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第25話

 忙しかった年末年始も過ぎ、通常業務が戻ってきた。  年末年始は書店にも足を運んでもらいたく、試行錯誤ではじめてのスタンプラリー大会を開催した。  特に、高槻のいる書店はコミックスも充実しているため、周辺のアニメショップと協力しての開催となった。  また、元旦では抽選大会も行われた。他の店でも見かける、いくら以上購入したら抽選大会に一回参加できるというあれだ。  開催期間は短くとも、それなりに書店側も客側も盛り上がって幕を閉じたのだ。 「去年もこんな感じだったんですか?」 「あ、いえ。去年は特になにもしませんでした。だから、今年はみなさん結構張り切っちゃいましたね」 「へえ、そうだったんですね」 「結構好評だったので、来年もまたやりそうです」 「そういうのもありだと思います」  普段と変わらない作業をしながら、他愛のない会話を交わす。  今日は、二人を妨害する桜田の姿はない。 「……高槻さん」 「はい」  既刊本の在庫チェックをしていた高槻は、動かしていた手を止めた。 「俺、今年も高槻さんと沢山お話がしたいです」 「……梶浦さん」 「沢山お話して、また一緒に出掛けたりして、……そういうことを、高槻さんと沢山やりたいです」  今までみたいな強引さはなく、とても慎重だ。  胸が高鳴る自分を殴りたくなる気持ちを抑え、高槻は寂しそうな笑みを浮かべる。 「……僕に言うより、そういうことは、恋人である桜田さんに言ってあげたら喜んでくれますよ」 「……っ」 「気を悪くしたらごめんなさい」 「いえ……大丈夫です。そう、ですよね……」  まず、勤務中に話す内容ではない。  会話が終了し、お互いに言葉も出ない。高槻は止めていた手と視線を動かして、黙々と作業を再開させた。  少々気まずい雰囲気になってしまった。 (新年から空気を悪くしてどうするんだろう……)  駄目だなと思いながら、高槻は欠伸をするふりをしながら口元を手で覆い、小さくため息を吐いた。  悪くなってしまった空気をなんとかしないとなと思った矢先、それをぶった切るように話を切り出したのは梶浦だ。 「そういえば、去年店長に呼ばれたのはなんだったんですか?」 「あ……」  そういえば、そんなことあったなと呑気に思い浮かべる。 「俺も知っていたほうがいい話ですか?」 「社員だけの話で、業務のことではないので大丈夫ですよ」 「本当に?」  年末前の残業で、梶浦に嘘を吐いて残業をしていた高槻を知っているので、梶浦は半信半疑なのだろう。あのことについては、高槻自身も悪かったと反省している。 「業務のことであれば、きちんと伝えます」 「……俺こそ、変に疑ってしまってすみません」  お互い、さっきから謝ってばかりだ。 「梶浦さん」  このままではいけない。  お互いに楽しくなれそうなことはないかと思い巡らせ、高槻は提案した。 「気分転換に、お互い一冊選んで、その選んだ本のポップを相手が作る、という作業をしませんか?」 「俺が選んだ本のポップを高槻さんが作る……ってことですよね」 「はい」 「それいいですね」  柔和な笑みを浮かべる梶浦を見て、ホッと胸を撫で下ろす。  梶浦の穏やかな表情を見るのは久しぶりだ。  いつも苦しそうな、寂しそうな表情をしていた記憶が多い。  だからこそ、心が素直に反応して胸が高鳴った。 「梶浦さんが、どんな本を選ぶのか楽しみです」 「俺も、高槻さんの選ぶ本、楽しみにしてます」  穏やかな空気が戻り、まだ二人だけの空間で仕事をしていた頃を思い出させる。二人だけの空間だなんて言い方は大袈裟かもしれないが、高槻にとっては大切なのだ。  あの頃の、梶浦との仕事の時間が――。  こうして、本棚と睨めっこしながら、お互いに悩みはじめる。  作家、出版、書店への売り上げ貢献も含めて作品を選ぼうと考えているのに、先程から手にしているのは、見た目が梶浦みたいな攻めや、見た目は違えどわんこ攻めのものを選んでいるのに気づく。  