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断罪エスケープ③

   ◆ ◆ ◆  俺は人を避けることには慣れていても、避けられることには慣れていない。あれから何日も堪えて、堪えて、堪え続け、一人の沈黙にも堪えた。それでも堪えられず、限界が来たのは一週間と二日後。鮫島が俺を避ける理由が分からないためにイライラし、奴の本音を聞き出そうと今夜、俺は鮫島の部屋の扉を叩くのだった。しかも 「うぉい!鮫島!出てこいっ!」  完全なる酔っ払いのフリをして。  酒をどうやって手に入れたかって?この前、フレンチトースト用にパンを買った時の釣り銭だ。食パンを買うのに千円札なんざ必要無いだろう?わざと度数の高い安い酒を三本買って飲んでやった。悪酔い出来そうなイメージだからだ。  まあ、何度も言うが、俺は全く酔えていない。水を飲んでいるかのようだった。美味しくもない。喉が潤うこともない。ただ、一度きりの作戦。あんたと話せれば、それで良かった。 「なんだ、また酒を飲んだのか?」「お前は何がしたいんだ?」「人に迷惑を掛けるな」  そう言って貰いたかった。なのに、あんたときたら 「喧しい。仕事の邪魔だ」  そんな単純で冷酷な言葉を扉の向こうから寄越しやがって、仕事なんて単語を出されたら、もう何も言えねぇよ。言えないんだよ、俺は。 「……っ」  静かに両目から零れ落ちる液体。これは、あんたのために泣いているんじゃない。俺が俺のために泣いているんだ。酒は無意味だった。涙にしかならなかった。あんたの所為で俺は酷く泣き虫になった。最初は演技だったが、これは違う。 「俺が……、何をしたって言うんだよ……?」  扉の前で突っ立って、小さな声でボヤく。大きな声で泣いたりはしない。嗚咽など洩らしてやるものか。俺は鮫島と出会った時、奴よりは何倍も人間らしかったが、それでも人の皮を被った人では無い、別の生き物だった。偽り、演技、無感情、無関心、孤独。その全てを俺から奪ったのは、あんただ。  おまけに《愛》なんて云う、碌でもない感情まで植え付けられて、こっちはいい迷惑だ。いや、長い間、迷惑を掛けていたのは俺の方か。もう、ここを出て行くべきなのかもしれない。別れは突然に、って言うだろう? 「……ごめん」  扉に張り付いて、それだけ呟いた。一周だけ、部屋の中を見渡す。そして、そのまま、去るつもりだった。持つべきものは何も無い。だが、やはり、俺には突然出て行く勇気など無かった。布団に包まり、ひっそりと泣いているうちに俺は眠りに落ちていた……。

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