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生活費ラプソディー②
凄く整頓されてるな、と再び目にした壁一面の本棚を前にして思う。見ていて逆にこちらの心が落ち着かない。だが、よく見りゃジャンルがバラバラで少しだけホッとした。
図鑑や童話集、ライトノベルに文芸。ミステリーにホラー、それと恋愛もの。作者の名前順で並んでいるわけでもない。ジャンルごとに並べれば良いものをわざわざ別々に並べるなんざ、おかしな話だ。まあ、人の家の本棚にケチをつけるわけにはいかないが。
デカイ梯子に登りたい衝動に駆られたが、そんな姿を奴に見られたら、どうなるか分からない。好奇心を押さえつけ、本棚の部屋を後にした。
本棚の部屋と雰囲気を似せるためか、通じた廊下は洋館のようだ。長くて赤い絨毯に、壁にはよく分からない絵画。灯りはオレンジ色のLED。形はスズランの様。恐らく、この通路を過ぎた先は別のビルだ。
金持ちの考えることは上手く理解出来ない。外なんざ見えないくせに、何故、窓枠なんてモノを付ける必要がある?
この廊下、外には一切通じていない。暑くも、寒くもない空間。その不思議な温度は次の空間まで続いた。温度は続いたが……。
「なんだ、こりゃ」
思わず俺の口から言葉が洩れる。目の前には平凡な部屋が広がっていた。まるで、ここで建物が切られてしまったようだ。先程までの空間とは雰囲気が違いすぎる。生活感に溢れた部屋だ。
俺は部屋の真ん中に出てきた。ただ真っ直ぐに進んできただけ。広いということに変わりはないが、人が住んでいる、という感じがするのだ。
モノクロのシックな部屋で、真っ白な壁が目立った。中央には広いキッチンと業務用みたいなシルバーの冷蔵庫がある。キッチンの近くにはガラスのテーブルと黒い革のソファ。作ったものを直ぐに食すことが出来そうだ。
俺が通ってきた通路から見て、右と左には二つずつ扉がある。全て同じ黒の扉だ。
俺がこんなにも動き回っているというのに、男は一向に姿を現さない。まだ探索していて良いということか?
勝手に解釈し、左側手前の扉を開けようと手を伸ばす。しかし、扉は開かなかった。どうやら、鍵が掛かっているようだ。だが、開けようと思えば開けることが出来る。鍵のツマミがこちら側に付いているからだ。足元には焦げ茶のマット。
向こう側は何なのだろうか。もしかすると、外なのか?
扉に耳をあててみる。心なしか、土砂降りの雨の音がする気がした。車が走っている音も頻りに聞こえる。
そうか、あの路地の向こう側はデカイ道路だったな。
本当にこの扉の向こう側は外なのか、確かめる時間は無かった。バンッと突然、俺の顔の横に左手が置かれたのだ。扉に右耳をあてていた俺の視界にはハッキリと長い腕が映り込んでいた。あまりの驚きに心臓が止まるかと思ったが、当の心臓はバクバクと激しく動いている。
「い、一体、何なんだ?」
今流行りの壁ドンをされたわけだが、何もトキメクものは無かった。寧ろ、恐怖しかない。後ろの男の顔を見れないのは、その所為だ。
「同じ言葉をお前にくれてやる。終わったら、俺を呼べと言っただろうが?」
つまり、何をしているんだ?と聞いているのか?
「あんたが名前を教えてくれねぇから、呼ぶに呼べなかったんだよ」
「……」
何も返事が返ってこない。名前を教えてくれと素直に言えば良かったのだろうか?チラッと視線を移動させると、むさ苦しい顔が俺のことをジッと見ていた。
「……来い」
グイッと腕を掴まれ、引っ張られる。半ば引き摺られるように向かい側の片方の部屋に連れ込まれた。通路から見て右の手前側の扉の部屋だ。
「何しやがんだ!」
部屋の真ん中に放り投げられた。危うく、転ぶところだ。
「……脱げ」
「はぁ!?」
驚きで顎が外れそうになる。
「俺の趣味に付き合えと言っているんだ」
腕を組んだ男が真顔で言った。
「どんな趣味してんだよ!頭おかしいんじゃねぇのか?それに、さっきだって失敗したら服を脱げと言ったじゃねぇか。俺は成功したんだろ?だから、家に入れてもらえたんじゃねぇのか?」
吠えるように叫ぶ。薄暗い部屋の中。何故、真ん中だけスポットライトに照らされているのだろうか。
「成功したら服を脱がなくて良いなんて言った覚えは無い」
とんだ屁理屈野郎だ。
「ふざけるなよ?俺にストリッパーになれと言うのか?」
「それも良いが、残念ながら不正解だ。服を脱いで、此処に足を組んで座れ」
椅子のようにも見える四角い木の箱を引張り、スポットライトにあてる男。
「……くそっ!何なんだよ!」
人の家の洗濯機に下着まで入れてきてしまったことを後悔した。渋々生まれたままの姿になり、言われた通り、木の箱に足を組んで座る。
「もっと顔を上げろ」
顎を押し上げられ、無理矢理顔を上げさせられた。まさか、今日だけで壁ドンと顎クイを体験出来るとは思ってなかったよ。くそ野郎が。トキメキなんざ何も感じない。寧ろ腹が立った。
「そのまま止まってろ」
少し離れたところで、男が同じような椅子に座ったのが見えた。
「男のカラダを鑑賞か?良いご趣味じゃねぇか」
皮肉たっぷりに言ってやる。反抗せず、言われた通りにしている俺自身にも腹が立つ。
「お前がやりたかったストリッパーじゃなくて残念だったな?───おい、動くな、ちゃんと描けなくなるだろうが?」
ジッとしたまま、男の動きを目で追う。何やら、紙にペンを走らせているようだ。
ストリッパーの話は俺で終わりにしてやる。
「描けないって何だ?あんた、画家なのか?」
「趣味だと言っただろうが?そんな性格だからスエキチなんて名前を付けられれるんじゃないのか?」
「ス、スエキチ!?なんだ、そのおみくじみたいな名前は!俺の名前はスエキだ!」
一生懸命に反論するが、カラダは動けない。
「そうかそうか、良かったな。スエキチさん」
何が良かったのか、初めて笑った奴の顔は、薄暗くてよく見えなかった。
まさか、この男との生活が俺の人生を変えるとは、この時の俺には知る由も無かった……。
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