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第18話

「今日からよろしくお願いします!」  七月下旬、コミックスフロアに新しい仲間が増えた。  真壁に連れてやってきた仲間は、高槻と同じくらいの身長で小柄な男の子。成人しているのだから「男の子」ではなく「青年」と呼ぶのが正しいはずなのに、外見だけで見ると思わず「男の子」と言いたくなる。  また同じ小柄でも高槻と違うところは、見た目が可愛い顔立ちをしているところだ。髪色は明るめのブラウン系、前髪をやや重ためにしたマッシュヘア。色合い的にとても落ち着きを見せる。  これでは、「少女漫画を読むのが好きです」と言われても、違和感なく信じてしまう。女子受けしそうなタイプにも見えるが、チャライのとはまた違った。  ただただ、本当に可愛い顔をしているのだ。 「桜田朋(さくらだとも)です。今年で二十一になりました」  梶浦に似て、男性にしては少し高めのテノール。  高槻の脳裏に、初出社したときのことを思い出した。 「はじめまして。僕は社員の高槻偲です。そして、こちらが……」 「バイトの梶浦圭介です。よろしくお願いします」 「よろしくお願いします」  梶浦を見上げる桜田の姿が、当時の自身と被って見える。  そんなこともあったなと思い出し笑いすれば、隣にいた梶浦も同じことを思い出していたのか微笑んでいた。 「この二人はね、BL……ボーイズラブコーナーを担当してくれてるんだよ」 「へえ~! 珍しいですね、男性がBL担当しているの」 「それを言ったら、桜田くんも少女漫画好きで読んでいるでしょ? 面接のときにも、好きなジャンルなに? って訊いたら、そう言ってくれたよね」 「う……た、確かにそう言いました……」  痛いところを突かれ、桜田は押し黙った。 「せっかくだから、桜田くんには少女漫画をメインに担当してもらおうかなって考えているんだ」 「え?」 「それに、少女漫画の隣はBLコーナーだから、なにかあったら二人に質問もできるし。浦ちゃんも、もう立派な先輩だしね!」 「ちょっと、真壁さん! 俺、まだ一年も経っていませんよ」  謙遜する梶浦に、真壁は「またまた~」と言う。  高槻も真壁と同じように、梶浦の仕事ぶりを考えると、謙遜しなくてもいいほど助かっている部分が沢山ある。 「……あ、そういえば。梶浦さんも少女漫画好きなんですよ」 「え、そうなんですか!? BLだけじゃなく、少女漫画も好きな男性に会えるの、俺はじめてです!」  目をきらきらと輝かせる桜田に、梶浦は笑顔のまま引き攣った。  興奮して、ぐいっと距離を縮められたことに驚いたというのもある。  身近に腐仲間がいなかった高槻と同様、桜田も身近に少女漫画を読んでいる同志がいなくて、見つかったことが嬉しかったのだろう。堂々と読んでいる男性もいるが、桜田の場合は隠れて少女漫画を嗜んでいたのかもしれない。  だから、同志に出会えたことに喜びが隠せないのだろう。 (これだと、すぐに仲良くなれそうかな)  人見知りの高槻とは違い、桜田もコミュニケーション能力が高そうに見える。  誰とも分け隔てなく仲良くなれそうだ。 「最初は不安だったんですけど、これなら楽しくやっていけそうな気がします。改めて、これからよろしくお願いします!」  桜田がどういう人なのかはまだ知らない。  だが、すぐに仕事場にも慣れ、仕事を覚えるのも早いだろうなと、このときの高槻はそう安心しきっていた。  思っていた通り、桜田は仕事場にもすぐ慣れ、仲間ともすぐに打ち解けていた。その場に馴染んでいる桜田は、働きはじめて一年は経っているのではないだろうかと錯覚するくらい。  しかし、実際には二週間しか経っていない新人である。  メイン研修は真壁だが、真壁もそれとなく忙しい人だ。  なので、教えられるベテランのアルバイトや他の社員、高槻や梶浦も教えられることは教えている。ジャンルは違うが、同じフロアで仕事をする内容はほとんどどこも変わらない。 「週三勤務だけど、桜田さんの存在感凄いですよね」 「常に元気いっぱいですもんね」 「そうですね。真壁さんも、元気いっぱいすぎて圧倒されそうだとか言ってましたよ」  元気パワーでへとへとになっている真壁を思い出しながら、高槻は笑みを零す。 「梶浦さんは、もう桜田さんと色んなお話しましたか?」 「いえ。向こうもまだ研修中ですし、特には……」 「そうなんですね。少女漫画が好きだと言っていたので、話が盛り上がりそうですよね」 「……そうですね」  苦笑する梶浦を見て、なんだかいつもとは違うように感じた。  入社する桜田の話をしたときもそうだ。楽しみですね、と言いながらも、あまり楽しそうには見えなかった。  一体どうしたというのだろうか。  だからといえど、いざ桜田と初対面してみればいつも通りの爽やか笑顔で出迎え、挨拶をしていた。 (……この間から、なにか地雷を踏んだのかな)  梶浦がなにを考えているのかわからない。 (それとも……)  今まで高槻のことを口説いてきたが、桜田と出会ってしまったことによって気持ちが揺らいでしまったのだろうか。  同じ男から見ても、桜田は可愛い青年だ。 「……っ」  どうしてだろう。  なんだか、胸がちくちくする。 「高槻さん?」 「あ、いえ。なんでもないです。桜田さんの研修が落ち着いたら話す機会も多くなると思いますし、色々と話せるといいですね」 「はい。……ところで、さっきからペンがはみ出してますよ」 「っ、……え!? な、なにやってんだろ!」  作業台なので汚れようがなにしようが別にいいのだが、なにか考えていたことが丸わかり。