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恋人保護プログラム②

  「えっと、ご説明しますね。こちら、今、外国で非常に流行っているカードなんですが、プリーズカードと言いまして、日本で言う、母の日に渡す肩叩き券の束みたいなものらしいです」  マジマジと見てみたが、ただのトランプの箱にしか見えない。 「最近、日本語版が発売されまして色々な種類があるみたいですよ。赤が鮫島さんで青が西海史さんですね」  へぇ、色が決まっているのか。箱を手渡され、カタカタと振ってみるが、特におかしな所もない。 「はい、では西海史さんから一枚引いてもらって良いですか?」 「自分のやつの上からですよね?」  箱を開けながら問う。鮫島も箱を開け始めた。 「そうです。一枚上から引いてください」  言われるがままにカードを上から引く。中のカードも裏面はパッと見トランプにそっくりだ。 「じゃあ、それを確認してもらって、鮫島さんに渡して頂いて」  カードには『笑ってください』と書かれていた。いやいや、鮫島には難易度が高過ぎだろう?鮫島が人前で笑うなんざ、季節外れの雪が降るぞ?恐る恐る鮫島にカードを渡し、カンペに書いてある文字を読む。 「プリーズ、鮫島さん」  俺の願いだぞ?さあ、笑ってみせろ。心の中で、質の悪い俺が顔を出す。ニヤニヤと余裕の笑みを浮かべている。出来るわけがないと思っていたからだ。なのに、あんたは、餘りにも簡単に世間に笑顔を見せた。俺にしか見せないと思っていた、あの笑顔を一瞬だけ。スタジオが湧く、心がズキリと痛んだ。 「ありがとうございます。鮫島さんの笑顔、本当に素敵でしたね。ギャップといいますか、皆さん、心を鷲掴みにされましたよね。わたしもドキッとしちゃいました」  司会者が話している間、気付けば鮫島が勝手に次のカードを引いていた。 「次は鮫島さんが対抗します。対抗って言ってしまいました。よく考えると、これ、ちょっと恥ずかしいですよね、罰ゲームみたいで。あ、はい、渡してくださいね」  スッと此方に赤いカードが差し出された。 「プリーズ、スエキ」  ボソッと一応、お決まりの言葉は言ったようだ。聞いてやろうじゃねぇか、あんたの願い。  受け取った途端、俺の後ろから撮っているカメラの映像が大画面に映し出された。カードには『抱き締めてください』と書いてある。 「いや、おかしい、おかしい」  スタジオ内が笑いに包まれた。笑いが取れたからオーケーでは無いだろう。なんなんだ、こりゃ。全然、肩叩き券じゃねぇ。ただ、やらないわけにもいかなかった。何故、俺から鮫島を抱き締めなければいけないのか、内心ムシャクシャしながら、そっと実行する。予想はしていたが、客席からは「きゃーっ!」という悲鳴が上がった。 「どう見てもシュールな映像でしょう?」  また笑いが取れた。カンペには『面白いので、もう一周しましょう』と、書かれている。 「面白いですね。もう一回、いきましょうか。西海史さんから」  司会者がニコニコと笑いながら言う。天使の皮かぶった悪魔のようだな、おい。 「引きますね」  次こそ、変なやつが出てしまえ。そう願いながら、一番上のカードをめくった。 「プリーズ、鮫島さん」  俺の声に楽しそうな雰囲気は一切含まれていなかったと思う。何故なら、カードには『プレゼントをください』と書いてあったからだ。サンタさんに充てる用のカードじゃねぇのか?これには司会者も困り、「これは急には出来ませんね。もう一枚、めくってください」と言ってきた。  お陰様で次のカードは『腕立て伏せ十回をしてください』という、ちょっと罰ゲームに近いものが出た。まあ、これも鮫島はサラッと熟し、自らの好感度を上げたわけだが。問題は、次だ。奴がカードをめくる前から、何か嫌な予感がしていた。あんたが、何も言わずに手渡してきたからおかしいと思ったんだよ。 