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救世主サルベーション①

  【人生、山あり谷ありです。俺は山より海の方が好きです】  あの事件から、ひと月が経とうとしていた。世間では、この時期を入学シーズンと言うのだろうか。至る所で桜が咲き、生暖かい風が吹き、俺は、よく…… 「へっくしゅんっ!」  くしゃみをするようになっていた。 「おいおい、西海史、誰かに噂されてるんじゃないのか?本番では、それやるなよ?」  ニヤニヤしながら鷹宮さんが俺の背中を強く叩いてきた。役作りのために赤く染めた髪が一際目立っている。 「すみません、鷹宮さん」  謝罪の言葉を口にするが、つられて俺もニヤけてしまう。そんな俺の頭をワシャワシャと掻き乱し、ヘアメイクさんに鷹宮さんが怒られる、というのが最近の鉄板である。残念ながら、俺の髪は黒のままだ。変える必要が無かった、と言った方が良いだろうか。  今、俺と鷹宮さんは、とある映画を撮影している真っ最中だ。日本では珍しくファンタジー要素が含まれている。鷹宮さんが主演で俺が準主役みたいなものだ。何故、俺がここまで俳優人生を取り戻せたのか、その理由はあの事件にある。  あの時、手足を縛られていた俺は警察が突入して来るまで全く動けずに居た。恥ずかしながら、何も出来なかった訳だ。しかし、警察が来る前に犯人グループの奴等が姿を現すことは無かったし、相当強い力で殴られたらしく、Cも気絶したままだった。後で聞いたんだが、犯人グループは全員警察が突入してくる前に気を失っていたらしい。恐らく、やったのは鮫島だろうが。  そんなことなんざ露知らず、俺は何とも言えない顔で警察に連れられ外に出た訳だが、其処で待っていたのは……大勢のマスコミだった。そんなに大騒ぎになっているとは思わなかった。有名なアーティストの作品が狙われたからだろうか。まあ、細かいことは分からないが、唯一人質として捕らえられていた俺は、外に出た瞬間にマスコミに囲まれ、一躍有名人になった訳だ。  何が奇跡の生還者なのか、俺は何もしていない。利用したくは無かったが、俺は事件を利用して有名になり、自分で言うのもなんだが、今をときめく人気俳優に返り咲いたのである。良い気はしないが、鮫島が俺にしたことを思えば、まだマシだろう。  事件後、俺はあの人のことを考えるのはやめた。鮫島宅付近には近寄らず、多栄子さんにも会っていない。双子に会えないことは寂しいが、仕方がない。関わってはいけない。そうだろう? 「本日の撮影は悪天候の影響に寄り、ここまでとなりまーす!お疲れ様でしたー!」  ディレクターの声掛けに寄り、機材が続々と撤収されていく。撮影現場が山の上で、なかなか天候が安定しない。 「凄いよなー、こんな山の上に家建てた人が居るんだから」  泥濘ぬかるみ、滑りやすくなっている地面の上を慎重に歩きながら鷹宮さんが言う。この人が言う『家』というのは、俺たちが撮影期間中に宿泊している大きなログハウスのような建物のことだ。一軒だけじゃなく、何軒も建っているものだから、俺も最初は驚いた。 「あー、そうっすねー」  別に鷹宮さんに対して適当に返事をしようと思ったのではない。丁度、俺は別のものに気を取られていたのだ。 「どうした?」  隣に立った鷹宮さんが俺の顔と同じ位置に自分の顔を下げ、俺が見ている方向に視線を合わせてきた。 「いや、別に……」  満面の笑みという訳にはいかないが、なんとか顔面に笑みを貼り付ける。 「おかしな奴だな、泣くぞ?俺」 「え?なんで?」  またニヤニヤと鷹宮さんが笑っている。反対に俺はポカンとした顔をしてしまった。なんでだよ!と勢い良くツッコミを入れて欲しかったのだろうか? 「お前が構ってくれないからだろうが」  大笑いしながら、俺の肩に腕を掛けてくる鷹宮さん。 「ちょ、重いですよ!」  つられて笑いながら学生のようなテンションで建物の中に入る。入る瞬間、どうしても背後が気になり、チラっと振り返ってしまった。鷹宮さんは気付いただろうか?いや、気付いて居ないだろう。少し離れた木々の中に、ハッキリとではないが、黒い人影が見えた気がしたのだ……。

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