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第3章 王の息子④
◆ ◆ ◆
「……っい゛!……うっ」
目を覚ました瞬間に鈍痛に襲われ、俺は吐きそうになった。ラウルが、どうやって俺を運んで来たのか分からないが、どう見てもこの天井は俺の部屋のものだ。
誰が灯したのか、枕元に一本だけ蝋燭が置かれている。そうか、今は夜なのか。
あまりにも身体が痛く、あまりにも身体が動かないため、俺は自分の命を粗末にしたくなった。だが、その行為をそんなに軽いものにしたくはない。それを繰り返す度に命の大切が分からなくなる。生きている意味が分からなくなる。自分が一番知っているだろう?
「ん?」
ふと気が付いた。する筈のない花の匂いがする。紫の花は夕方には枯れるはずだ。だから、匂いなんざ、する筈はない。
少しだけ首を上げ、部屋の中を見回してみたが、誰も居らず、窓際の花は枯れていた。自分の腹に巻かれた包帯に血が滲んでいるのだけが見える。ってことは、外か……。
「誰だ?」
俺の口から出た言葉は意外にも、そんなに掠れてはいなかった。
「私だ」
扉から、そっと顔を出したのはコンラッドだった。奴は黒い毛並みの狼人だから暗闇の中に銀の瞳だけが浮いている様で、少し怖い。さては、文句でも言いに来やがったな?
「先に謝っとく。勝手な行動を取ってすまなかった。父親であるお前が、どれだけ考えて慎重に行動しようとしていたか、全然考えていなかった」
どれだけ自分で救いたいと思っていたか、考えていなかった。下手をすれば、俺の所為でフィトを危険な目に遭わせてしまうところだったのだ。そりゃ、文句も言いたくなるよな。
「いいや、お前と王には感謝しても仕切れない。礼を言うぞ、レオ」
「なあ、コンラッド?俺、ちゃんと起きてるか?」
普段冷たいコンラッドがあまりにも素直に俺に頭を下げるもんだから、俺はまた夢でも見ているんだと思った。
「いや、お前はちゃんと起きているぞ?」
「……そうか、生きてるか……、あれ?」
自分で言って、ハッとした。先ほどもだが、死を望んでいた俺は一体、何処に行ったのか。気付けば、生きることばかり考えている。生にしがみついていることに少しの喜びさえ感じている。
「そういえば、ラウル……、あいつ酷いこと言ってなかったか?」
「酷いこと?」
「前王に小さな息子は居ないとか、なんとか。まるでフィトの存在を否定してるみたいだったじゃねぇか」
ラウルの発言を思い出すと、胃がムカムカしてくる。フィトが前王の息子だということを知っていなくとも、まるで、どうでも良いみたいな言い方をしやがって。
「ああ、お前は聞いて居なかったんだな。前王に小さな息子は居ない、フィトはコンラッドの息子だ、と言ってくれたんだ」
「は?」
疑問に思って、俺が「いや、俺は確かに話を聞いていたぞ?」と言うと、コンラッドは「王は二回同じことを言ったんだ」と答えた。
「俺が行かなくとも、放っておけばラウルが行っていたってことか?」
「王は強いからな」
一言で片付けられた。勝手にやったのは俺だが、こんなにも傷付いたというのに。
「ただ王もお前には感謝しているそうだ」
こんなにも上機嫌なコンラッドは初めて見た。
雰囲気が柔らか過ぎて逆に気持ち悪いぐらいだな。
「あいつが?あり得ないな」
本当にあり得ないと思った。俺に対しては至極冷たい野郎だからな。性格も悪いし、人間如きなど私の道具でしかない、みたいな奴だ。そんな奴が俺に素直に感謝したりすると思うか?あり得ないだろう?
「そんなことはない。こうして、見舞いの花束も王が────」
「なに!?」
コンラッドが自分の後ろから取り出したのは紫色の花束だった。花が変わっている様に見えるのは夜に咲くものをチョイスしたからだろう。ということは、まさか、いや、そのまさかだ。今までの花は全てラウルが……。
「フィトじゃなかったのか……」
毎朝、花瓶に挿し替えてくれているから、てっきりフィトが持って来てくれているものだと思っていたが、まさか、部屋の前に届いていたものを飾ってくれていただけだったとは。
あいつは……、ラウルは一体、何を考えてやがるんだ?男に花を贈るなんざ、頭がおかしいとしか思えん。
「どうした?フィトは、まだ眠っているが」
「いや……、ちょっくら王様の所に行ってくる」
頭のおかしな王様の所にな!くそ!ふざけんじゃねぇ!
ゆっくりと起き上がり、掛かっていた布を部屋の隅にぶん投げた。
「レオ、そんな身体で無理をするな」
慌てた様子でコンラッドが俺の肩を掴み、ベッドに押し戻そうとしてくる。こんな気持ちで安静になんてしてられっか!
「いいや、大丈夫だ。俺はあいつより強い」
俺はあいつより強いんだよ。ちょうど同じ場所を負傷したんだ。あいつが動けて俺が動けないなんざ、心底負けた気がして癪に触る。
「……っ」
痛む脇腹を押さえて立ち上がり、止めるな、と俺が鋭い目つきをするとコンラッドは諦めたような表情をして、やれやれと首を横に振った。
「ついてくんなよ?」
扉を開け、ムスッとした顔でコンラッドに念押しをする。
「お前は子供じゃないだろう?私は、そんなことはしない」
フッと笑ったコンラッドが、その意思を示すように静かにベッドに腰を下ろした。まあ、そうだろうな、と思いながら、コンラッドに背を向け俺は部屋を出た。
明るい廊下には沢山の火が灯されている。同じ城の中でも、ここは騎士が寝泊まりする場所だ。床に赤い絨毯は敷かれていないし、石壁に目立った装飾もない。
ラウルが居るであろう場所までは距離がある。昔っから、城のだだっ広さには慣れないが、その所為で俺には変な癖がついた。城の外を移動するという癖だ。こんな身体じゃ城壁はよじ登れないが、元気な時なら迷うことなくやっている。
「はぁ……」
身体だけじゃなく、気分も重い。今になって、止めりゃ良かったと思う。だが、今行かなければ、明日の朝もあの忌まわしい紫色の花束が届くことになる。
あいつは俺の顔を見て、なんと言うだろうか。花について、どんな言い訳を考えているだろうか。どんな顔で何を言うのか……。
「なっ、何を考えてやがる!やめろ、考えんな!」
自らの頭をワシャワシャと掻き乱し、無理矢理に思考を停止させた。あいつ、絶対、俺に変なまじない掛けただろう?じゃなきゃ、こんな風に────
『死ぬな。私はまだ何も言っていないぞ?』
思い出したりはしない。
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