「待って、待って、鮫島さんのカードだけおかしい」  外面だけは笑っているが、内心は「冗談じゃない!」と思っていた。カードに『プロポーズしてください』と書かれていたからだ。日常的にいつ使うんだよ、こりゃ。プロポーズされる側が積極的すぎるだろ。世界ではこのカードの需要が有りまくりだというから、驚きだな。 「プリーズ、スエキ」  遅ればせながら、またボソッと呟く声が聞こえた。あんた、顔には出てないが、絶対中身は楽しんでるんだろう?俺には見えてるぞ?  ガヤガヤとスタジオ内が騒がしくなってくる。大丈夫、ちゃんと仕事は熟しますよ。誰もが、「YES」と答えたくなるようなプロポーズをしてやるさ。 「折角なので、こちらで」  鮫島と台の前に出るよう、司会者に促された。 「夜景見てるっていう、設定で」  そう言いながら、無理矢理、鮫島を隣に立たせ、正面を向かせた。スタジオが薄暗くなった。照明が抑え気味に点灯している。 「鮫島さん、俺、あんたに言いたいことがあるんだ」  何故、こんな状況になったのか分からないが、やり難い。 「なんだ?」  まさか、鮫島から返事が返ってくるとは思っていなかったからだ。完全なる一人芝居になると思っていた。 「あんたと付き合って、もう一年になる。今日は記念日だから、この夜景を見せたかったんだ」 「そうか」  そうか、ってなんだ!  クスクスと暗い客席の方から微かな笑い声が聞こえる。 「おじいちゃんとおじいちゃんになっても、またこの夜景を見に来よう。俺と結婚してください」  鮫島の方を向き、指輪を出すフリをした。 「断る」  キッパリと言われた。即答だ。 「はい、ありがとうございました」  スタジオの電気がパッと点いた瞬間、拍手と爆笑の渦に包まれる。「えー!」とかいう、残念そうな声も聞こえた。俺があんたに対して真面目なプロポーズをする訳が無いだろう?笑いを取ることを優先したんだよ。 「っていうか、なんなんすか、これ。俺、見事に散りましたね。取り敢えず、鮫島さん、見本を」  笑いながら、立ち位置を交換する。鮫島も同じ目に合えば良い。 「そうですね、鮫島さん、是非」  司会者も言うもんだから、断りそうな雰囲気を出していた鮫島も仕方なく、やることになった。作家、鮫島史大先生のプロポーズをスタジオ内全員が注目している。 「何処にいる設定?」  そう俺が問うと鮫島は「部屋」とボソッと呟いた。スタジオ内の照明が暗くなった。スポットライトが俺と鮫島だけを照らしている。部屋って言ったよな?知的な雰囲気で俺は本でも探してるフリでもしておけば良いのか?それとも料理か?あ、料理の方か。リアルな生活の方を考えると、料理をしている方がしっくりくるなと思い、そちらのフリに徹する。 「何年前だ?」  それは突然、始まった。 「え?」  芝居じゃ無く、真面目に分からない。 「俺がお前に遭遇したのは何年前だ?」  隣に立った鮫島は此方を向いている。 「遭遇って……、あー、出会ったのは一年前だけど?」  少々、私情が挟まれている気がする。まあ、ここまでは客も俺の時と同じような反応だ。スタジオ内からクスクスという笑い声が聞こえている。 「そうか、もう一年か……、なら、そろそろ……」  え?もうそんな直球勝負しちまうのか?  焦る俺。周囲は皆、同じことを思った筈だ。 「この関係を終わりにしよう」 「は?」  本日二回目、俺はまたしてもギョッとしてしまった。端から端まで、騒つくスタジオ。 「正直、お前との今の関係が嫌になったんだよ」  唖然とし、俺の口からは空気以外、全く何も出てこなかった。このプロポーズが本物だったなら、俺は鮫島を殴っていただろうか?いや、間違い無く彼女は彼を殴っていただろう。 「だから……」  そう言った後、鮫島は行動を起こした。

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