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第28話
ここは俺が払わせてください、と言って聞かない桜田がカフェの会計を払い、代わりにまた三人でご飯でも食べましょうと約束をした。
桜田と別れて、高槻と梶浦は二人きりになった。
「えっと、……その……」
「あの、高槻さんがもしよければなんですが、家にお邪魔しちゃ駄目ですか?」
家、と言われて、あのときの夜を思い出す。
「変なことはしません! 神に誓って!」
「神って……ふふ……」
「……笑った」
「え?」
「今、高槻さん笑ってくれました!」
嬉しそうな表情をしているのが丸わかりで、犬みたいだ。尻尾を振っているような幻覚が見え、高槻は本当に最初の頃のような時間が戻ってきたのだなと実感した。
いいですよ、と言えば、梶浦はもっと嬉しそうにしてくれる。
「それと――」
「他になにか?」
「ギュッて、していいですか?」
照れくさそうにしている梶浦は、頬を指で軽く掻いた。
「な、な、なにを言ってるんですか……」
公衆の面前もあるところでの、梶浦の発言。
思わずたじろいだ。
「大丈夫ですって。駅前ですし、ただの別れの挨拶だと思われるだけですよ。俺の場合、高槻さんを抱きしめるのは、温もりを感じたいからです」
「……っ」
「だめ、ですか?」
くーん、と今にも鳴き声が聞こえてきそうだ。
この手に弱いとわかっているはずなのに、梶浦に圧倒され、高槻は折れてしまった。
もう勝手にしてくれ。
消え入るような声で「どうぞ」と言えば、梶浦はソッと壊れ物を扱うように包み込んだ。
梶浦の匂いが鼻孔を擽る。
そして、衣類を身に纏っているとはいえ、人と抱き合うのはこんなにも温もりを感じるのかと、静かに目を閉じた。
耳元で「高槻さん、高槻さん」と、名前を何度も呼んでくれる。
――聞こえてますよ、しっかりと。
でも、それを言葉にはしない。
「……高槻さん、シャンプーいい匂いしますね」
「……! なに、嗅いで……!」
「高槻さんこそ、俺の匂いでも嗅いで堪能してたんじゃないんですか?」
声色からして、とても嬉しそうだ。離してほしいと胸を叩き、高槻と梶浦は距離を取った。へへ、とだらしない梶浦の表情を見て、それでもかっこよく見えてしまうのは卑怯だ。
顔を俯ける。そうでもしないと、今とても顔が真っ赤だからだ。
俯けば、背の高い梶浦は高槻の表情が見えない。だが、それをわかっている梶浦はしゃがみ込み、下から高槻の表情を窺った。
いくら夜でも、駅前であれば夜でも明るく、十分に高槻の顔が朱に染まっているのがわかった。
立ち上がり、高槻の頭を優しく、そっと撫でる。
「早く、高槻さんの家に行きたいです」
「っ、……えっと、電車……」
「いえ、タクシーで行きましょう。そんな顔をしている高槻さんを、色んな人に見せたくありません」
手首を掴まれ、タクシー乗り場まで歩いていく。
手から心臓のドキドキが伝わりそうだ。恥ずかしくて、空いている手を胸に当てながら、高槻は梶浦に連れられた。
梶浦が高槻のアパートに来たのは、これで二度目だ。
はじめてきたのは、桜田の歓迎会のときであり、梶浦と桜田が付き合っていると宣言された日でもある。
あのことがなければ、ずっと想いは宙に舞ったままのはず。
いずれ梶浦への想いを自覚したとしても、時間はかかっただろう。そう思うと、鈍いにもほどがありすぎて情けない。いや、情けないを通り越して、梶浦に申し訳なかった。
「どうぞ」
玄関の鍵を開けて、梶浦を中に招き入れる。
その辺に座ってください、と促せば、ベッドの側面を背にして梶浦は座った。
「インスタントコーヒーしかありませんが、それでもいいですか?」
「いえ、お構いなく。それより、俺の隣に座ってくれませんか?」
隣の空いている部分を軽く叩き、誘ってくる。梶浦の隣に腰を下ろし、高槻は「どうしましたか?」と声をかけた。
「……本当は、桜田さんじゃなくて、俺がきちんと話をしたかったなと思いまして」
