身が「ゲイ」ということは伏せているようだ。  これに関しては、本人が言いたいと思ったときに言えばいいことだろうし、無理にカミングアウトすることもないだろう。 「それだと、彼女さんには言ったりするんですか?」 「うーん、どうだろう。訊かれたら言うかもしれませんし、そもそも、それ以前に、俺彼女なんていませんよ」  尋ねられたことに答え、にっこりと笑みを浮かべる梶浦。  そんな梶浦の恋愛事情は、更に周囲を食いつかせた。 「ええっ!? 梶浦さん、絶対いると思ってたのに……!」 「それとも、……別れたばかり、だったり?」  申し訳なさそうに質問されると、梶浦は苦笑しながら「まあ、そんな感じですね」と答えた。 「別れてどれくらいなんですか?」  恒例というわけではないが、人の恋バナに花を咲かせるのは飲み会ならではといったところだろう。  恋愛事情に質問攻めをされている梶浦の横で、追加注文していた酒を高槻はちびちびと呑んでいた。 「また誰かと付き合おうとは思わないんですか? 梶浦さんなら、すぐにでもいい人見つかりそうなのに」  ――なんでだろう。  梶浦の恋愛事情になりはじめたときから、心臓あたりがちくちくしている。  お酒のせいだろうか、と勝手に決めつけてみる。 「はは……そうですね。気になっている人はいるんですけど、それがなかなか……」  そこまっで言われて、高槻はハッとした。  梶浦の「気になっている人」は、恐らくというか、確実に高槻のことしかない。  しかし、梶浦に告白はされたが、結局まずはお友達からということで、仕事仲間兼友達スタートとなっているはずだ。 「ええ! 梶浦さんをそんな風にさせる人って、よっぽど素敵な人なんですね!」  会話の内容に、再び心臓がちくちくする。 「素敵な人」なんて言われるほど、高槻は自身がそれに当てはまるタイプではないと自己嫌悪になる。  それなのに、「一生懸命で可愛い人ですよ」と言う梶浦の言葉に、不思議と心臓の痛みは嘘のように引いた。 (さっきから心臓が忙しい……)  お酒のせいにしつつ、本当は気づいている。  梶浦の発言が、高槻のことを「想って」喋っていることに、心臓が一喜一憂しているのだ。  梶浦の想いを知っているからこそ、梶浦の発言に左右される。  友達からと言ってきたものの、梶浦は一気に距離を詰めると見せかけて適度に距離を取る。  仕事で梶浦と顔を合わせるたびに、心臓が煩いのだ。  飲み会と言う名の定例会は無事に終了し、駅まで全員で向かった。みんなが前を歩いている後ろを高槻は歩き、その隣を梶浦が肩を並べて歩いている。 「定例会って、こんな感じなんですね」 「はい。それに、とうとう真壁さんには『浦ちゃん』って言われてましたね」 「その愛称だと、イメージ的には可愛い女の子な感じですけど」  それもそうだなと思い、くすっと笑った。  確かに「浦ちゃん」という愛称は可愛らしい。愛称だけを想像すると、梶浦の言う通り可愛らしい女の子や、小さな子供を想像するだろう。  それでも、優しい笑みを浮かべた梶浦を見れば、「浦ちゃん」という愛称でも、不思議と違和感はない。 「――そういえば」 「え?」  さっきまで楽しい定例会での空気がふわふわと浮ついたものだったのに対し、梶浦が話題を変えてこようとしただけで今度は空気が静かになった。空気というより、梶浦の纏っているオーラといえばいいのか――。 「アルバイトのきっかけなんですが……」 「あ、はい」 「高槻さんにも、みなさんにも、ああは言いましたが、まだ言っていないことがあって。でも、これに関しては、高槻さんだけに知って欲しいなって」 「……え?」  他にもまだ、高槻の知らない仕事上での、恥ずかしい部分を見ていたということになるのだろうか。  それだけは、もう勘弁してほしいところ。 「高槻さんを知ったの、SNSと伝えましたよね。実は、この話に続きがあるんです」 「そうなんですか?」 「このあと、呟いていた人にメッセージを送ってみたんです。それで、この書店の場所を知れば俺が何度も通ってたことがある書店じゃないですか。最初は軽い気持ちで訪れたんです。そこで、高槻さんをはじめて見ました」  SNSの呟きだと、どの書店なのか特定はできないはず。それを知って面接を受けた梶浦に疑問を持たなかったが、改めて言われると「なるほど」と思ってしまう。  そうでなければ、場所を特定できないと行動を取ることもできない。 「そのあとは、高槻さんにも、みなさんにも言った通り、楽しそうに仕事をしている高槻さんを見て素敵だなと……」  ――楽しそうに仕事をしている高槻さんの表情はとても輝いていて、見ているこっちまで自然と表情が緩んでしまいました。  視線はまっすぐ、前を向いたまま梶浦は喋り続けた。  そこまでして、梶浦は高槻という人間に興味を示したのだと思うと、やはり恥ずかしい。 「だから、こうして高槻さんの隣で一緒に仕事をできることが、俺も楽しいですよ」  前を向いていた梶浦が、突然高槻を見て微笑むものだから、高槻はドクン、と心臓が高鳴った。  突然のことで、心臓はどきどきだ。 「あ、ありがとう……ございます」  頬に熱が集まってくる。この分だと、耳が赤く染まるのも時間の問題。 「これからもよろしくお願いします! もちろん、高槻さんのことも色々と知っていきたいので、そのことも忘れないようにお願いしますね」 「……っ」  なんだか、逃げられないところまで来ているような気がする。  あのカフェ以降、友達から、と言ってきたあたりから、心臓が忙しなく動く。  ――違うんだ。梶浦さんとは仕事仲間以上友達以下で……。  高槻は、そう自分に言い聞かせる。  男性同士の恋愛に憧れや萌えはあるもの、それは商業や創作だけで十分であり、リアルまでは求めていなかった。 「しのちゃーん! 浦ちゃーん!」 「……あ、真壁さんが呼んでますね」  前を歩いていた真壁たちは、すでに駅前に集まっていた。手を振って名前を呼ぶ真壁を確認すれば、高槻の手をなんの躊躇いもなく握り、梶浦は「行きましょう」と言って小走りになる。  握られている手を見ながら、心臓が破裂するのは、紆余曲折あった攻めと受けが色々と乗り越えて、ハッピーエンドの大団円で幸せを迎えたときで十分だ。  そんなことを考えてしまうくらい、高槻の心臓は結構ぎりぎり爆発寸前のところまできていた。

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