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第15話

 彼女に全てを話せば、沈黙が訪れた。  間が、とても居心地悪い。 「……あ、あの田中さん?」  結婚して姓は変わっているが、彼女は「今まで通りでいいよ」と言ってくれた。そのほうがありがたい。言葉に甘えて、高槻は今まで通りに彼女のことを「田中さん」と旧姓で呼んでいる。  その彼女が今なにを思っているのか、気になって仕方がない。  約三分くらいだろうか。やけに長く感じる。これでは、インスタントラーメンが作れるではないか。  なかなか口を開かない彼女に、高槻は不安になる。  腐仲間として、地雷的ななにかを踏んでしまっただろうか。  二次元や商業を含めて、オリジナルBLのことに関しては色々と言っていたが、リアル三次元に関しては特に話題になったりはしなかった。  特別、暗黙の了解があったわけでもない。  話題の商業BL作品が実写化されれば、二人で盛りあがったこともあったが――高槻に「ホモになーれ」とあれほど魔法をかけていたのだから、てっきりリアル三次元も特に地雷ではないかと勝手に思い込んでいた。 『――高槻くん……』 「あ、はいっ」  色々と思考を巡らせていると、彼女が静かに高槻の名前を呼んだ。 『なんで! そんな! 少女漫画みたいなBL展開迎えてるのよ!』 「へ……えっ!? あ、あのっ……」 『私がいない間に、なんておいしいことしてるの!?』  ――訂正。地雷すら踏んでいなかった……。  そんなことを心の中で思いながらも、高槻は安堵した。  しかし、安心している場合ではない。少女漫画みたいなBL展開を迎えてはいないと訂正してみたが、彼女は「いいや、これからもっと少女漫画的な展開が待ち構えているのよ!」と、息を荒くしながら語られた。  これが空想のBLであれば、おいしい展開ではある。  おいしい展開かもしれないが、これは高槻と梶浦のリアルな話なのだ。それでも、彼女のご馳走になってしまったようで、これからが恐怖で仕方がない。 『……って、ごめんね。高槻くんは本気で悩んでるのに、久々のご馳走に暴走しちゃった』  心配しつつも、本音がダダ漏れ過ぎる。  しかも、はっきり「ご馳走」とまで言った。語尾にハートマークが付きそうな言い方で。  それに、高槻が言わなくても、彼女自身「ご馳走」と感じるのは時間の問題だったようだ。 『それよりも、話を聞いている限りだと、これだけアプローチされておいて嫌な気持ちにならないのも、きちんと彼のことを考えている高槻くんはさ……』  そこまで言っておいて、彼女は再び沈黙した。 「田中さん?」  なにを言おうとしていたのだろう。  続きが気になる。 『……ううん、やっぱりなんでもないや!』 「え?」 『彼の気持ちに向き合おうとしている高槻くんが偉いなってこと!』  梶浦とのことで話を聞いていた彼女は、どこか無自覚な部分がある高槻に余計なことを言うのをやめた。なんだかんだ言う高槻だが、彼女からすれば梶浦に矢印が向かいはじめている気がしているのだ。  それが無意識だろうと、無自覚だろうと。  例え、恋愛感情がまだないとしても。  話を聞く限り、二人の関係性が少しずつ動いているところで、余計な言葉をかけて台無しにしたくない。  見守ってみたいのだ。  元仕事の相棒でもあり、今は腐仲間でもある高槻の恋の行方に――。 『ねえ、高槻くん』 「はい」 『今度、二人揃って翌日仕事休みの日はあるかしら?』 「月末のフェア前に揃って休むときがありますが……なにかあるんですか?」  これは、なにか企んでいるに違いない。  それでも、休みを訊いてくる彼女に、高槻は素直に答えた。 『ならさ、仕事が終わったらご飯でも食べない? お店の予約は私がしておくからさ。彼を連れて集合!』 「えっ、ええっ!?」  この展開は考えてもいなかった。  しかし、彼女は子育てで忙しいはず。 『子育てはって思ってるでしょ? たまには息抜きで友達とご飯食べに行ってきたらって、旦那が言ってくれてるから大丈夫よ』 「でも……」 『この私が、彼を見て高槻くんに相応しいか審査するわ!』  ――意味わからないんですけど!  いつから、彼女は高槻の保護者ポジションになったのか。  彼女の口から出てくる言葉は、いつでも心臓に悪い。突飛なことを言う梶浦と同じくらい、心臓に悪い。  このままだと、胃が痛くなりそうだ。 「いや、でも……」 『私に見せたくないほど、彼を独占したいのねえ……高槻くん、そんなに独占欲強いのね。