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第1章 狼人の国③
◆ ◆ ◆
「祈るな!祈ったやつから殺られるぞ!」
快晴の下、戦場で先頭のコンラッドの隣に立ち、俺は叫んだ。コンラッドの隣の隣の奴が神に祈りを捧げていたからだ。
敵が祈っているのを見ているわけではない。だが、神は願いなど叶えはしない。願った者ほど、その願いは叶えられない。祈りなど無駄だ。
「若い騎士を脅かすな」
戦いの前に無駄な労力を使いたくないのか、コンラッドはやけに静かに言った。
「お前らは馬に乗ってるんだから、それくらい良いだろう?」
ここに来るまではコンラッドが馬の後ろに乗せてくれたのだが、着いた瞬間に降ろされた。そして、与えられたのが、この自分の腕の長さくらいしかない剣一本とは。まあ、そうなるだろう、とは予想していたが。
「来ました!敵部隊です!」
先に行って様子を見ていた一人の狼人が声を張り上げながら戻って来た。今回の作戦は待ち伏せか、人間がそんなもんに引っ掛かると思うか?と尋ねてみたくなったが、やめておこう。
人間の騎士たちが迫っているのが上から見える。何故なら、ここが谷の上だからだ。馬鹿だな、人間は。こんな逃げ場のない谷に入り込んで来るとは。
敵部隊を前に心臓が高鳴る。俺の嫌な癖が、また出そうだ。本当は戦いが好きなんだ、俺は。戦っている間は嫌なことを全て忘れられるからな。それに、いつでも死ねる。
それにしても……、何かがおかしい。
「今だ!行け!」
「待て!おい!」
コンラッドの掛け声で岩場を駆け下りて行こうとする狼人の騎士たちを俺は止めたが、全く聞く耳を持たず、一人残らず人間を囲むように下に降りて行ってしまった。
「ああ……くそ」
人間の方が一枚上手だったみたいだな。おかしいんだよ、人間の部隊の人数が少な過ぎる。あれは囮だ。直ぐに狼人側を囲むために上から第二の人間の部隊が来るぞ?
あいつら、逃げ道くらい考えて行動しろよな。帰る気無いのか?まあ、俺は無いがな。
『レオ!と、父様のこと、宜しくお願いします』
ああ、何故、今フィトの言葉なんざを思い出すのか。俺は優しい人間なんかじゃねぇのに。優しい人間になっちまったら、道は切り拓かれない。
ただ、どうせ死ぬのなら、誰かのために死のうじゃねぇか。いや、これは優しさじゃねぇ。自分のためだ。
────死ぬのなら、死ぬべき理由を。
「仕方がねぇから、お前らの逃げ道、確保してやるよ」
誰も聞いていないだろうが、ぶっきらぼうに言いながら俺はフードを深く被った。隙間から覗き見た先、数を数える間も無く、人間の増援が映り込む。
赤い服の騎士団か。馬に乗ってるやつも結構居るな。それに谷の向こう側にも同じような部隊が到着したようだ。さて、どうしたもんか。
「なんだ、お前は。何故、こんなところに人間が居る?」
俺が降参をするように両手を上げて居たからだろう。二つ目の騎士団の長は俺が人間だと気がついた。
「助けてください。狼人に捕まり、無理矢理戦いに参加させられたのです。私は狼人の仲間ではありません」
少し声のトーンを上げ、自然な口調で嘘を連ねる。
「私もあなた方と戦います。いえ、戦わせてください。狼人から、とても酷い扱いを受けたのです。私は奴等に報復したいのです」
だから、そんなにジロジロ見るなよ、というオーラを必死に出す。同じ人間だ、信用してくれたって良いじゃねぇか。間違ったことも別に言っちゃいない。
こいつらも何人かの人間が奴隷としてウェンゼルに売られたということを知っているはずだ。
途中で魔族だと勘違いされるかと思ったが、やはり人間は本能的に同じ人間を見分けることが出来るみたいだな。
「良いだろう。後ろにつけ」
優しい銀髪の騎士団長だな。残念ながら、優し過ぎて今日までの命だ。俺は俺を裏切ったお前ら人間の方には絶対につかねぇよ。
「ありがとうございます」
馬に乗った騎士団長に頭を下げ、横を抜けていく。だが、ただ騎士の間を通り抜けて行く訳ではない。過去に色々あってな、俺は少し手グセが悪い。
部隊の一番後ろに着く頃には、俺の手元には、この部隊を静かに潰せるほどの投げナイフが集まっていた。一人に三つも持たせるなよな、盗られたらお終いだぞ?
