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恋人保護プログラム①

【本日のゲストは◯◯◯さんと◯◯さんです】 「本日のゲストは俳優の西海史スエキさんと作家の鮫島史さんです」  無理矢理テンションを上げたような女性司会者の甲高い声が聞こえ、別々の扉からスタジオに入った俺たちはお互いにギョッとした。いや、鮫島は表情を一切変えないから分からないが、少なくとも俺はギョッとしてしまった。大きな拍手に迎えられ、隣同士で椅子に座らされる。もう一人、ゲストが居るとは聞かされていたが、まさか、あんただったとは。  この番組は、ご覧のスポンサーの提供でお送りします、といった状況だが、その間に説明しておこう。この番組は第一ゲストと仲の良い第二ゲストを呼んでワイワイガヤガヤお喋りをする番組である。仲が良いなんざ、誰が言ったのか。絶対にあの人だとは思う。あの人だ。鷹宮さんしか居ない。何の恨みがあって俺と鮫島さんを組み合わせたのか。個人的な考えだが、番組的に何も面白くない。  少し気が緩んでいたが、「CM開けます」という声に反応して、俺は役者の顔になった。そうだ、これは仕事だ。 「はい、ではゲストのお二人にお話を聞いていきたいと思うのですが、まず一つ目ですね。失礼だとは思うんですが、お二人にはあまり接点が無さそうですよね?どこで最初、会われたのでしょうか?」  失礼だと思うんなら質問するんじゃねぇよ、と言いたくなった。だが、司会者は満面の笑みだ。初っ端から、そんな痛いところを突いてくるとは、元からお互いに知っていれば、打ち合わせで何とか話を合わせられただろうに、最悪だな。 「お手元にボードがありますので、そちらに書いて頂いて……」  その後は曖昧にしか聞いていなかった。まるで、これ自体が罰ゲームで、間違えば更に罰ゲームを受けそうな雰囲気だ。真剣に正直に書くべきなのか、何かウケを狙って書いた方が良いのか、さっぱり分からない。マジックのキャップを外したまま固まる俺とスラスラとボードに何か文字を書いていく鮫島。おいおい、誰だよ、衝立ついたて用意したやつ。  早くしないと仕事が遅いやつだと思われかねない。変に怪しまれるのも勘弁だ。よし、これで行こう。 「書けましたでしょうか?」 「はい」  そう答えたのは俺だ。鮫島は元から無口な方だが、今日は無言を貫き通すつもりなのか? 「では、西海史さんの方から、どうぞ」  司会者の声と共にボードを立てる。 「ズバリ、覚えていません」  会場からは「えー!?」という声が上がったが気にしない。どうだ?と鮫島の方にチラッと視線を送ってみた。すると、奴は俺の視線に気付いたのか、此方に一瞬だけ視線を寄越し、司会者が何の指示も出していないにも関わらず、自分のボードを勝手に立て始めた。 「あらまー!」  一体、何を書いたのか。司会者と客の反応が曖昧過ぎて分からない。ということで、急いで前に設置してある画面で確認をする。正直、ホッとした。鮫島のボードには、『忘れた』と書いてあったのだ。 「きっと、記憶に残らないような自然な出会いをしたんでしょうね」  いやいや、俺の中では大分印象的な出会いだったと記憶しているが、言えるわけが無い。満面の笑みを崩さず、動じない司会者、流石だ。 「えっと、次の質問に……、と言いたいところなんですが、ここで二人を良く知る、この方からメッセージが届いています」  俺と鮫島が反応する間も無く、VTRが流れ始める。映像が出た瞬間、スタジオ内で黄色い声が飛び交った。 「こんにちは、鷹宮涼平です。鮫島さん、全国本屋大賞受賞おめでとうございます。西海史、ドラマの撮影お疲れ様。西海史がゲストに選ばれたと聞いたので、二人目のゲストとして鮫島さんを紹介しておきました」  やっぱり、あんたか!鷹宮さんがドラマのポスターを背にカメラに向かって話している。 「俺はあんまり二人の出会いとか知らないんだけど」  そこで会場の皆が笑う。 「まあ、仲は良さそうだったので、個人的に。スタジオの方に俺から差し入れをしておいたので、二人で楽しんでください。では西海史……、あー、オンエア何曜日ですか?あ、日曜日?じゃあ、月曜日、ドラマの撮影一緒に頑張りましょう」  途中、小声でスタッフにオンエアの日時を聞いているのがバッチリ聞こえた。わざとだな。また会場の笑いを取ったのだから。 「鮫島さん、うちの西海史のこと、どうぞ宜しくお願いします。迷惑掛けたら、直ぐに言ってください。俺が謝罪に伺いますので」  ニッコリと笑う鷹宮さんが手を振っているところで映像が終わった。心配性なのだろうか、あの人は。 「はい、ありがとうございました。