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妄想リリィ⑤

「なっ!サクノ!」  顎が外れそうになるほど驚愕した俺と「あらあら」と楽しそうに笑う多栄子さん。 「俺は、別に構わないが……」  許しちまうのかよ!あんた、サクノのこと可愛いと思ってんだろ?好きだもんな?可愛いやつ。 「いや、駄目だろ!」  サクノ、お兄ちゃんは許しませんよ?こんな……、こんな危険な猛獣みたいな奴の側に可愛いお前を置いておけるわけが無いだろう? 「お兄ちゃん、やめてよ!折角、鮫島さんがオーケーしてくれたんだから!」  そんな風に怒らなくても良いだろうが。お兄ちゃん、サクノが剰りに威圧的に言うもんだから、もう何も言えねぇよ。 「スエキくん、良いじゃないの。兄妹で一緒に過ごすの久しぶりでしょ?鮫島くんは、ただの柱だと思ってれば良いから」  鮫島の隣で多栄子さんがニッコリと笑いながら、また奴の背中をバンバンと叩いている。確かに鮫島は柱だが、良いのか?それ。鮫島は何も言わない。表情も変わらない。あんた、一体、何を考えてるんだ?そう思いながら、今更、奴に噛まれた首を摩ってみたりする。シャツの襟で隠れる場所で良かった、本当に。 「多栄子さんが、そう言うのなら」  トボトボと歩きながら、三人に近付いて行く。言いたくないが、言わなければならない。くそ、俺のプライドが。 「鮫島さん……、宜しく……、お願いします」  一言一言、必死に絞り出した。鮫島にこんな風に頼み事をする時が来るとは……、さぞ、面白いだろうよ?冷たい瞳で「良いだろう」なんて、言いやがって、なんで俺だけ、そういう態度なんだ? 「じゃあ、私、帰ろうかな」 「多栄子、一体何しに来たんだ?」  玄関の扉に向かおうとする多栄子さんを鮫島が呼び止める。確かに、こんなに朝早くからどうしたのか、俺も気になった。 「今日は特に何も無いのよ。ただ、買い出しに行こうかと思ってたんだけど、早すぎてお店開いてなかったから散歩してた、っていうのかしらね?」  照れ臭そうに笑う多栄子さん。まさか、寝ぼけていたわけでは無いだろう? 「まあ、気にしなくて良いから。スエキくん、またね」  何故、俺だけに言うのか。今にもウインクを繰り出しそうな程、玄関から去って行った多栄子さんはご機嫌だった。 「サクノ」  突然、俺の妹の名を呼ぶ柱。  おい、勝手に人の可愛い妹の名前を呼んでんじゃねぇよ!  危うく吠えそうになったが、またサクノに怒られそうな予感がしたため、俺は押し黙った。只管、様子を見守る。 「俺は本当に何もしてやれないが、良いのか?」  鮫島らしくないことを言う。 「良いんです。近くに居られれば、それで」  なんだ?その相思相愛感。サクノは本当に鮫島に惚れたのか? 「そうか……」  また無口になった鮫島が、サクノの頭を軽く撫でた。  お、俺のポジション!確かに、もう何年もサクノとは会っていなかったが、その頭ポンポンとかやって良いのは、兄の俺だけだろ?何なんだろうか、このモヤモヤ感は。あれか?サクノを鮫島に取られたくない俺の心が何らかの鮫島菌と戦っているのか。なあ、サクノ。どうすれば、お前は鮫島のことを嫌いになるんだ?くそっ、何も良い案が浮かばない。  鮫島は多分、性格以外は全てパーフェクトだ。いや、褒めているんじゃない。敵の弱い部分を探しているだけだ。丁度良い。鮫島は俺に見向きもしないからな。奴に中断された料理を再開するとしよう。  リビングのソファにスッと座る鮫島とその足元にちょこんと座るサクノ。そんな二人を尻目にキッチンに立ったのだが、何を作ろうとしていたのか、すっかり忘れてしまった。ボウルに入った大量の玉ねぎと空のフライパン、そして、床に淋しげに転がる木のヘラ。考えるために暫し固まる俺。バックグラウンドミュージックとして、「ポンポンポン、チーン」という音が聞こえた気がした。  玉ねぎチャーハン作ろう。なんか、卵出てるし。残った玉ねぎは中華スープに入れてしまえ。中華って、なんで卵ばっかり使うんだろうな?素朴な疑問を抱えながら、突然、中華にチャレンジしようとする俺の精神。上手く使えもしないのに、中華鍋なんて物を出してしまったりする。だから、結果として、米を混ぜるのに鍋を揺するのでは無く、木ベラで地道に混ぜることになったのだ。  パラパラとしたチャーハンにもならねぇし、スープは中華スープというより、ただの玉ねぎだけスープみたいになりやがったし、鮫島とサクノは無言でそれを食うしで、もう、俺、生きてる意味あるのか?と正直に思った。この二人、実は意外と似ているのかもしれない。そんなことを思い、チラチラと視線を二人に向けながら、チャーハンを黙々と食べる俺。黙っていることに苦痛を感じているのは俺だけか?  確かにサクノも小さい時から剰り喋る方では無い。ただ、感情が高ぶったりすると良く喋るようになる。鮫島は、まあ、見ての通り、喋る時と喋らない時のギャップが大きい。こんな奴の何処が良いのか。サクノが鮫島に惚れたということは分かった。さらに、鮫島もサクノのことを受け入れたように見えなくも無かった。ならば、両想いということになる。いや、この考えは少々餓鬼っぽいか?  乏しい俺の頭では上手い表現が見つからない。静かな空間だからか、この二人を見ているとイライラする。別に楽しそうに話している訳でもなく、かと言って、黙って見つめ合っている訳でもない。だが、イライラする。二人から離れたいと思ったが、可愛い妹を野獣と二人きりにすることは出来ない。鮫島が俺にするようなことをサクノにもするのでは無いかと深く警戒しているのだ。  そして、ふと思う。鮫島は何故、俺にあんなことをするのか、と。理由があったにしても、あの日、一線を越えてしまった事実は変えられない。あの日を境にして、鮫島は俺に……。だが、奴は俺のことが嫌いだと言った。やはり、嫌がらせをして、楽しんでいるのか?しかし、胸に痞(つか)えるのは 「──お前には俺の傍に居て貰いたい」  そんな、奴の素直な言葉。  矛盾してるんだよ。きっと、勘違いをしている、俺もあんたも。俺だってなあ、いつかはあんたから離れて行くんだよ。俺にあんたが必要無くなる時が来るように、あんたに俺が必要無くなる時が必ずやって来る。いや、今も俺が必要としているだけで、あんたは俺のことなんざ必要としてないのかもしれない。俺を傍に置いておきたいという気持ちは、あんたが勘違いをしているだけ。 「何を勘違いしているのか?」  そんなこと、俺に聞くな。  ──────分かんねぇよ。

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