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第3章 王の息子①

 毎朝、花が咲く匂いで目が覚める。おかしな言い方だろうが、間違ったことは言っていない。その"名も知らない花"を俺の部屋に持ってきたのはフィトだった。  俺には紫の花を集めた、ただの花束にしか見えなかったが、最初にフィトが手に持ってきたのは六日前のことだったか。急に俺が寝ている横で、ごそごそとフィトが花瓶を弄り出して、二度寝して起きたら紫の花束が飾られていたってわけだ。  その花束は大体、朝に花が咲き、夕方には枯れる。つまり、毎日フィトは新しい花を持ってきているということだ。俺は男だし、花なんざ貰っても嬉しくはない。だが、懐いてくれているフィトにそんなことなど言えるわけがなく、この現象は毎日続いている。  今日こそは、これが何なのか聞いてみたいと思う。  簡素なベッドの上でボーッとして数秒後、俺はやっと動き出した。一応、この国の騎士の服に着替える。ここに来て何日経ったか忘れたが、まだひと月は経っていないだろう。  専ら俺の仕事は誰かの護衛とか、どっかに突っ立っているだけだが、たまに王の護衛を遠くからしたりする。ま、ラウルのことだが、奴は俺のことだけは匂いで分かるらしいからな。本物か、偽物か、判別しやすいからってことだろう。ただ、何度も言うが、飽くまで遠くからだ。俺は奴に近付いたりはしねぇ。 「さて、行くか……おっと、危ねぇ、忘れるとこだった」  昨夜、古い包帯を捨てたのを忘れていた。慌てて新しい包帯を首に巻き、ラウルの噛み跡を隠す。一部の狼人たちは俺がラウルの番であることを知っているが、他は知らないからな、あまり大ぴらにすると、尚更、ここに居づらくなる。 「よし」  怪我をすることが多かったために包帯を巻くのは慣れている。ささっと手際良く済ませ、俺は扉に手を掛けようとした。 「うお!な、なんだよ?」 「お前、フィトを見なかったか?」  こちら側に勢い良く開かれた扉からコンラッドが顔を出した。危うく顔面を強打するところだ。いや、そんなわけねぇだろ?ちゃんと反応して、いつだって避けれるさ。 「フィト?いや、俺も探してるんだが?」  正確には今から探そうとしていた、だが、ま、知らねぇって答えに変わりはねぇだろ。 「私が起きた時には既に姿が見えなくなっていたんだ」  コンラッドが珍しく焦った表情をしている。普段は怖い顔のこいつもフィトのことになると、ちゃんと父親になるから不思議だ。本当の餓鬼じゃねぇのにな。 「お前より早いって、どんだけ早いんだ?さすがのフィトもお前よりは早く起きねぇだろ?」  日頃の鍛錬とか、なんとか言ってコンラッドの朝は早い。日が昇り始めた頃か、それより前か、詳しくは知らないがな。フィトも確かに健康的なくらいには早起きだが、コンラッドほどではない。 「おかしいよな?ちと俺も探してくるか」  小さな餓鬼じゃねぇってことは分かっているが、フィトは前王の息子だ。いつ狙われてもおかしくない。まあ、知っているのは義理の父親であるコンラッドだけのようだが、誰がこっそり情報をくすねているか分からないだろう? 「私は城の北側を見てくる。お前は南側を頼んだ」 「おう、任せろ」  不謹慎だが、少しだけ俺はこの状況を嬉しいと思った。いつもは冷たいコンラッドが俺の助けを必要としてくれているからだ。これでフィトを見つけられれば、これからの奴の態度も変わるだろうか?  チラッとこちらを見たコンラッドと一瞬、視線が合ったが、奴は直ぐに落ち着かない様子で部屋から出て行った。  フィトは愛されている。単純にそう思った。あいつは必要とされている。羨ましいと思った。あいつに何かあったら、悲しむ人間がいる。  ────俺は……。  誰も居なくなった空間には紫色の花束だけが残された。

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