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妄想リリィ⑨

   ◆ ◆ ◆  真冬だというのに、鮫島の仕事部屋は全く寒さを感じない。寝室とは大違いだ。寒く無いにも関わらず、別に乾燥している訳でもない。羨ましい程、快適な空間だ。俺も眠ってしまいたいと切実に思っている。この快適な空間で寝てしまいたい。しかし、鮫島の言い残した言葉が俺を夢の世界では無く、現実の世界に縛り付けている。「……起きたら、……お前を抱いてやる……」こんなことを言われて眠っていられる訳がない。  一体、どれだけの時間、耐えれば良いのだろうか。奴が目を覚ましたとして、解放される見込みはない。だが、奴が目を覚まさなければ、解放される可能性もない。  この、怪力男が!  人の耳元で気持ち良さそうに寝息を立てるんじゃねぇよ。人の気も知らないで、本当にムカつく。……俺の、気持ち?訳も分からず、苛々してんだよ。男に抱き着かれて嬉しい筈がない。そう思ってたんだけどな、俺の頭はおかしいんだよ。  とんだ誤作動だ。頭のネジが緩んで、イカれて……、だから、俺はホッとしてるんだよ。あんたの重みとか、体温とか、匂いとか、ひっくるめてまるごと全部、嫌いな筈の俺を安堵させる。こんなに近くに寄らせたのは、あんたが初めてだ。俺のパーソナルスペースが見事に削られ、一ミリも隙間が無い。あんたのパーソナルスペースも一ミリも残っていない。今までに懐に入り込んだ人間の顔を覚えているか?  きっと、数え切れないくらい大勢居るんだろう?俺の顔なんざ、忘れてしまえば良い。  そう思いながらも、一番目じゃなくて良い、三番目くらいに思い出して欲しい、という願望が芽生える。この行き場の無い気持ち、どうしてくれるんだよ?俺はあんたを嫌いで居たいんだ。具体的なことは何一つ分からない。でも、これは、きっとあんたと同じ気持ちなんだろう?  だが、俺はこれを恋だとは認めない。いや、認めたくない。断じて、認めてやるものか。

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