いやいや違うだろ、と心の中でツッコミを入れ、それでも恐ろしいことに、同じことの繰り返しをしているのであった。 「高槻さん、選びました?」 「ええっと……色々と悩んでまして……」 「ずっとこのままなのもいけないので、あと十五分で決めましょう」 「そうですね。すみません」  申し訳なく謝れば、梶浦は「それだけ真剣なんですね」と褒めてくれた。  改めて、十五分の制限を設けて選び直す。  このときだけでも許してほしいと、いない桜田相手に思いながら、高槻はギリギリのところで一冊を選び終えた。  狭い作業台を目の前にして、お互いに「せーの」と言って同時に置く。 「……」 「……」  置いたと同時に、お互い沈黙した。  それもそうだ。梶浦も高槻も、外見が相手に似ているようなキャラクターの表紙を選んでいるのだから言葉すら出ない。 「か、梶浦さん。……これを選んだ理由を聞いても?」 「高槻さんこそ、その本を選んだ理由はなんですか?」 「……」 「……」  再び沈黙が訪れる。  選んだ本の表紙を見るからに、お互い思っていることは同じに間違いないだろう。 「ぽ、ポップを作ったら、お互い理由がわかりますよね!」 「そ、そうですね」  たどたどしい言い方になりつつ、じゃんけんをしてどちらが先にポップを作るか順番を決めた。  先にじゃんけんで勝利したのは梶浦だ。 「近々、棚の見せ方を変えようと考えているので、その辺にいますね。終わったら声をかけてください」 「わかりました」  果たして、どんな手作りポップを梶浦が作るのか。楽しみで仕方がない。  それと同時に、恥ずかしい気持ちにもなった。 (だって、あれ選ぶとか……)  タイトルといい、表紙のキャラクターといい、梶浦が選んだものは高槻も読んだことのあるコミックスだった。  だから、尚更恥ずかしいのだ。 「……仕事、仕事」  あくまで、今は勤務時間だ。  浮かれている気分ではない。 (桜田さんがいたら、こんなことできてないだろうな)  棚を見つめながら思う。  もし、今この場に桜田がいれば、梶浦は遠回しに独占される。人懐っこそうに見えて、高槻を威嚇してくるのだ。  ――人のものに、手なんて出さないのに。  気持ちのすれ違いからくる梶浦との接触に関しては、思い出と共に蓋をするまで。  あの夜をきっかけで、自覚できたのもあるのだ。  今となってはもう遅いけれども。 「……さて、どうしようかな」  脳を仕事モードにしなくては。  軽く頭を振って、梶浦から声がかかるまで棚と向き合った。  新刊コーナーは現状維持のままでも大丈夫なのだが、特集コーナーの棚に関しては、月いちで入れ替えをしていてもネタに限界が来てしまう。  なので、そのネタが切れる前に早めに対策を考えておかなければ、せっかく作りあげた棚が可哀想だ。  コミックスのみで展開してきた特集コーナーを、今後は小説も交えて展開してみるのはどうだろうかと考えている。コミックスはすぐに読むことができ、絵だからこそ手に取りやすいが、活字になってしまうと文字を追っていく時間が必要となり、それを苦にしてしまう人はいるだろう。  文章だけで想像力を掻き立てられる素晴らしさを知ってほしい。  一冊を読み終わることに時間をかけてもいい、自分のペースでゆっくり文字を追い、物語を想像してほしいのだ。 「……うん。春から小説も取り入れよう」  それなら、三月下旬から試用運転で一段ほど小説で組んで様子を見てみるのはどうだろうかと、幅を広げてみる。  本格的に動かすのであれば、最初はシリーズものから特集を組んでいくのもありだなと試行錯誤していくうちに、高槻は夢中になってしまった。 「高槻さん」 「……」 「高槻さん!」 「……へっ、え、あっ、はい!」 「……もしかして、自分の世界に入ってましたか?」 「ち、違います!」  ――あ、この感じ懐かしいな。  梶浦が入社してきたときや、それ以外でも似たような出来事があった。  できましたよ、と言う梶浦に、高槻は「では交代ですね」と言って梶浦とバトンタッチした。 