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曖昧ワーク③
◆ ◆ ◆
男に連れられてやって来たのはパーティーの会場であるホテルの二階で、此処は珍しく一階では無く二階にバーがあるらしい。
「お好きなモノを頼んでください」
カウンターの席に着くなり、奴が言う。
「いや、遠慮しておく」
一文無しの俺は少々ビビっていた。もし、下手に頼んで金を払えと言われたら、どうすれば良いのか分からないからだ。
「じゃあ、レディーキラーを二つお願いします」
酒に強くとも、酒に詳しいわけでは無い。奴が何やら頼んだが、どんな酒なのか、さっぱりだ。
「それで、仕事の内容は何なんだ?」
出来れば手短にお願いしたい。持ち場というわけでは無いが、鮫島に何も伝えず移動してしまったからな。
「灰原という人間を知っていますか?」
まさか、相手からその名前が出るとは思わなかった。驚き、思わず何か言い返そうと口を開いてしまいそうになる。だが、早まってはいけない。
「どの灰原だ?」
うちの灰原か、それとも他の灰原か。いや、うちの灰原ってなんだ?馬鹿か、俺は。
「では、鮫島という名前ではどうでしょうか?」
男の手が右から伸びてきて、俺の目の前にレディーキラーという酒が置かれた。ああ……、認めたくは無いが、確かにうちの鮫島さんだ。
「知らない、と言ったらどうなる?」
安易に奴の名前を口にするわけにもいかない。
「どうもしませんよ。でも、知らないとは言わせない」
レディーキラーを一口だけ飲み、奴がスーツの懐から何かを取り出した。そして、それをスッと俺の目の前に差し出してくる。
「これは……」
あんただったのか。
「ぱっと見、凄く仲が良さそうに見えますが、お二人はお付き合いされているんですか?」
男が俺の目の前でチラつかせたのはデジカメだった。まさか、地下駐車場でのやり取りを写真に撮られていたとは。あの時感じた視線はコイツだったのか。
「そんな訳ないだろう?俺にそんな趣味は無いし、俺はただの居候だ」
「飲んでも?」と尋ね、結局、俺もレディーキラーに手を出した。
「では、鮫島と一日何時間一緒に居ますか?」
剰りの衝撃的な発言に、危うくグラスを落としそうになった。慌ててグラスをカウンターに置き、話を整理する。
「俺は、別に、鮫島さんと付き合っている訳じゃない」
変に言葉と言葉の間に間を空け、強調する。
「それは、どちらでも良いですよ。こちらは真剣に聞いているんです。時間を教えてください」
どちらでも、とは何だ?今、俺は完全に否定しただろう。それにしても、鮫島と一緒に居る時間なんざ数えようと思ったことも無い。
いやいや、待てよ?よく考えてみりゃ、もしかすると?
「……長くて、二十四時間だ。いや、でも、別に近くに居るとか、そんなんじゃねぇぞ?」
同じ家に居るだけ。鮫島は未知の部屋に引きこもるし、俺と奴は別に仲が良いわけでも無いからな。寧ろ、仲が悪過ぎる。よくからかわれているのが、その証拠だ。
「なら、この仕事、是非引き受けてください。あなたにしか出来ない仕事です」
いきなり手渡されるデジカメ。そして、俺と男とバーテンダーしか居ない空間に沈黙が流れる。奴が説明をし始めるのを待っていたんだが、一向に始める気配が無い。
「……で?」
痺れを切らし、尋ねてみる。
「はい?」
「いや、はい?じゃねぇだろ?」
そんな普通に首を傾げられても困る。絶対にやらねぇが、こっちが首を傾げたいくらいだ。
「仕事の内容は?デジカメ渡されたくらいじゃ分かんねぇぞ?」
勢いでレディーキラーを一気飲みした。しかし、酔えないのは分かっている。
「ああ、簡単な仕事ですよ。鮫島の職業を暴いて、その証拠を写真に収めれば良い。一日中、側に居るあなたなら、造作も無いことでしょう?」
俺に話し掛けながら、「ねえ?」なんて、バーテンダーにも話を振り、困らせている。
「だから、側に居る訳じゃ……」
「頼みましたよ?さあ、今すぐ此処から立ち去ってください。また、次回のパーティーでお会いしましょう」
全く話を聞いていない。俺が立ち去るのかよ?まあ、酒の代金を払わねぇんだから、その方が良いのか。
「分かったよ。酒、ご馳走さん」
「ちょっと待ってください」
席から立ち上がり掛けて、腕を掴まれ動きを制止された。
「あなたに一万円、差し上げます。有効に活用してください」
何の躊躇いもなくスッと差し出される一万円札に俺は身じろいだ。恐る恐る、受け取った瞬間に気付く。厄介な仕事を引き受けてしまった、と。だが、後戻りは出来ない。やるしかない。
「それでは、お元気で」
奴の手が俺の腕から離れて行き、レディーキラーに伸びて行った。静かにそれを口に運ぶ男。
「さよなら」
男を尻目にスマートなデジカメと一万円札を懐に仕舞い、俺はバーを後にした。
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