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混沌クライシス⑦
◆ ◆ ◆
「クソっ!好き放題しやがって!……っ」
痛む腰を庇いながら、俺は暗い路地を歩いていた。目的地など、あるわけも無く、ただ只管に歩き続ける。
スキンヘッドの男二人が去った後、俺も直ぐに服を着て、部屋から出た。あの場所に一秒たりとも居たくなかったからだ。今になって、身体が震え出す。男が男に強姦されるなんざ、本当にあり得ない。
此処まで来れば、鮫島も他の奴等も俺のことを見つけられないだろう、という所まで来た。真っ暗な河川敷、コンクリの道路に腰を下ろす。寒さと別の意味でカタカタと震える肩を抱き、体育座りになった。明るければ、俯いた先に、ボタンを引き千切られてボロボロになったワイシャツが見えただろう。
「ははっ、俺、マジで馬鹿だ」
何故か、凄く可笑しくて笑えた。
「ククッ、ほんと……、馬鹿みてぇ……っ……」
気付けば、笑いは嗚咽に変わっていた。情けない。金に目が眩んだ結果がこれだ。
「……っ、……くっ」
歯を食いしばってみたが、俺の涙は全く止まる気配がない。俺は、このまま、此処で死んだほうが良いのだろうか?もう、帰る場所も会いたい人も居ない。
悩みながらも、数分、数十分、俺はこの世に必死にしがみ付いていた。その間、何台の車が俺の背後を走り去ったか分からない。走り去る度に、誰かが俺を迎えに来たんじゃないかと思う。しかし、それは高望みというものだ。そんなに現実は甘くなかった。身体の震えと嗚咽が止まらない。神様は何故、こんなにも意地悪なのか。このまま、過呼吸になって、死んでしまえば良いのに……。
「泣いているのか?」
「……っ!」
突然の声に心臓が止まり、本当に死んでしまうかと思った。正直、優しいのか分からない、なんとも言えない言葉を発した男が、俺の隣に腰を降ろしてくる。涙が止まらない。
「……知ってんだろ?……っ……嘘泣きだ」
頼むから、あんたと初めて会った時と同じ、嘘泣きだと言わせてくれ。
「そうか。なら、嘘泣きをしながら一体、何処に行くつもりだったんだ?黙って消えたら心配するだろうが」
あんたの居ない場所なら、何処だって良かった。
「なんでだよ!なんで、あんたは……、いつも……っ、俺を直ぐに見つけるんだ……?」
俺が酔っ払って居ようが居まいが、あんたは、気付けば、いつも俺の側に居た。
「さあな?……強いて言うなら、俺は、お前に無意識に引(惹)かれているのかもしれない」
そっと、肩を抱き寄せられる。勝手にホッとする自分自身に苛立ちを感じた。
「クソ……っ、今日だけだ。今日だけだからな?……俺も、少しだけ……あんたに引(惹)かれてやる!」
あんたを前にすると、俺は少しだけ強気になれる。それは、あんたが何食わぬ顔で何でも許すからだ。好きでも、嫌いでも無い感情。俺はこれを恋だとは認めない──。
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