へえ……』 「わー! わー! ち、違います! 独占欲の塊なんて、BL作品だけで十分ですよ!」  正直、もう自分でもなにを言っているのかわからない。  まんまと彼女の口車に乗せられているような気がする。 『攻めでも受けでも、無自覚に独占欲を発動させるのっておいしいわよね……ふふ』 「ええ、そうですね――……って、田中さん!」 『あはは! BLの話になると、ほんと饒舌になるわよね』 「……もう……僕で遊ばないでください……」 『ごめん、ごめん。でも、一度くらいは見てみたいかな。こんなこと言うの、照れくさいっていうのもあれなんだけど……』  笑いながら高槻に謝る彼女の声色が、途端に優しくなった。 『正直、心配なのよ。高槻くん、真面目だからさ』 「田中さん……」 『高槻くんが教えてくれる情報だけでも、彼がいい人なのかはわかるわ。それでも、実際に会って確かめてみたいの』  会話の裏では、彼女がこんなことを考えているなんて思いもしなかった。  更に彼女は、「どんな恋をするかは高槻くんの自由だけど、つらい思いだけはしてほしくないの」と言う。 「で、でも、僕はまだ梶浦さんのことを好きってわけじゃ!」 『〝まだ〟ってことは、可能性もあるかもしれないってことでしょ? 余計心配なのよ。現実でBL作品みたいな展開が起こりそうで心がうずうずしちゃうけど、でも作品と現実はまた違う。似たようなことが起こったとしても』 「それは、そうかもしれませんが……」 『だから、私に会わせなさい』  ――本当にどんな人なのか会ってみたいのよ。  彼女は一切引こうとしない。  今までになかった彼女の一面を垣間見たような気がして、高槻は「わかりました。梶浦さんにも訊いてみますね」と返事をした。 「あの……話を聞いてくれてありがとうございます」 『いいのよ。それに、私は高槻くんが可愛くて仕方がないの』  その言葉には、ほんの少し照れくささが隠れているようだ。  それから、仕事の話、最近ではどんなBL作品を読んでいるかなど、夜中の一時まで話し込んでしまった。  翌日、彼女から言われた通り、梶浦に食事へと誘ってみた。 「高槻さんからのお誘い嬉しいです!」 「ただの食事会ですよ」 「食事会ってことは、他にも誰か誘っているんですか?」  梶浦からすれば、二人きりだと思っていたのだろう。  期待させるような誘い方をしてしまい、申し訳ない気持ちになってしまう。 「僕の元教育係でもあり、このBLコーナーの担当でもある先輩が、梶浦さんと僕と三人で食事でもどうですかって」 「あ、高槻さんが前に言ってた人ですね」 「はい。食事するお店は彼女が決めてくれるそうなので、もしよかったらどうですか?」 「高槻さんと二人きりじゃないのは残念ですけど、高槻さんと同じ空間にいられるのは嬉しいので、俺もご一緒させてください」  サラッと本音も交えつつ、それでも嬉しそうな表情をする梶浦。  一緒の時間を過ごす度に、梶浦の気持ちを知るたびに、高槻に対する梶浦の想いは本当なのだろうと信じてしまう。  それなのに、高槻は突き離すことも、その想いを受け入れることもできていない。  曖昧な気持ちを抱えつつ、毎日を過ごしている。  梶浦に対して変にドキドキしたり、未知な感情を抱くこともあるのに、その答えを導けないでいる。  なんだか、自分が自分でないようだ。 「そ、それじゃあ、報告しておきますね。ちなみに、食べられないものとかありますか?」 「いえ、基本なんでも食べますよ」 「わかりました。ありがとうございます」 「いえ、こちらこそ。……なんだか、あれですね」 「あれ?」 「大事な人を、家族……身内に紹介するみたいな感じで、照れくさくなります」 「……!」  彼女といい、梶浦といい、発言に油断できない。  丁度作業台でポップを作りながら梶浦と話をしていたので、ペンを持っている手が滑りそうだった。ちなみに、高槻が作ったポップは、梶浦が棚に飾りつけてくれている。  お互いに手を動かしながらも、きちんと仕事はしているのだ。 「食事会、楽しみですね」 「そう、ですね」  歯切れが悪いのは、彼女の言葉が脳裏を過ったからだ。  表向きはただの食事会だが、彼女が梶浦のことを見極めるために食事会をするようなもの。  食事会には間違いないのだが、結果的には騙しているような感じがして、心の中で梶浦に向けて謝った。

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