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逆転アディクション③

   俺も洋輔も自然と足が止まる。鮫島では無い。 「やっぱり、心配だから来ちゃった」  多栄子さんだ。 「過保護過ぎ。いくつだと思ってんの?」  そう言う洋輔は心なしか少々嬉しそうに見えた。呆れ口調は演技か。何歳なのか、気になる。 「スーパーに先回りして待ってたんだけど、一向に来ないから、何処に遊びに行っちゃったのかと思ったのよ」  どうやら、遠回りはしたものの俺たちはスーパーに着く少し手前だったようだ。「多栄子さん、残念だけど、僕はこの人と仲良く出来そうに無い」と義理の母に話す洋輔を見て、まさか、コイツは遠回りをして俺を撒こうとしていたのでは無いか、と思った。 「あらあら、そうなの?」  多栄子さんも後の言葉に困っている。いつものようにニコニコしているが、それだけは分かった。俺に対して申し訳無さそうなオーラを出すのは止して欲しい。別になんとも思っていないのだから。 「ちょっと、洋輔くん!何処行くの?」  慌てた様子の多栄子さん。まあ、無理も無い。何を思ったのか、洋輔が元来た道を戻り始めたのだ。 「帰る」  ボソリと呟きを残し、スタスタと歩いて行ってしまう背中。「スエキくん、ごめんね」と多栄子さんが洋輔の後を追う。俺だけ一人、道端に取り残された。  カンカン、カンカンと隣の工事現場で金属音がした。やっと、俺の周りの時間が動き始めた気がする。元来た道を戻りたくない俺は、スーパーの横を重たい足で通り過ぎた。一文無しの俺に、この場所は優しくない。何のために此処に来たのか忘れたが、良い暇つぶしになった。別に多栄子さんを恨んだりはしない。きっと、洋輔のことが心配なのだろう。あんな性格で、しかも(多栄子さんは気付いているか分からないが)二重人格なのだから。  先程までのやり取りを思い出すだけで、疲労と落胆に襲われる。俺の足元からトボトボという音が聞こえて来そうだ。二、三回見たことのある一台の滑り台しか無い小さな公園を通り過ぎ、何もないところで躓きそうになった。誰も居ない場所で幸いである。無職で申し訳ないが、自分は疲れているんだな、と思った。 「はぁ……」  なんとなく溜息を吐いた時、強い風が吹き抜けた。 「大嫌い、か……」  やはり、俺は引き摺っている。鮫島に言われた時はそれ程でも無かったが、洋輔に言われたのには酷く堪えた。今、俺は「落ち込んでいます」という看板を背負って歩いているようなものだ。心ここにあらず。ぼーっと、ただ只管に歩いていた。闇雲に角を曲がってみたり、まるで放課後の小学生のようだ、と自分でも思う。  ──今、あの人は何をしているのだろうか?  いつの間にか、そんなことを考えていた。別に考えようと思っていたわけではない。きっと、暇な所為だ。だから……拝啓、見知らぬ神様 「そんな間抜けな顔で歩いていると誰かに連れ去られるぞ?」  鮫島さんが 「それって、あんたのことか?」  迎えに来ました。  真相は、前から歩いてきた人間が急に俺の腕を掴むから、何事かと思ったら鮫島だったということだ。幽霊の話をしていると幽霊を呼び寄せるという話を聞いたことがあるが、これもそれと同じような現象なのだろうか?いや、そんなふざけた理屈があるわけが無い。 「なんで、あんた、此処に居るんだよ?」  俺の口から出た声は不機嫌そのものだった。疲れた顔して、なんで、此処に居るんだ?鮫島の顔を見てホッとした自分に苛ついている。何を今更、毎日見てる顔じゃねぇか。 「見て分からないか?お前を迎えに来たんだよ」  ふざける術を知らない鮫島は、いとも簡単に真面目な顔で言ってのけた。 「違う。そうじゃない。どうして、此処が分かったのかって聞いてんだよ。俺はあんたには行き先も何も言ってなかっただろうが」  シュガーハイツと呼ばれるお洒落でもなんでもないマンションの出入り口付近に居るのだが、運が良いのか悪いのか、人っ子一人通らない。世間では今日を日曜日だというのに。 「何処に居ても、お前を見つけてやると約束をしたからな」  鮫島は何処かのヒーローみたいな台詞をサラッと真顔で言ってしまう。聞いてるこっちが恥ずかしいんだよ。 「約束じゃない。あんたが勝手に言ったんだ」  俺は約束した覚えは無い。 「そうだったな……」  のたった一言だけが返ってきた。同時にパッと手を離され、鮫島が歩き出す。鮫島から何か真面な返事が来ると期待した俺が馬鹿だった。くそ、あんたの所為で変な空気になったじゃねぇか。 「……そういえば、今日、洋輔に会った」  別に鮫島に言わなくとも良かった気がするが、変な空気をどうにかしようとした結果だ。 「そうか、良かったな」  前を向いたまま、鮫島が言った。いやいや、良くない。あんた、絶対、洋世のことだと思っているだろう? 「洋世じゃない、俺の知らない……洋輔に会った」  俺の言葉に一旦、前を歩く鮫島の足が止まり掛けたが、スピードを落とし、尚も歩き続けている。 「なあ、聞いてんのかよ?」  無言のままの奴の背中に言葉をぶつける。隣に行けば、まともに話を聞いてくれるのだろうか?そう思った瞬間、返事が返ってきた。 「ああ……、それで?」 「は?」  予想外だ。 「それで、あいつに何か言われたのか?」  此方を向くことなく、鮫島が続けた。俺の頭では記憶を辿る逆再生がスタートする。洋輔に言われたことといえば……。 「……大嫌いだ、と言われた」  ゴニョゴニョと言ってしまうのは、これも別に鮫島に言わなくとも良いことだと分かっていたからだ。鮫島にも同じことを言われたことがあるが、あれは嘘だったのだろうか? 「そうか、それは良かった」  こればっかりだ。 「良くないだろうが!大嫌いだと言われたんだぞ?」  鮫島の行く手を阻み、必死に主張する。俺は鮫島に何を言って貰いたかったのだろうか。 「あまり洋輔には関わるな」  その言葉の意味を上手く理解出来ず、棒立ちになる俺。そんな俺の横を通り過ぎる瞬間、鮫島は俺の頭に左手をポンっと置いたのだった。小さく心臓が跳ねる。 「本当に良かった」と囁かれたのだ。  流し目だけを俺に寄越し、鮫島が離れて行く。 「全然、良くないだろうが……」  俯いた先、何も無かったかのように離れて行く手に小さくボヤいたが、返事はない。どうやら、お話は終わりのようだ。  あんたは、一体、何を隠している……?

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