梶浦の前で情けない仕事姿を見せるのは、今更はじまったことではない。  くすっと笑う梶浦に、高槻は恥ずかしくなった。 「あ、あの、早めに片付けないといけない仕事があるので、今日は先に梶浦さんが休憩入ってください」 「はい。……あ、俺でも手伝えるなら、二人で一緒にしたほうが速いかなって思うんですけど……」 「ありがとうございます。今回、本社に提出しなくちゃいけないものがあって……なので、仕事に関係するもので梶浦さんでも手伝えるものがあったら声かけますね」 「それならわかりました。高槻さんと一緒に休憩入れないのは残念ですけど、また一緒に休憩入れそうなときは、ランチ行きましょう」 「は、はい! それで休憩なんですが、十二時からでお願いします」  時計の針は、あと三十分で昼の十二時だ。  今すぐ休憩に入ってもらってもよかったが、中途半端で休憩に入らせるのも悪いと思い、残り三十分でなにかできることはないだろうかと考える。  すると、梶浦から「高槻さんが作ったポップ、出来上がったものから俺が付け替えてもいいですか?」と提案された。 「そうですね。時間も微妙ですし、お願いします」 「わかりました」 「あ、そうだ。作っているポップ、割合的にはコミックスが多いんですけど、これから少しずつ小説も増やしたいなと思ってるんですが、どう思いますか?」 「いいと思います。正直、俺自身あまり小説をそこまで読まないので、どれがおすすめなのかわかりませんが……」 「新刊であれば販促用のポップなど編集部から届いたりもするんですが、既刊となると読んでなかったり情報がないと難しいですよね」  月いちで展開している特集コーナーには、コミックスメインで小説もほんの一部展開している。  小説も読む高槻は、小説も小説でそれなりに萌えが詰まっているので、読むには時間がかかってもいいから一冊でも多く手に取ってもらえると嬉しいなと考えている。  文字を追うのが大変。読んでいると眠くなってしまう――などの意見をネットで見かけたこともあるが、文字を追いながら想像を膨らませることがどんなに楽しいことか。こんな楽しみ、高槻にとっては最高に勿体ないと思ってしまうのだ。  人それぞれに好みもあるし、活字が苦手という人もいるため無理強いはできないが、「BL小説も負けていなんだぞ」と教えてあげたい。  こんなにも楽しく、萌える小説があるんだよ――と。  だからか、梶浦の「小説をそこまで読まないので」と答えが返ってきたときは、やっぱり、と寂しくなった。 「もしよかったら、この機会に高槻さんのおすすめBL小説を一冊、貸してくれませんか?」 「え?」 「ポップを作ろうと思えば、新刊も既刊も作れると思うんです。いつものようにあらすじや帯などを見て、こういう攻めと受けでこんな内容だと紹介をしていけば、手にする人はいるかもしれない」 「そうですね」 「でも、俺はまだBL小説のよさがわかりません。だから、まずは高槻さんが持っている小説で、おすすめの一冊を貸してください」  無理な提案だったかと最初は思ったが、梶浦は前向きに意見をくれる他、なんと自らもBL小説を貸してほしいと言ってくれた。 「高槻さんおすすめの小説なら、俺好きになれそうです」 「っ、なに、言って……」 「高槻さんの好きなもの、もっと教えてください。どんな些細なことでも。知れるなら、俺、嬉しいです」  仕事の話をしているのに、どうしてもこう話が斜め上にいってしまうのか。  これまでも、仕事をしながら突飛なこともあったので今更驚きはしないが、その度に心臓が煩く鳴り響く。  そして、人を喜ばせるのがうますぎる。 「し、仕事の上で小説を貸すだけですからね!」  さっきまでは桜田のことで胸がちくちくと針のように痛み、今は些細なことではあるが胸がドキドキしている。 「わかってますよ。高槻さんがどんな小説を読んでいるのか、とても楽しみです」 「僕がよくても、梶浦さんが読んだらちょっと違ったということもあります。……ちなみに、どんなものがいいですか?」  おすすめできる小説はいくつかある。  ただ、それを読んで梶浦は気に入るかわからない。 「前にも言ったかもしれませんが、高槻さんみたいな受けの子がいいですね」 「~~~~っ」 「冗談ですよ……って、高槻さん、めちゃくちゃ顔赤いですよ」  それは高槻自身もわかっている。頬に熱が集まり、鏡を見なくても茹蛸状態になっている自信はある。  仕事はきっちりとこなしてくれるのに、どうしてこうも口説いてくるのだろうか、この爽やかイケメンは――いや、口説く理由はもう本人から聞いているためわかっている。  口説かれて抵抗しても、梶浦はめげずに口説いてくる。  今もこうやって、さり気なく口説いてくる。 「あの、高槻さん……」 「……はい」 「自意識過剰と思われてもいいんですけど……高槻さん、俺のこと意識してくれてますよね? さすがに、ちょっと……俺までなんだか照れてきます」  梶浦だって好きな人を口説いているのだから、いつもは平静を保っていても限度がある。  高槻の中で、梶浦に対する「想い」が「好き」と明確に変わっていなくても、今まで以上に明らかに意識している様を見せつけられてしまうと、梶浦とて照れくさくなるのだ。 「えっと……その、小説のこと、お願いしますね! 俺、休憩入ってきます……!」  今までにない梶浦の慌てぶりに、高槻は顔の火照りが引かないまま「い、いってらっしゃい……」と言うだけで精一杯だった。

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