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第3章 王の息子⑤

 ◆ ◆ ◆  ラウルを見つけたのは、月明かりに照らされた城の中庭だった。月光は全てを同じような雰囲気に染め上げ、白いような青いような光の中、奴の背中だけが見えた。  てっきり自分の部屋でご就寝してるもんだと思ったが、何故、こんな所に?その理由は、ただ単に寝付けなかったから、というものではないらしい。少しずつ近付いて行くと、声が聞こえて来た。 「貴様、魔族か」  いつ手にしたのか、突然、ラウルが手に持った弓矢を勢い良く真っ二つに折ったのが見えた。あれは、俺を刺したのと同じ矢?  木の陰に隠れ、奴が誰と会話をしているのか確認する。だが、奴の言っている"魔族"の姿が全く見えない。ラウルの身体の陰に隠れるほど、小柄……ということは、女?いや、餓鬼か? 「私を殺めようとするとは……」  一瞬で周りの空気が変わった。ラウルの殺意が辺りに満ちている。少し離れたこの場所からでも、奴が腰から剣を抜いたのが分かった。 「その度胸だけは認めてやろう。だが────」 「待ってください!ラウル様!」  聞き覚えのある声と、見覚えのある姿がラウルの前に立ち塞がった。 「フィ、フィト……?」  思わず、俺の口から小さな声が転がり出る。フィトは寝ているとコンラッドが言っていたはずだが?どうなってやがるんだ? 「貴様、一度救われた命を無駄にするつもりか?」  ラウルが淡々と尋ねる。いや、尋ねているのか、最後の忠告をしているのか。どちらにせよ、これは、やばいな……。 「ルイスは悪くないんです!両親を人間に捕らわれて、仕方なくやっているだけなんです!僕が彼の面倒を見ますから、どうか、命だけは────」 「ちょっと待て!」  無意識に近い感覚で俺は木の陰から飛び出していた。ラウルはフィトが腹違いの弟だということに気付いていないはずだ。ということは、このままフィトが切り殺されてしまうことだってあり得る。 「ラウル、こいつらに手は出すな。まだ餓鬼だぞ?お前は何とも思わねぇのか?」  私は殺されそうになったんだぞ?と言われれば、何も返せなくなりそうだが、上手い言葉が見つからず、俺は直感的にそんなことを口にしていた。  ここに来て、やっとラウルの言っていた魔族の姿が見えた。やはり餓鬼だ。俺が小屋で拾ってきた褐色の肌に漆黒の髪、そして……ルビーの様に透き通った赤い瞳をした魔族の餓鬼。  なるほど、今理解した。こいつをこの城に忍び込ませるのが本来の目的だったのか。だから、小屋の見張りも少なかったんだな。  一体、何を考えているのか。怖い顔でジッとラウルの顔を見つめたまま、魔族の餓鬼はフィトの後ろで突っ立っていた。 「こいつらは俺が────」 「勝手にしろ。貴様が連れてきた疫病神だ」  俺が口を開いた瞬間にそれを冷たい言葉で遮り、静かに剣を鞘に収め、ラウルが俺に背を向けた。  なんなんだよ、と思った途端にフィトが「ルイス!」と叫んだ。フィトの言葉に振り返ると、ルイスと呼ばれたクソ餓鬼が全く違う方向に駆けて行くのが見えた。その後をフィトが追う。 「あ?なっ!おい!……くそっ」  視線をラウルの方に戻すと、奴は既に別の方向に歩き出していた。まるで、何もなかったかのような素振りで去って行く。 「いや、俺はお前に話があって……!ああ!くそ!餓鬼どもを放っておけるわけねぇだろうが!」  遠くからゴニョゴニョとそんなことを言っても時は既に遅い。結局、俺は餓鬼どもを追うことになった。 「おい……、俺は負傷してるんだぞ……?」  いつもならあり得ないが、ゼェハァと息を切らし、餓鬼どもに言う。奴らが足を止めた場所、それは俺がよく使う渡り廊下だった。無駄に階段を上らされ、俺は少々苛立っている。  ここの方が月がデカく見える、だの、ここの方が風が通る、だの言われようが、今の俺では顰めっ面しか出来そうにない。まあ、誰もこんなことは言わないがな。 「ルイス、もう悪いことはしちゃダメだよ。君だって、悪いことをしてるって思ってるから僕に話してくれたんでしょう?」  俺なんざ居ないみたいな雰囲気でフィトが話し始めた。いつもは子供の顔をしているフィトだが、今日は少しだけ大人びて見える。