現在、西海史さんは鷹宮さんとご一緒にドラマの撮影をされているということですが、どのようなドラマなのでしょうか?」 「あ、はい」  返事をしたところで気が付いた。あんなにも、どうでも良いみたいな態度だった鮫島がジッと此方を見つめて、何かを訴えかけようとしている様に見えなくも無かったのだ。取り敢えず、番宣をしなくては、今日はそのために来たのだから。 「鷹宮さん演じる敏腕刑事の藤沢が、俺演じるサイコキラー、黒くろを追い詰めていく、という話です。人間同士の騙し合いを含め、ストーリーの急展開、ドキドキしっぱなしの話になっていますので、どうぞ、ご覧ください」 「ありがとうございます。鷹宮さん、西海史さん御出演のドラマ"月光のしらべ"は、この番組の後、九時から放送です」  上手く、番宣を出来た気がした。『次、鷹宮さん差し入れ』というカンペが出ている。隣を見てみたが、鮫島は既に前を向き直っていた。テレビなんだから、もっとちゃんと喋れよ。恨めしく視線を鮫島に向けてみたが、何の反応も無かった。 「先ほど、VTRで鷹宮さんが仰っていた差し入れが此方にありますので、順番に箱を開けて貰いたいと思います。前に、どうぞ」  前の赤い台の上には四角い箱が三つ並べられていた。小さくも大きくも無い箱だ。 「まず、一個目、鮫島さん開けて頂いても宜しいですか?」  俺と鮫島が前に出てきたのを見計らって司会者が言う。さて、何が入っているのか。相変わらず、一言も発しないまま、鮫島が一つ目の箱を上に持ち上げた。中から出てきたのは、鉄の、何だ? 「これは、知恵の輪ですね。折角なので、お二人で対決してみますか?鮫島さん、どれにしますか?」  あー、これが知恵の輪というのか。しまったな、俺は全くやったことがない。鷹宮さん、なんで、これをチョイスした? 「これで」  鮫島が、やけにごちゃごちゃした知恵の輪を選んだ。 「西海史さんは?」 「あ、じゃあ、これで」  近くにあった黒い六面のサイコロのような知恵の輪を選んだ。果たして、絡まったストラップの束さえ上手く解けない俺に、こんなものが出来るのか?いや、やっぱり出来なかった。司会者にスタートと言われてから数秒後、隣の鮫島の手元からバラバラになった知恵の輪が台の上に落とされた。 「鮫島さん、早いですね」  会場内は拍手喝采だ。俺の鉄の塊はビクともしない。おい、鮫島さん、あんた、どうなってんだ? 「ちょ、鮫島さん、ヘルプ」  鮫島が勝ちというのは決定しているわけだし、長引かせるのもなんだから、直ぐに奴に頼ることにした。 「お前は本当に不器用な奴だな」  鮫島、本日、初の真面な発言がこちら。まさか、TVでそんなことを言うとは。ムッとしたが、無視だ。後で呟きサイトに『作家の鮫島、毒舌www』『鮫島さん、毒舌、性格悪い』って書き込まれても知らねぇからな。 「西海史さんは、よく鮫島さんを頼られるんですか?」 「あー、まあ、たまにですね」  俺が司会者の問いに答えている間に鮫島が難なく知恵の輪を分解した。それも、俺の手元から取らずに、だ。驚くべきことが、もう一つある。先程までスタジオ内は拍手喝采だけだったのが、心なしか黄色い声が混ざっているように聞こえたのだ。  いや、有り得ないか。あんたは番組終了後に呟きサイトで『鮫島さん、器用な毒舌ワロ』とか『鮫島、知恵の輪のプロ、作家なのにwww』とか書かれちまうんだ。よし、そうだ、そうだ。「鮫島さん、全部やっちゃえよ」と餓鬼の悪戯のようだが、冗談で言ってみた。すると、次の瞬間、鮫島は何故か一つを俺の手に握らせ、自分は数秒で残りの知恵の輪を解いて行った。 「鮫島さん、なんで俺に一個渡すんだ?」  カチャカチャと適当に動かしてみるが、当然のことながら、全く解けない。 「解き方を教えてやる」  ボソッと呟き、何やら近くでレクチャーしてくれているようだったが、よく分からなかった。おかしい、スタジオ内の黄色い声が増えている。それが気になって、鮫島のレクチャーに意識が行かなかったのだ。  知恵の輪のコーナーが終わり、俺が二つ目の箱を開けたのだが、中には色々な種類のサングラスが入っていた。このコーナーでも、鮫島への黄色い声は増えて行く一方だった。顔は整っているが、無口で、喋れば毒舌で……、いや、もしかすると、この番組は、徐々に鮫島の魅力を引き出してしまっているのではないか? 「鮫島さんも西海史さんもサングラスがお似合いでしたね。さて、最後の箱ですが、これは私が開けますね」  スッと司会者が箱を取り去り、中から赤と青の小さな箱が現れた。まるで、トランプの箱のようだ。

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