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救世主サルベーション④

 ◆ ◆ ◆ 「それで?あんたは今まで何処で何してたんだ?」  あくまで冷静に、といった感じで切り出す。タオルは貸したし、コーヒーも手渡した。シーズン的に役目が終わったと思われたストーブに火を灯し、鮫島が座る椅子の近くに持っていった。どっから、どう見ても至れり尽くせりだろうが?  落ち着かず、ソファにも床にも腰を降ろせない俺は鮫島と対面するように突っ立っていた。幾ら待とうが鮫島からの返答は無い。手渡したコーヒーはテーブルの上に置かれ、飲む気すらも無いらしい。 「洋世は?元気にしてるか?」  性懲りも無く、次の質問に移る。答えは返ってこないだろう。少なくとも、俺が鮫島だったら答えない。俺の単なる時間稼ぎだ。 「なんだよ?」  なんで、そんな瞳で俺のこと見んだよ?憎んでるのは俺の方だぞ?冷たい視線が俺の視線と合致する。 「黙ったままじゃ、何も分かんねぇだろうが!なんか言えよ!」  一人で怒鳴り散らして、なんだか馬鹿らしい。苛々する。鮫島は俺とは正反対だった。奴が呆れたように溜息を吐く。 「お前、指輪は捨てたのか」  俺とは対照的な静かな声音だ。鮫島の視線が俺の左手の薬指に移動する。確かに、今、俺の左手に鮫島が嵌めた指輪は無い。 「そ、そうだよ!不規則な生活で痩せたのか奇跡的に外れたから捨てたんだよ!」  ゴミの日に捨ててやったんだよ! 「そうか……、良かったな」  顔色一つ変えず、淡々と鮫島が言った。感情の無い人形のようだ。初めて会った時に戻ってしまったのではないかと思う。 「どういう意味だよ!」  そう言った瞬間、鮫島がスッと立ち上がった。 「指輪も外れて、新しい相手も見つかったんだろう?良かったな」  新しい、相手? 「ふざけんなよ!鷹宮さんはただの先輩だ!あんた、俺をわざと挑発してるんだろう!」  怒鳴り散らしながらも一歩も動けない俺。それとは裏腹に黙ったまま鮫島がゆっくりと歩き出す。奴の足が向いている先には、外へと通じる扉がある。次の瞬間、俺は横を通り過ぎようとしていた鮫島の右手首を強く掴んでいた。 「そういうあんたも大概分かりやすいよな!」  グッと腕に力を入れ、無理矢理、自分の方に引き寄せる。斜め下から強気な態度で睨み付けてやった。 「ほう?何が分かる?言ってみろ」  また、俺を馬鹿にしている。見下されている。ただ、鮫島は正しい。 「……っ!分かんねぇよ!分かんねぇから、苛々すんだよ!何考えてんだよ!」  本当は何も分からない。何もかもが分からない。分からないことだらけだ。スッと俺の手をすり抜け、鮫島が去って行く。 「待てよ!」  鮫島の後を執拗に追う俺は正に犬のようだ、と今日だけは認めざるを得ない。 「あんた、俺がどんな気持ちだったか分かるか?そうやって、冷静な顔して、別になんとも思ってねぇんだろ?最後くらい、なんか言ったらどうなんだよ!言うまで、ここ通さねぇからな!」  扉の前に立ち塞がり、吠える。 「退け」  冷めた鋭い視線が俺に刺さった。 「あんたは、俺に嫌われたく無くて、俺の前から消えたんだ!俺に嫌われたく無くて、どうしたら良いか分かんなくなってんだろ!?」  変わらず怒鳴り散らす俺。度を越した自意識過剰な発言だ。 「認めろよ!」  温度差のある視線がぶつかる。ふざけんな、くそ野郎。完全に頭に血が上りきっている。 「……ああ、そうだ」 「認めろよ!!」 「……っ」  奴の胸倉を今までに無い程の強い力で掴んだ。さすがの鮫島も眉間に皺を寄せてい……る?  ――ああ、そうだ? 「あ……、え?……は?認める……?」  餘りにも混乱し、頭がついてこない。どう謝罪の言葉を述べれば良いのか分からず、困惑する俺。鮫島の胸倉を強く掴んだ手が小刻みに震え、糸が解けたように緩んだ瞬間だった。 「なっ!ん……っ」  今度は俺が鮫島に胸倉を強く掴まれ、荒々しいキスをされたのである。 「……痛っ!」  あんた、まだ噛み癖治ってなかったのか!気付いた時にはベッドの上に押し倒されていた。狭いシングルベッドの上、執拗に後ろから何度も首筋を噛まれる。強く、弱く。 「お前は本当に嘘を吐くのがド下手だな」  低い声が耳に吹き込まれ、ゾクリとする。ただ、そんなものに負けたくないのも事実。 「は?何言ってやがるんだ?……っ」  後ろから回って来た両手が、脇腹辺りからシャツの中を這ってくる。そして、奴の左手が何かを見つけ、俺のシャツの首元から顔を出した。 「捨てたんじゃなかったのか?」  指輪だ。奴が俺に無理矢理嵌めた、あの忌々しい指輪。鎖に通して首に掛けていたのだ。高そうな指輪だったから、取って置いたんだよ。そう言えれば良かったんだが、色々追い詰められていた所為か、俺の口からは違う答えが出た。 「うるせぇな!捨てても捨てても戻ってくんだよ!」  真っ赤な嘘だ。大嘘だ。呪われた人形みたいになっちまったじゃねぇか!間がな隙がな後ろを取られているのも癪に障る、と思っていた時だった。 「うぉっ!」  また、俺の体が浮いたのだ。何度、俺に怪力を見せつければ気が済むのか分からないが、こっちの身にもなって貰いたい。無理矢理向きを変えられる度に俺のプライドが傷付けられていく。俺だって、か弱い訳では無いはずだ。 「それで?」  たった一言、俺に覆い被さってきた鮫島が、意地悪く言い放った。最後に会った時より、髪やら髭が整っている気がするのは、俺の気の所為か? 「んだよ!知らねぇよ!あれだろ?どうせ、特別な火山のマグマじゃないと溶かせないとかいう変な指輪なんだろ?あんたが悪い!」  見て分かるように、頭の中で整理してから話すようにしよう、という俺の目標は未だに達成出来ていない。 「そういう事にしておいてやろう」  そうやって余裕ぶって笑うなんざ、卑怯だ。 「……っ、触んなよ!」 「聞こえんな」  上から目線でムカつく。あんたなんか、いつか心の底からマジで嫌ってやる──。  ◆ ◆ ◆  次の日の朝、目覚めた時、鮫島は部屋から煙のように消えていた。また、黙って俺を置いて行ったのだ。いや、黙ってでは無かった。テーブルの上に小さなメモが置かれていたのである。単語がひとつ。『肉じゃが』と、やけに綺麗な字で書かれたメモが。 「あー、そういうことか……」  何故か、一瞬で鮫島の意図が分かってしまい、俺はフッと笑ってしまったのだった──。

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