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第19話

 らしくない――梶浦自身そう思う。  それに、あんなに揺さぶられる想いをすることは、今までに体験したこともなく高槻がはじめてだ。  今まで恋愛ごとに関しての経験値はあっても、こんなにも高揚感を抱いたことはなかった。 (……やばい、本気で高槻さんが可愛すぎる)  自惚れてもいい。  どう考えても、高槻は梶浦を意識している。なにがきっかけで梶浦を意識しているのかは心当たりがないといえば嘘になってしまうが、今までそれとなくアプローチをしてきても高槻はそこまで大きく動揺しなかった。  そんなことを思い出しながら、高槻とはじめて二人で訪れた店でランチタイムを過ごす。 「んー……、でも、あまりにも無自覚すぎる……」 「お待たせしましたー! ハンバーグプレートです!」 「ありがとうございます」  運ばれてきたハンバーグをひとくちサイズにカットして、口へと運ぶ。  やっぱりハンバーグだな、と思いながら咀嚼し、高槻を思い浮かべた。 (……高槻さんに、なにか心境の変化が?)  無理強いはしない、と言ったのは梶浦だ。  会う度アプローチを仕掛け、なにかと高槻と一秒でも長く一緒の時間を過ごしたいがために、仕事終わりに買い物やカフェに誘ったりもしてきた。高槻と一緒にアニメショップへ行くのも、気づけば自然の流れとなっているのも嬉しい。 (ただ……)  このまま、高槻との曖昧な距離でも幸せだと思っていたが、ここにきて思いもよらない出来事が起きた。 「……桜田、朋……か……」  先日、同じコミックスフロアに配属された、アルバイト入社の桜田朋。コーナー担当は違えど、相手は少女漫画コーナーなので隣同士だ。  相手は研修中なので、まだきちんと会話を交わしたことがない。 (……高槻さんとの貴重な仕事時間を邪魔されなければいいけど)  小さくため息を吐く。  少女漫画を嗜む同志として桜田は喜んでいたが、実際桜田はどういう人間なのかわからない。 「ま、いつも通りでも大丈夫かな」  いくら考えたって、どうすることはできないのだから。  休憩を終えてフロアへと戻れば、高槻の姿は見えなかった。 「――あ、浦ちゃん」 「真壁さん、お疲れさまです」 「お疲れ~。しのちゃんなら、三十分前に休憩入ったよ」 「……え。そうでしたか……」  戻ってきたときに高槻の顔が見られると思ったが、真壁の言葉に梶浦は自分でもわかるくらい落胆した。  特に引き継ぎするような業務もないため、いつも通りのことをすればいいのだが、せめて顔は見ておきたかった。  それとも、休憩前に起こった出来事が恥ずかしいが故に、入れ違いで休憩に入ってしまったというのもありうる。 (はあ……可愛すぎだよ、高槻さん)  真壁に「教えてくれてありがとうございました」と告げると、作業台に移動して再びため息を吐いた。  地味で平凡だと高槻は言うが、たまに見せる真っ赤に染めた表情を見て、梶浦はとてもおいしそうだなと考えてしまうことも少なくはない。あんな表情をもっと見てみたい。触れて、暴いて、ああいった表情をもっと見たい。  健全な気持ちから、疚しい気持ちまで、梶浦は高槻のことをそういった目でも見てしまっている。  性的なことまで含めて高槻と恋をしたい。  無理強いはしない、と宣言したのは梶浦自身。 「長期戦なのはわかってたけど……」  我ながら一途すぎる。  こんなに想い続けているのは、正直自分でも驚くほどだ。 「うーん……一度、田中さんに連絡してみようかな」  先日、はじめて高槻の先輩である彼女――田中美里と三人で食事会をした。高槻が「トイレに行く」と席を空けたときに、お互いに連絡先を交換しておいたのだ。  なにかあったとき用に。  彼女は「ご馳走になるようなネタでもいいわよ」と笑っていたが、そう簡単に高槻を売るようなことはしたくない。  むしろ、梶浦の中で留めておきたいところ。  ちょっとした幸せを、梶浦ひとりで噛みしめておきたい。  それは、どんな些細なことでも。 「気づいたら、こんなにも好きになってるって……高槻さん、俺をどうしたいんですか、もう……」 「――……梶浦さん?」 「……え? あ、え? た、高槻さん!?」  行き違いで休憩に入ったはずの高槻。  それが今、梶浦の名前を呼んだ。 「なんだか、初日の僕を思い出しました」 「どういうことですか?」 「ほら、僕が現実逃避しながら百面相しているところで、梶浦さんが声をかけたことあったじゃないですか。……いや、初日だけじゃないんですけど」  恥ずかしそうにぶつぶつと高槻は言う。 「今度は僕が、梶浦さんの百面相を見る番ですね」 「……高槻さん」 「僕も、見られているばかりじゃ割に合わないですから」  ほんの少し微笑んだ高槻に、梶浦は口を開けたまま。 「……先程の仕返し、ですよ」 「仕返しって……」  内心、「なに、この可愛い生き物は」と梶浦は思ってしまったが、高槻に言えばまたなにか言われそうなので黙っておいた。  仕返しというほど仕返しをされている感覚はなく、可愛らしい仕返しに梶浦は微笑み返した。 「そんなの仕返しに入りませんよ」 「べ、別にいいじゃないですか! ほら、午後の仕事しましょう!」  時間を確認すれば、すでに十三時半を過ぎた頃だ。