「あ、作り終えたポップは、梶浦さんがまだ持っていてくださいね」 「わかりました。俺もまだ見られるのは困るので」 「そうですね。それでは、僕が作ってる間、梶浦さんは好きなことをしていてください。今は特になにもありませんし……あ、それか、事務室へ行って荷物が届いていないか確認してきてもらってもいいですか?」 「荷物ですか?」 「はい。来月バレンタインなのでフェアがあるんです。その販促物が届いているかの確認です。月末から来月月初にかけて送ると言ってたので……恐らくまだかとは思うんですけど……」  念のためにお願いします、と頼めば、梶浦は快く「わかりました」と引き受けてくれた。  その間に完成させようと、高槻は作業台で勤しんだ。  どんな風にこの作品を紹介しようか、派手めにいくか、シンプルだけど目を惹くような大胆さに出るか。  頭の中で考えながら、ペンを走らせる。 「うーん……」  ああでもない、こうでもないと思考を巡らせる。 「……なんで一発で書けると思ったんだろう」  下書きすればよかったと後悔した。  書き間違えた用紙をぐしゃ、と握り潰してゴミ箱に捨てる。 「梶浦さん、大丈夫かな」  荷物の確認は真壁や高槻、他の社員がやっていたりするので、アルバイトが確認をするということはあまりない。  だが、大丈夫だろうと信じて梶浦に託した。 「高槻さん、戻りました。特に荷物は届いてませんでしたけど、同じコミックスフロアでも別担当宛に荷物が届いていたので渡してきました。渡してよかったんですよね?」 「お帰りなさい。梶浦さん、ありがとうございます。真壁さんがいたと思うので、真壁さんに渡しておけば大丈夫ですよ」 「ならよかったです。……高槻さん、俺が荷物を確認しに行っている間、作り終えましたか?」 「いえ、実は失敗してまだなんです。梶浦さんは……そうですね……小説で気になる作品を一冊、時間をかけていいので選んでみてください」 「小説ですか?」 「はい」  それには理由があった。  三月下旬から、特集コーナーで試用運転で展開していくため。  決定事項というわけではないが、梶浦の選んだ小説もコーナーに置いてみるのもいいなと思いついたのだ。  うーん、と悩んでいる様子を見て、小さく微笑む。 「本当にゆっくりでいいですよ。来月中に決めてくれたら嬉しいです」 「……なにか考えてます?」 「それについては、今やってるポップが終わってからにしましょう。それまでストッカー整理も兼ねて、小説の棚を眺めてみてください」  小説をそこまで読まないと言っていた梶浦。 (そういえば……)  梶浦から、おすすめの小説を貸してほしい、と言われていたことを思い出す。色んなことがありすぎて、考えている余裕すらなかった。  それより、早くポップを作らなくては。  梶浦の選んだ一冊。表紙や帯、裏表紙に載っている情報を読み取り、高槻は頭を唸らせながらなんとかポップを作りあげた。 「――では、見せる準備はいいですか?」  狭い作業台に凸凹が二人。  選んだコミックスを並べて、お互いに作ったポップをコミックスを選んだときみたいに「せーの」の合図で置いた。 「……」 「……」  両者沈黙。  高槻と梶浦、それぞれが選んだコミックスのポップを相手が作る――そういう約束だ。  コミックスの表紙とポップを交互に見やる。 「……片想いに苦しんでいる人……」 「……偽りの恋にいいことはない……」  梶浦のあとに高槻の声。  そして、再び沈黙が走る。  高槻も梶浦も、お互いに痛いところを自ら抉っていく。  とても居た堪れない。  梶浦が選んで、高槻に作ってもらったポップ。  選んだ作品は、幼馴染で高校生もの。人気者の幼馴染に幼い頃から淡い恋心を抱き、その気持ちはやがて確信へと変わる。  しかし、彼はノンケで彼女持ち。彼女を作る度に紹介されては、別れたあとつらい気持ちを抱えながら彼を慰めるばかり。  それでも彼を想う気持ちは捨てきれない。  傍にいるだけで十分。  そんな幼馴染の、片想いラブストーリーとなっている。  対して、高槻が選んだ作品は、恋人がいるのに会社の同僚と酔った勢いで一夜を共にしてしまった。