「すまないな」
ボソリと呟いたが、俺の言葉は誰にも届かなかっただろう。騎士団長が合図をする前に騎士全員の急所に俺が投げナイフを命中させたからだ。その数、二十四。
言っただろう?俺はあらゆる意味で強い。残りの二十四の増援は狼人に任せよう。だから誰か、俺を殺してくれ。
戦場の真ん中に立っていれば、誰かが俺を殺してくれるだろう。誰かが間違って殺してくれるだろう。そう思って、谷を駆け下りたが、意外な展開が待っていた。俺が下に着いた頃には戦いが終わってしまったのだ。狼人を囲おうとしていた人間たちを俺が倒してしまった所為か、直ぐに地面には人間の死体の山が出来た。
人間側は全滅か。こりゃ、手を貸さない方が良かったな。狼人には作戦ってやつは通用しないってことか。
「くそ、また死に損なった」
死んだ数人の狼人を横目で見て、俺は吐露した。
「残念ながら生き残っちまったが、コンラッドは生きてるか?」
そう声を掛けた瞬間、静かに雨が降り出した。戦いの後に必ず雨が降り出すのは、戦いを望まぬ魔族が血の色やニオイを消すためだと言われている。
コンラッドは谷の中央に居た。
「レオか……、お前、上で何をしたんだ?」
人間の山を見つめながらコンラッドが憂な眼差しで言った。
「二十四人殺した」
数を数えてるなんざ余裕だな、と言いたそうな顔だな。だが、今の俺は機嫌が悪い。死に損なっちまったからな。
「もうお前らの手助けはしない。つまらない」
難しいからこそ、戦いは楽しいと言える。生きるか死ぬか分からないスリルが良いんだ。俺は、そのために生きていたのかもしれない。スリルを楽しむために生きていた。なんて、つまらない人生だ。なんて、なんて阿呆らしい。
「良くやった。王も喜ばれることだろう」
「なっ!」
恐らく、フィトにやっていることが不意に出てしまったのだろう。コンラッドは俺の頭をワシャワシャと掻き乱し、ハッとして瞬時に手を離した。
「フィトはお前のことを心配していたが、強くて死にそうもないな」
俺が笑って、そう言おうとした時だった。突然、目にも留まらぬ速さで人間の死体の山から何かが飛び出した。それが何なのか理解しないまま、俺は反射的にコンラッドを後ろに突き飛ばしていた。
「……ぐっ……ガハッ!」
一瞬の衝撃の後、視線を下に向けると自分の腹部から刃が突き出ているのが見えた。血に濡れても、なお銀色に光る刃が。
自分と同じ種族を後ろから投げナイフで刺した報いか、俺は死体の山に隠れていた人間の生き残りに後ろから剣で突き刺されたのだ。いいや、本当はコンラッドを狙っていんだろうが、助かった。出血も酷い。これで、やっと死ね……
「……ゴフッ!……っ、ふ……ざけんな……!」
ほんの数秒の出来事だった。前からも冷たい刃が俺に突き刺さったのだ。いや、突き刺したと言った方が正しいか。俺が吐き出した血はコンラッドをも汚した。
────真に受けてんじゃねぇよ……。
突き刺さしたのは俺の意思ではない。だが、刺したのは俺だ。コンラッドが俺の両手に剣を握らせ、俺の身体に突き刺したのだ。俺の身体を貫通した刃は後ろの奴にも刺さっただろう。しかも、心臓部分に。俺と同じ部分に。
「……っ、……ちゃんと……持ち……帰…………」
くそ……、また死に損なった……────。
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