休憩から戻ってきて、もう三十分も経過していたことに驚く。 「そういえば、まだ明日の新刊入荷準備、してませんよね?」 「そうですね」 「それじゃあ、タイトル分を空けて、入荷準備しましょう」 「俺、棚の準備しますね。これまでの新刊を作業台に持っていくんで、入れ替えお願いしてもいいですか?」 「もちろんいいですよ。空けているときに悩むようなことがあれば、相談してくださいね」 「はい!」  役割分担をすると、それぞれ作業へと入った。  自ら新刊の準備をしたいと申し出た梶浦に、高槻は本当に成長したなと感心した。梶浦が申し出なくとも、高槻のほうから指示しようと考えていたので、積極的に言ってくれたことは高評価だ。  まだ慣れないと言いながらも、しっかりと仕事を覚えていき、基本的な業務に関しては今や心配することはないほど。イレギュラーなことがあれば高槻と確認しながら覚えたり、社員がいないときの簡単な仕事があれば代わりにお願いしてみたり――と、本当に梶浦は働き者だ。  なのに、しっかり働いてくれるのに、高槻に対してのアプローチはいつも通り怠らないところもある意味感心する。  今でも本当に不思議に思う。  地味で、平凡で、BLに愛を注いでいるような男を、かっこいい梶浦が好きでいてくれることにくすぐったさがある。  BL以外になんの取り柄もなく、新人でアルバイト入社した桜田みたいに、可愛い顔をしているわけでもない。  本当に、ごく普通の人間だ。 (でも……梶浦さんは、僕の働き方、人柄が素敵だと言ってくれた)  人が恋をするきっかけなんて、いつ、どこで、なにが起こるかわからない。  だけど――。 (僕に梶浦さんは勿体なさすぎる)  毎回アプローチを仕掛けられる度に、心が揺れ動いていることはわかっていても、それが「恋」なのかは不明だ。  それなのに、明確な気持ちがわからず、それでも梶浦の言動に一喜一憂しているのは確かだ。 (……やっぱ、恋って難しい)  コミックスや小説と違って、現実となると余計に難しい。  難しく考えてしまう。  新刊コーナーで頭を捻りながら棚作りをしている梶浦の隣で、高槻は準新刊コーナーの棚を弄っていた。  ◇  昼休憩から戻ってくれば、なんだか賑やかそうな声が耳に入ってくる。客が棚を見ながら小さく盛り上がっているのだろうかと思っていたが、作業台で梶浦と桜田が話をしている姿があった。  午前中は桜田を見かけなかったため、午後からの出勤か。 「二人とも、お疲れさまです」 「お疲れさまです、高槻さん!」 「高槻さん、お帰りなさい。今日はなにを食べたんですか?」 「今日は、久しぶりにあのカフェに行ってきました。いつもはハンバーグプレートなんですけど、たまには他のメニューも食べてみようと思ってパスタに」  初日に二人で同じものを食べたハンバーグプレートがおいしくて、たまにランチタイムで食べに行けばそればかり食べてしまう。  思い出の品というわけではないが、どうしても選んでしまう傾向にある。 「パスタ、おいしかったですか? 今度、俺もパスタにしてみよう」 「えー、二人だけずるいです! どこでお昼食べてるんですか?」 「えっと……」  高槻と梶浦、二人だけの秘密の会話みたいなものがおもしろくないのか、間を割って入ってくる桜田に、梶浦は困惑な表情を見せる。  高槻のことを想う梶浦のことだ。二人が共有していることを、第三者でもある桜田に知られたくないのだろう。 (でもどうして?)  しかし、理由よりも先に、困っている梶浦を助けなければ。 「はい、二人とも。仕事の息抜きに雑談をするのはいいですが、そろそろ仕事をしましょう」  軽く、パンッ、と手を叩き、頭の切り替えを促す。 「あ、真壁さんに呼ばれてるんでした! 行ってきまーす!」 「桜田さん、頑張ってくださいね」  はい、と元気よく去っていく桜田の背中を見て、梶浦は小さく息を吐いた。 「……高槻さん、すみません。助かりました」 「いえ、……あの、言いたくなかったらいいんですが、その……」 「高槻さんの言いたいこと、わかりますよ。……苦手なんです。自分が可愛いと自覚があるからこそ、好意を持って近寄られることが」  ――そういうことだったのか。  そんな風には見えなかったため、意外な梶浦の様子に高槻は「そうでしたか」と、それ以上は追究しなかった。  理由もわかったし、無理して聞きだす必要もない。  もしかしたら、はじめから感じていたのかもしれない。  だから、桜田が入社してくることへの反応、入社初日やそれ以降の反応がぎこちなかった理由に合点がいった。  他にも理由があるかもしれないが、それ以前に、梶浦は桜田が自分に好意があるということをなんでわかっているのだろうか。  ――まあいいか。 「人間なので、苦手なものはありますよ。ただ、人間関係で仕事が嫌いになるのは勿体ないので、今みたいに僕が対処できそうであれば間に入りますね。それと、割り切ることも大事です」 「俺も、人間関係で仕事が嫌になるのはごめんです。なので、悟られないようにやります。なんか、すみません……」 「別に謝ることはないですよ。さ、仕事しましょう」  安心させるように、微笑みかける。  だが、高槻の心は僅かにちくりと痛んだ。

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