言いふらされたくなかったらと、脅される形で付き合うことになってしまう話だ。  脅してきた同僚との関係が続く中、同時進行で本当の恋人とも関係は続いていたが、いつしかその恋人は彼の行動を疑いはじめる。  同僚の本当の目的とは――。 「……高槻さんに似てるでしょ?」 「え?」 「俺が選んだ作品。この表紙の黒髪の男子学生」 「そ、れは……」 「高槻さんも、高槻さんが選んだ作品の攻め、雰囲気がどことなく俺に似てますよね」  思わず押し黙る。  意識して選んだわけではないが、この作品は高槻が読んできたマイベストBLのリストに入っている作品。  定期的に読みたくなる作品なのだ。 「そ、それ言ったら、梶浦さんだって……!」 「そうですね。だから言ったじゃないですか。高槻さんに似てるでしょ、って。そういうことですよ」 「……っ」 「……なんだか、ポップを二つ並べると、今の俺たちみたいですね」  並べてあるポップに優しく触れながら、寂しそうな声色で梶浦が言う。  しかし、高槻の気持ちは梶浦が知っているはずがない。 「それは、……自惚れすぎですよ」  ――僕の気持ちは一生言わない。  変なところで頑固だ。  梶浦には桜田がいるではないかと、大声で叫びたい。  なにを言っているんだ、と。  もうこれ以上、心をかき乱さないでほしい。 「こ、これ、飾りますね」 「高槻さん」  二冊とポップを持つ手を握られた。  正確には手首。  仕事中で、時間帯的に客が周囲にいないとはいえ、いつどこで見られているかわからない。握られた梶浦の大きな手に軽く力が入り、逃げられない。 「……俺の話は終わってません。本当のことを言うまで、俺は終われません」 「今、仕事中です。それに、桜田さんがいないからって、こんなことしちゃいけないと思うんです」 「桜田さんは関係ありません」  事を荒立てたくない高槻は、「手を離してください」と声を潜めた。  そんな寂しそうな表情を見せないでほしい。  どんなに梶浦が桜田との真実を語ったとしても、もう高槻には関係ないことだし、想いに蓋をしたのだ。  放っておいてほしい。  梶浦と視線も合わないまま、掴まれた手はゆっくりと離れていく。  以前みたいに平静を保って仕事ができていると思っていたのに、何度も蒸し返そうとしてくる梶浦。  その度に、心がギュッとしぼんで痛い。  ――もう、蒸し返さなくていいのに。 (今更、真実を知ったところで……)  何度も頭の中でぐるぐるしてしまう。  また彼女に相談するべきか。 「仕事場で、これ以上の話題は出さないでください」 「……っ」  語気を強めに言えば、幻覚で尻尾と耳が垂れているような梶浦の姿が瞳に映る。なんだかそういうところを久しぶりに見たなと思うあたり、これまで心に余裕がなかったのだろう。  今も胸は痛むが、あの夜以降のような極端な気まずさは少なからず減ってきている。  だから、本当に放っておいてほしい。  梶浦と桜田のことを考えるより、今は今後のことも考えなくてはいけない。  契約社員である今、正社員として働くのかどうか、選択しなければいけない時期にきている。 (迷惑かもしれないけど、やっぱり田中さんに相談しよう)  本が好きで、BLが好きで、今働いている書店での仕事もやりがいがあって好きだ。  担当コーナーを任され、自由度も高い。  だからこそ、よく考えたい。  梶浦と桜田には悪いし、完全に気持ちの整理がついたわけではないけれども、優先しなくてはいけないものはなにか。答えを出すまでに約半年はあるけれども、早めに考えておきたい。 (……って、こんなことを考えてる時点で、本当は決まっているようなものだけど。でも、なんとなく、田中さんと話がしたい)  仕事が終わったら彼女に連絡してみよう――高槻は、梶浦に「ごめんなさい」と改めて告げると、作品とポップを抱えてコミックスの既刊が陳列してある棚を弄りはじめた。

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