「ですが、きちんと謝ってくれたじゃないですか。それに、僕も梶浦さんの理由も聞かずに、頑なに拒んでしまってすみませんでした」
「それでも俺は、高槻さんに……」
梶浦の、その先を言いたいことはわかっている。
「いきなりあんなことされて、気持ち悪いですよね」
「……嫌でした」
「ですよね……」
「ですが」
――乱暴にされているはずなのに、触れる手つきが優しかったです。
そのことを告げれば、梶浦は涙ぐんでいた。
かっこいい顔が台無しですよ、と微笑みながら、梶浦の頬に触れる。
「こんな感じに、優しく。……まあ、多少荒いときもありましたが……」
「ほら、優しくないじゃないですか!」
「それでも優しいです。大切に育てていた気持ちがぐちゃぐちゃになり、どうしてくれるんだ、と思いました」
優しく言いながらも、酷いことを次から次へと言ってのける高槻に、凹んでいく梶浦。
「ただ、梶浦さんとあんなことになっていなければ、僕は自分の気持ちにすら気づきませんでした。本当に僕は鈍いですね」
「……はー、無意識って怖い」
「? どういうことですか?」
「いや、無自覚というべきか。俺は、それなりに意識されていると思っていましたよ。あとは、本当に高槻さん次第でしたけど」
――それでもすみません。
自分のしたことが許されないのだろう。
罪悪感がとても強い。
あのときの時間を変えることはできないし、戻すこともできない。
それに、もう高槻は許してくれているのだ。
だから、梶浦もこれ以上自分を責めてほしくなかった。
「あの、もし許されるなら、なんですが……」
「許されるなら?」
「……変なことしないと言った手前、情けないんですけど、その……上書きをさせてくれませんか?」
「……」
上書き、というのは、あの日のことを上書きさせるということだろうか。
それ以外、他になにがあるというか。
「え、ええっ」
思わず、梶浦の隣から距離を取ってしまう。
「やり直しをしたいんです。怖がらせるんじゃなくて、気持ちよくさせたい。それに、きちんと、その、キスもしたい……です」
「……変なことしないって、言ったじゃないですか」
「そう、ですね」
「心の準備もなしにですか」
「それ、は……」
犬耳が垂れてきている、垂れてきている。
そんな幻覚が見え隠れしている。
「神に誓って、じゃなかったんですか?」
「……そしたら、高槻さんの心の準備ができるまで待ちます」
それだと、餌をお預けくらっている犬と一緒ではないか。
入社してきたときからわんこ属性あるなとは思っていたが――。
「……ふっ」
「た、高槻さん?」
明るくて、気さくな好青年。おまけに、ぐいぐいと迫ってくるわんこ属性を兼ね備えている。そんな引く手あまたな梶浦が、自らの意思で好きになった相手は高槻。
梶浦自身、驚くほどの熱烈なアピール。
距離が近づくにつれて、雰囲気もそれなりにいい感じになってきたかと思った矢先の出来事。
短期間な出来事といえど、色々と思い出が濃い。
「……神に誓って、――優しくしてくれるんだったら、いいですよ」
「やっぱりそうですよね……って、……え?」
「二度も言わせないでください。……本当に優しくしてくれるんでしたら、いい、と言ってるんです。男子学生がAV鑑賞しながら一緒に抜くのと同じと思えば……」
「いやいやいや! BLの読みすぎです! リアルにそういうこともありますけど、ムードがないじゃないですか!」
これから雰囲気になるかもしれないときに限って、高槻のひとことでぶち壊しだ。
「お互い、肩に力が入りすぎてると思って……」
「やっぱり高槻さんは、BL大好きな高槻さんで安心しました」
「なんですか、それ」
ふ、と笑えば、いつの間にか梶浦が距離を詰めていた。ゆっくりと顔が近づいてきて、反射的にギュッと目を瞑る。
(キス、される……)
だが、唇に触れた感触はなく、頬にキスをされた。
「……ベッドにあがりましょう」
「……はい」
耳元で囁かれ、腕を持ち上げられる。ベッドに乗り上げ、二人は真正面を向いた状態で座った。改めてやると思うと、途端に照れくささが出てしまい、梶浦の顔がまともに見れない。
