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活字レプリカント②
誰に問いかけているのか、自問自答、馬鹿みたいだ。世界を理解するというよりも、まず鮫島という人間を理解しなければならない。
奴の職業は一体……?
「じゃがいも……」
よく分からないことを考え、悩み、無意識に目線が下を向いていた俺は、米櫃の隣にプラスチックの引き出しを見つけた。中には泥がついたままのじゃがいもが沢山入っていた。
丁寧に丁寧に水でじゃがいもを洗い、よく切れそうな包丁を手に持つ。漫画なんかでは料理初心者というものが、よく包丁で指を切る描写があるが、実際、そんなことは無いのだと気付いた。野菜の皮はピーラーで剥き、等分に切るのに手なんざ切らない。
グツグツと煮える鍋を見つめる俺。なんだ、俺もやれば出来るんじゃねぇか、と自信を持った俺だったが、煮込んでいた時、すでに間違いを犯していた。
「おい、出来たぞ」
自信満々に未知の部屋の扉をノックし、奴を召喚する。鮫島という名前は知っているが、あまり奴の名前を呼びたくないのだ。理由なんざ、俺も知らない。
「ちゃんと作ったのか?」
スッと部屋から出てきた鮫島が「なんだ、作ったのか」みたいな顔をしてソファに座った。
「なんで、そうやって疑って掛かるんだ?」
イラッとしながら、奴の目の前まで肉じゃがを運んでいく。奴が言葉を失うのも分かる。見た目は結構いい感じに出来たからだ。
「いただきます」
ボソッと箸を持った鮫島が言い、次の瞬間。
「……ゴフッ!」
奴が噎せた。いや、寧ろ激毒を盛られたかのような反応だ。
「なんだ?どうした?」
尋ねてみたが、奴はゲホッゲホッと尚も噎せ、突然立ち上がったかと思うとシンクの方に行き、蛇口から直接水をがぶ飲みした。
そして、つかつかと此方にやって来た鮫島は、俺の胸倉を掴み、「……っ、死ぬほど不味い。出直して来い」と本当に死にそうな声で言ったのだった。
「大丈夫か?」
伏せた奴の顔を下から覗き込む。
「大丈夫か、じゃないだろ!味見したのか!お前は!」
「してない」
相当怒っているであろう鮫島に対し、俺は苦笑いで返し、笑って誤魔化そうとした。
「食え」
まだ湯気の出ている肉じゃがに鮫島の視線が移った。俺にそれを食えと言うのか?そりゃ、あんたが今、食ったやつじゃねぇか。
「は?嫌だよ」
鮫島の胸を押し、俺は必死に逃げようとした。この肉じゃがが不味いと分かった今、わざわざ食う必要が何処にある。
「よし、分かった。食わしてやろう」
俊敏に動いた鮫島の左腕が器用に俺の両手首を拘束した。
「嫌だっつってんだろうが!やめろよ!」
熱そうじゃねぇか!
熱々なじゃがいもが、鮫島が何処からか持ってきたスプーンに乗って近付いてくる。幻聴だが、「僕、じゃがいも。僕、じゃがいも」という声が聞こえてくるような気がした。
「口を開けろ」
絶対に開けるものか、と意地でも思う。言葉を発した瞬間に口にスプーンを突っ込まれそうで、俺は警戒して押し黙った。
絶対に口は開かねぇし、何も言わねぇ。
「はぁ……」
溜息を吐きたいのは此方の方だが、奴は俺に食わせることを諦めたのか、ゆっくりとじゃがいもを皿の中に戻していく。
「スエキ……」
耳元で吐息交じりに囁かれ、背筋がゾクリとした。まさか、奴から真面に名前を呼ばれるとは思っていなかったため、完全に無防備になる。そして、更に奴の攻撃はそれだけでは終わらなかった。
「スエキ……、愛してる」
耳に注ぎ込まれる率直過ぎる甘い言葉。
「はぁ!?……ぐぉふっ!あっつ!まっず!……げほっげほっ!」
驚愕し、口を開いた瞬間に素早い動きでじゃがいもが口の中に放り込まれた。瞬間的に広がる、熱さと不味さ。
驚きで目も口も開いたが、口に入れられたじゃがいもが凄まじく熱く、凄まじく不味かった所為で、一瞬で全身の毛穴までもが開いた気がした。
その不味さと言ったら……、取り敢えず、塩っぱ過ぎて食えたものじゃない。砂糖だと思っていたものが塩で、塩だと思っていたものが砂糖だったのか。
「……お前は本当に単純で馬鹿だな。正直言って、つまらない。俺がそんなことを言うわけが無いだろう?俺はな、お前のことが大嫌いなんだよ」
俺が先程の鮫島と同じようにシンクで水をがぶ飲みしている時に、奴が背後で言い放ったのだ。また鼻で笑いながら。
嫌いならば、追い出せば良いだろうが!
そう真正面から言えないのは、今追い出されたら困るからだ。堪えろ、俺。
「まあ、精々頑張れ。スエキチさん」
「……っ」
堪えることしか出来ない俺を尻目に、奴はまた未知の部屋へと姿を消した。意地悪に笑うことも無く、真顔で言われたことが逆にツライ。結局、鮫島は俺に敗北感を味わわせたかっただけなのだ。
一人、キッチンに残され、俺の中にはポツリポツリと感情という嫌な雨が降り出していた。
苛々する。なんなんだよ。嫌いなら……、大嫌いなら、家から追い出せよ。嫌いなんだろう?そうで無けりゃ、嘘でも頑張れなんて言うんじゃねぇよ。
俺に余地を与えないでくれ。
俺もあんたなんか大嫌いだ……。
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