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逆転アディクション⑧
◆ ◆ ◆
「なによ、その微妙な距離」
鮫島に対して小さな抵抗をしている真っ只中、洋世が戻ってきた。部屋の隅の床に座る俺と悠長にソファに座る鮫島、そして、玄関に佇む洋世。奇跡的に三人均等な距離を保っている。だが、そんなことを言っている場合では無い。
「喧嘩でもしたの?」
腕を組み、ヒールをカツカツと鳴らしながら洋世が歩いてくる。
「喧嘩というか……」
認めたくは無いが、その逆なのかもしれない。俺は断じて鮫島を誘ったわけでは無いのだが、結局はそういうことになり、行為に及んでしまったわけだ。後に続く言葉が見つからない。「あ、あたしのサングラス」と呟きながら、鮫島の元に移動していく洋世。すると、鮫島の目の前に置いてあったサングラスを机の上から取り、必要も無いのに掛け始めた。
「なあに?ちょっと、灰原さん気持ち悪いんですけどー」
洋世のその声に鮫島の方を見てみたが、表情を見ても特に何も無い。
「やけに嬉しそうじゃない?良いことでもあったの?」
前髪から少し出た髪を手で整えながら洋世が言う。俺には鮫島の表情の変化が全く分からないのだが、彼女には分かるらしい。
「洋世……」
珍しく、鮫島が、ちゃんと名前を呼んだ。それが嬉しかったらしく、腰をクネクネと動かし、機嫌良く洋世が「なあに?灰原さん」なんて言う。だが、俺には分かっていた。ほんの一握りの勇気があったならば、「近付かない方が身の為だぞ?」と言えていたかもしれない。結局は、その勇気さえ無かったのだが……。
「帰れ。今度、わざと忘れ物をしたらゴミとして捨てるぞ?」
物のことを言っているのか、者のことを言っているのか。ソファの横に置いてある小さなゴミ箱では無く、キッチンの横の最終的に纏める大きなゴミ箱を指差す鮫島。これは、マジだ、と思った。気になることがある。それは嬉しそうな顔で言っているのか?それとも、真面目に怒っているのか?どちらにせよ、俺には真顔にしか見えない。
「ちょっと!わざとじゃないし!酷すぎるんですけど!もう、絶対、灰原さんの手助けなんかしないんだからね!」
手助け?
「それはお前だろう?俺が、いつ、お前に助けを求めた?」
鮫島の冷たい声音には確実に「早く帰ってしまえ」という念が込められている気がした。
「はあ?裏切るつもり?」
「裏切るも何も、お前と同盟を組んだ覚えは無い」
もう、本当にどうでも良いのか、鮫島は洋世の顔すら見ようとしない。戦争が始まる予感がした。
「そもそも、裏切ったのはお前だろう?」
「あ、あたしも同盟なんて組んでないから知らないわよ!」
部屋に静かな声と騒がしい声が響いている。
「だから、ってね──」
俺は、ただ、ただ部屋の隅で巻き込まれないことを望むばかり……。
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