そんな高槻が愛おしくて、そっと頬に手を当てると、梶浦は下から顔を窺うようにして唇を合わせた。
はじめは、ただ触れ合うだけのキス。
唇が離れ、両頬を包み込んでグッと顔をあげさせる。
真剣な表情で高槻を見つめた瞬間、梶浦は言葉を紡いだ。
「……好きです」
「……っ」
「きちんと言っていなかったので。改めて、俺は高槻さんが好きです」
「梶浦さん……」
胸が熱い。
好き、という二文字を言われただけで、とても高揚している。
「僕も、好き、です」
「高槻さん……高槻さん、好き、……好きです」
再び顔が近づき、唇が優しく触れる。親鳥が雛鳥に餌を与えるように、何度も何度も啄むようなキスを与えられ、ほんの少しだけ舌先で唇を舐められた。唇が濡れて輝いているのがおいしそうに見えたのか、そのまま梶浦は喰らいついた。
「ん、んっ」
ぐぐもった声が零れる。
高槻の唇ごと食べるようなキス。舌で高槻の唇を割り、そのまま口腔へと侵入させる。歯列をなぞり、上顎を擽れば、高槻は身体を震わせながら、一生懸命、梶浦にしがみついていた。
(腰、が……)
恋に鈍感だった高槻は、あの日の夜にしたキスが実はファーストキスであった。なので、不慣れなキスに、しかもディープなキスに、高槻はすぐに身体が敏感に反応した。
舌で口腔内を蹂躙され、甘く、溶かされていく。
「ふ、んぁ……ん、ちゅ、……ぅん、は、ぁ……」
くちゅ、と唾液の水音が耳に聞こえ、恥ずかしくなる。呑みきれない唾液が口端から流れ、顎を伝っていく。
(……キスって、こんなに気持ちのいいものなんだ……)
BLの世界で、キスが気持ちいいとよく台詞が飛び込んできたが、実際にそれは本当であり、高槻は頭がぼうっとして梶浦のなすがままになっていた。
舌を絡め、唾液を交換して、貪られるようなキス。
梶浦に求められていると、心の底から嬉しくて全身が悦んでいる。
「……っ、はぁ、高槻さん、大丈夫、ですか?」
「ん、はいっ……」
濡れた瞳と唇に、上気した顔。蕩けきっている表情にごくりと喉を鳴らした梶浦は、高槻をベッドに横たわらせてズボンと下着を一緒に脱がした。
「……ひっ、あ、やっ」
「汚れてしまうので。それに、本当に抜くだけですから」
「……っ」
改めて言われると、恥ずかしくて逃げたくなる。
すると、脚を掴んで左右に開脚された。己の痴態に羞恥を覚え、高槻は不安でしかなかった。
そんな高槻の不安を、梶浦はもう一度キスで解していく。
「んっ」
キスで甘勃ちしている高槻の性器に触れ、梶浦はゆっくりと扱いていった。
「んんっ!」
「……っは、俺に委ねてください」
「ん、ふっ」
再び唇を塞がれ、キスの合間に扱かれ完勃ちさせる。鈴口を親指の腹で撫でられ、とぷり、と先走りが溢れた。
(……高槻さん、キスで感じてくれて嬉しい)
梶浦は素直に嬉しかった。
もっとキスをしていたい気持ちを堪えながら、梶浦は身を起こして、高槻の腰を持ち上げると腿に乗せた。開脚している間に梶浦の身体が割って入っている状態だ。
ズボンの前を寛げ、すでに熱を持っている硬い性器を、高槻の性器に擦りつける。
「あ、つい……」
「こうやって、一緒に擦ると気持ちいいですよ」
「あ、あっ……!」
二人分の熱量が一緒に擦れ、あられもない喘ぎ声が漏れる。
梶浦の大きな手が二本の性器を包み、一緒に昇りつめるために刺激を与えていく。裏筋同士が擦れて、びくびく、と性器が悦んでいるのを感じる。二本同時の自慰なんて、キス同様はじめてであり、高槻はキスよりももっと敏感に反応していた。
「あ、あ、はや、いっ……ぅん!」
「先のほう、弄られるととろとろに出てきますね」
「ん、んっ」
「はー……可愛すぎですっ」
最早、表情を見ただけでもすぐに抜けそうだ。
しかし、今日の目的は、あくまでもあの日の上書き。
暴走するわけにはいかないのだ。
今日は一緒に抜くだけ、と己の理性と戦いながら、梶浦は高槻に優しく、甘く、これでもないというくらい気持ちよく天国を見せた。
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