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曖昧ワーク⑤
「なんだ?何を見ている……?」
そう言われて初めて、俺は自分が奴の顔を凝視していたことに気が付いた。今、完全に目が合い、離せないで居る。
「あんたの髪も瞳も、なんで茶色なんだ?」
咄嗟に出たにしても、失礼な質問だと思う。相手は気にしているかもしれないだろうに、やはり、俺は馬鹿だ。
「……ああ、これか?劣性遺伝というやつらしい。それが、どうかしたのか?」
まさか、真面目に答えてくれるとは思っていなかった。また、自分で考えろ、と言われると思った。
「俺もその色にする」
咄嗟に出した質問に咄嗟に出した答え。しようかな?みたいな疑問系では無く、言い放ったのは酔っ払いらしさを出すためだ。行き当たりばったり感がそれっぽいだろう?
「黒から茶色にしてやる」
ジッと奴の目を見たまま、更に言い放つ。
「このままで良い。茶色にする必要なんて無いだろう?」
スッと伸びてきた手が俺の髪に触れそうになり、慌てて、その手を掴んで止めた。何故、そうしたのか、自分でも分からない。
「っ、……気安く触るな」
別に触らせておけば良いものを。だが、もう取り返しがつかない。高飛車な言動、それが許されるのは酔っ払いが故の特権。
「はぁ……」
きっと、この溜息は、俺に呆れている証拠だ。これ以上、からかいたくも無くなる程、俺を嫌いになってしまえば良い。心の奥底で、そんなことを思っていた。
「……んだよ?」
俺に手を掴まれたまま、鮫島が俺の横に座ってきたため、身構える。
「……その髪に触れても宜しいでしょうか?──これで、良いか?」
まだ何も返事をしていないというのに、奴が拘束されていない左手で俺の髪に触れてくる。その手は前髪から、徐々に移動し……。
「誰も、良いなんて言ってないだろ?」
どうしても、そんなことを口にしてしまう。
「確認済みだ」
「返事はしてない」
心底、あんたを恨んでいる、みたいな目で鮫島を睨みつけた。否定的な言葉を口にして居ても、奴の手を止められない俺が居る。
「茶色にする必要なんて無い。お前には黒が似合ってる」
見た目も日本人らしく無いが、中身も日本人らしく無い。よく、そんなことをサラッと言えるものだ。
「な、何を言ってんだ?」
奴について行けず、身じろぐ。
「照れるなよ」
あの日見せたあの顔で、奴が笑っている。
「照れてねぇよ!」
卑怯だ。
「顔が赤いぞ?」
髪、関係ねぇじゃねぇか。顔に触んじゃねぇよ。
「酒の所為だ!」
後にも先にも酒の所為にすることしか出来ない。
「やっと酔いが冷めてきた頃だろう?」
ドキリとした。
「……ノーコメントだ」
必死で自分は酔っ払っているんだと思い込む。
「お前の髪、意外と柔らかいんだな」
「だから、何を……」
まだその話をしていたのか、と呆れて目を逸らした時だった。
「気付けよ。……口説いてるんだ」
耳元で低く囁かれ、耳を軽く噛まれた。刹那、ブワッと熱が俺の身体を駆け巡る。
「い、いい加減にしろよ!」
奴のワイシャツを両手で鷲掴み、怒鳴りつける。多分、俺の耳は真っ赤だ。分かっているのは、それが酒の所為でも、怒りの所為でも無いってこと。
「俺のこと、からかって面白いか?そりゃ、面白いよな?いつも、そうやって俺のことをからかって、反応見て楽しんでるんだもんな?」
あんた、俺のことが大嫌いだと言ったじゃねぇか。
徐々にフツフツと怒りが込み上げてきた。
「なんで黙ってんだよ?俺のことが嫌いだからか?」
ギュッと掴んだシャツごと、奴を引き寄せ、ガンを飛ばす。凄く、苛々している。何故、こんなにも苛々するのか。
「───俺はお前のことを嫌いで居たいんだよ」
「は?」
気付けば、鮫島の手は乱暴に俺のネクタイを掴んでいて、俺の目は獲物を狩るような奴の視線に釘付けになった。
「覚えておけ。これを横暴と云うんだ」
一瞬、奴が人に見えなくなり、俺の身体は硬直する。
「なっ……、ン……っ」
突然、開きかけた唇を口付けで塞がれ、それは直ぐに触れるだけのキスでは無くなった。
「ぅ、ん……、やめろっ!」
ベッドの上に押し倒され、さすがにマズイと思ったが、何故俺はもっと早くに抵抗しなかったのか。
「嫌なら逃げ出せば良い」
だから、こういうことを言われるのだ。俺の上に馬乗りになってる時点で、あんたは俺を逃すつもりなんざ、更々無いんだろう?
心のうちで思っていようとも、口に出すことは出来ず、鮫島がスルスルと互いのネクタイを解いていく。二本の紺のネクタイを床に落とし、鮫島がジャケットとシャツを脱ぎ去った。
「……っ」
目に入ってきたのは、見事に割れた腹筋。いつ鍛えているというのか、露わになった奴の身体を見て、俺は息を呑んだ。容赦なく、奴の指が俺のワイシャツのボタンを外していく。
「ぁ……、痕つけんなっ」
唇が首に這う感触。執拗に首を舐められ、俺は奴の肩を掴んだ。
「断る」
俺の言葉は聞き入れて貰えず、首筋を強く吸われた。
「……っ、ふざけるなっ」
「どうした?逃げないのか?」
知っているクセに。
「……っ、卑怯だ」
知っているんだろう?俺が逃げられないことを。
「卑怯で結構。忌み嫌われても構わない」
「っ……」
耳朶を甘噛みされ、身体が震える。
「だが、忘れるな。あの時、あの場所で、拾われた時からお前は──」
耳に吹き込まれる低い声。突如、俺に襲い掛かる鮫島の全体重。
「……おい、嘘だろ?」
俺は目を疑った。本当に有り得ない。こんな状況で寝落ちする奴があるか?
確かに、俺は「助かった」とホッとしたが、鮫島が何を言おうとしたのかが気になる。
また、人の上で寝やがって。
「くそ、退けよ……!」
力尽くで奴を横に転がし、形勢逆転、今度は俺が奴の上に馬乗りになった。よく見りゃ鮫島は疲れた顔をして眠っている。奴が目を覚ます気配は無い。このままハニートラップを仕掛けて、奴の職業を暴いてやろうか。そう考えられるのは、奴が眠っているからだ。
起きている鮫島にハニートラップなんざ仕掛ける勇気は無い。それが、どんなに危険なことか、今ので分かっただろう?だが、ひとつだけ不思議なのは、鮫島に、奴の行為に嫌悪感が無かったことだ。危うく、流されてしまうところだった。
「……ムカつく」
自分の首元を押さえ、呟く。そのまま身体を前に倒し、鮫島の首筋に唇を近付けた。あんたにも同じ痕をつけてやる。
最後の足掻きで、なかなか消えないような痕を奴の首筋に付けてやった。
ざまあみろ、鮫島。
しかし、これと同じものが俺の首にもあると思うと、非常に気に食わない。キスマークをつけるだけでは飽き足らず、起きた時に少し困惑すれば良い、と奴から服を全て奪ってやった。
自分だけ、混乱すれば良い。
ベッドの下では無く、窓際である遠くの方へ奴の服を投げ捨てる。そして、俺は自分のワイシャツのボタンを全て元に戻し、奴の上でゆっくりと眠りに落ちて行ったのだった。
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