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妄想リリィ⑥
◆ ◆ ◆
その夜のことだ。
「なんで、お兄ちゃんと同じ部屋で寝なきゃいけないの?私、もう二十一だよ?」
ベッドの上にドカッと腰を降ろしたサクノが言う。普段、俺が寝ている場所。つまり、元は鮫島の寝室な訳だが、現在、鮫島の姿は無い。
「それは、色々と大人の事情があってだな……、サクノ、お前の寝る場所はこっちだぞ?」
昼間干しておいた布団を床に敷き、サクノに手招きをした。
大人の事情というより、兄が妹を心配しての行動な訳だが、こりゃ、間違っていない筈。
「私、上が良いです。お兄ちゃん」
挙手をして喋るサクノの様は、何かの会議をイメージしているのかもしれないが、俺から見たら、ただの授業参観日だ。
「絶対にダメだ」
「なんで?ここは、お兄ちゃんの場所なの?」
不思議そうに首を傾げるサクノ。
「いや、鮫島さんのだが」
隠したところで何も無いだろうと正直に鮫島の場所だと告げた。すると
「じゃあ、尚更こっちが良い!」
退く気は無い、と勢い良くベッドに倒れこむサクノ。
「なんでだよ!」
ベタ惚れか!くそ!
「だって、鮫島さん、凄く良い匂いするんだもん」
その言葉を聞いた瞬間、俺の時間は数秒止まった。再び時間が動き出した時、止まっていた間に自分が何を考えていたのか忘れていたが、恐らく、とてつもなく変なことを考えていたんだろう、と思う。俺が思っていたことは間違いでは無かったのか。思わず、ぼーっと考え込んでしまったが、そうじゃない。今は妹が変態と化していることが問題だ。いや、そうなると、今朝の俺も変た……ということになるが、そんなことは、どうでも良い。
「サクノ、あの人は絶対に辞めておいた方が良いぞ?」
横の黒い扉を指差しながら言う。鮫島は今頃、自分の部屋で仕事でもしているのだろう。
「どうして?」
ベッドにうつ伏せになり、サクノがまるでバタ足をするように足を動かす。自分のベッドより広いからな、テンションが上がっているのかもしれない。
「凶悪な人だからだよ」
「えー?そんな風には見えないし、だったら、お兄ちゃんは何で鮫島さんと一緒にいるの?説得力ないよ?」
そんなサクノの言葉に、うっ、と言葉を詰まらせた俺だったが、この際、サクノが鮫島のことを嫌いになれば、それで良いと思い、非情なことを言ってしまう。
「俺はな、あの人を利用してるだけなんだよ。仕事を見つけるまでの付き合い。本当は嫌いなんだよなあ。いや、大嫌いなんだ」
難しそうな顔という仮面を顔面に貼り付け、言い放ったが、サクノから言葉は返って来ない。何故、黙るのか。どうして、ベッドにちょこんと座り直した?そして、一体、何処を見ている?キリキリと音がしそうな程、ゆっくりと妹の視線を追う。それは、俺の真横に居た。
「鮫島さ……」
扉が開く音など、これっぽっちもしなかったのに、何故、開いているのか。冷たい瞳が俺のことをジッと見つめ、ゆっくりと身を翻し後手に扉を閉めていった。それは開いた時と同じ、音も無く。
「お兄ちゃん、サイテー。多分、私が居なくなったら、お兄ちゃん、追い出されるよ?」
鮫島が去った方向を指差しながら、サクノの口が軽やかに動く。今や、俺を此処に繋ぎ止めているのは妹の存在だけ、ということか?
サーっと自分から血の気が引いていくのが分かった。今更だが、勢い良く黒い扉を開け、鮫島の後を追う。鷹宮さんが言った通り、寮に戻れれば良いが、完全に元の生活に戻れるまでは保険が欲しい。まあ、鮫島を利用していることに変わりは無いが……。それ以外には、何も無いだろう?俺が此処に居たい理由なんざ、無い。
「鮫島さん!」
リビングに鮫島の姿は無く、何を言おうか決まっていないにも関わらず、俺は奴の部屋の扉を叩いた。返事が返って来ないどころか、少しの反応さえ返って来ない。一言、何かを言えば良かったのかもしれないが、何を思ってしまったのか、俺は何も言わずにサクノのもとへと戻ってしまった。
「お兄ちゃん、おやすみなさい」
俺が部屋に入るなり、サクノが言ってきたのだが、それがまるで俺の永眠を予知しているようで、複雑な気持ちになる。
「結局、お前はそっちで寝るのかよ」
ベッドにうつ伏せに寝る妹に俺は突っ立ったままボヤいたが、返ってきたのは小さな寝息だけだった。
「おやすみ、サクノ」
おやすみ、俺。
複雑な気持ちのまま、ピピっとリモコンで電気を消した。
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