光る金色の瞳は父親譲りだろうか。 「違う。俺は大人が嫌いなんだ。お前が子供だから話してやっただけだ」  ムッとした表情でルイスが渡り廊下の柵に腰を掛けた。月明かりだけでも、赤いその瞳は綺麗な色を放っている。 「どんな理由だって、話してくれたこと、僕は嬉しかったよ?」  ジッとルイスの瞳を見つめ、フィトが言う。異なった色の視線が合致する。 「うるさい、黙れ」  ルイスの全てが冷たく感じられる。目の前に立っているフィトは、それを直で感じているだろう。 「きっと、他に方法があるはずだよ?ひとを傷付けない方法が」  見ているこっちがハラハラする。一見、ただの子供の言い合いのように見えるが、ルイスは魔族だ。怒りに負けて、いつ魔力が暴走するか分からない。 「うるさいって言ってるだろ!」 「……っ!」  一瞬の出来事だった。突然ルイスが立ち上がり、勢い良くフィトの顔面を殴ったのだ。 「……」  痛みに堪えるようにフィトが俯く。ルイスを見ていると、なんだか小さな俺を見ているような気分になる。俺は何をどうしたら良いのか。 「お前に何が分かるって言うんだ?両親を人質に取られた俺の気持ちがお前に分かるのか?お前には分からないんだろう?お前の性格からするとお前の親は相当甘……っ!痛ってぇな!何しやがんだ!」 「……分からない……、分からないよ!分かるわけないじゃないか!僕には最初から両親なんて居ないんだよ!」  ルイスの頬を平手で打ち、フィトが涙目になりながら奴を怒鳴りつけた。次第に溜めきれなくなった涙が両目から溢れ出す。  ────フィトはコンラッドが本当の父親じゃないことを知っていたのか……。  涙を見せたくないのか、また俯き始めるフィト。その両手は怒りからか、拳を作り微かに震えていた。次第に強く結んだ右の拳が上に上がっていく。  これは、さすがにまずいか?そう思い、足を踏み出そうとしたところで一瞬躊躇った。 「殴りたきゃ殴れば良いだろう?俺は何度殴れたって、へっちゃ……ら……」  強気な言葉が途中で薄れて消えて行く。ルイスが唖然とするのも無理はない。振り上げられた拳はルイスを殴るものではなかったのだ。 「でも……父様は、父様なんだ。僕の父様なんだよ……っ」  フィトがルイスを強く抱き締め、小さい子供の様にワンワンと泣き始める。張り詰めていた空気が一瞬で変わった。こんな風に餓鬼らしく泣くやつを見たのは凄く久しぶりだ。 「あーあ、フィト泣かしちまったー」  不意打ちを喰らい、瞬きすら忘れているルイスに俺は意地悪く言った。大人らしくない?そんなん知らねぇよ。 「うるせぇ!……お、おい、泣くなよ」  ハッとして反論はしてくるものの狼狽え方は餓鬼そのものだな。ルイスは必死にフィトを引き剥がそうとしているが、力づくではなく、言葉でどうにかしているようで、見ている俺は柄にもなくニヤニヤとしてしまった。そんな時だ。 「うちのフィトを泣かしたのは、一体どこのどいつだ?」  普段より少々荒れた口調でコンラッドが俺の後ろから登場した。お前、絶対、さっきから見てただろう?闇に隠れて居たって、俺には気配で分かるんだぞ?  何故、いままで出て来なかったんだ?と言いたいところだが、お前がなかなか出て来れなかった気持ちは俺にも分かる。俺も同じだったからな。  にしても、ルイスは偉そうなことを言っていてもやはり中身は餓鬼だな。コンラッドの姿を見て、ギョッとして固まってやがる。確かにコンラッドの見た目は怖い。俺も最初は……、なんとも思ってなかったが、見た目は怖いだろう。 「おい、答えろ」  コンラッドにそう尋ねられても、ルイスは何も答えない。いや、答えられないと言った方が正しいか。まあ、コンラッドは言葉で脅かしているようだが、奴は子供には甘いからな。一体、どうなるのか、俺にはさっぱり分からん。 「フィト、部屋に戻るぞ?」  俺の後ろからコンラッドが手招きをする。その呼び声に反応しフィトは大泣きしたままでこちらに歩き出したが、なんだか様子が変だ。 「え、あ、ちょっ!俺は……」  フィトの手はルイスの手を掴んで離さない。つまり、必然的にルイスも引き摺られるようにこちらに向かってくるということだ。 「はぁ……、お前も来い。フィトを泣かした罰だ」  右腕一本でフィトの身体を抱き上げ、コンラッドは呆れたように深い溜息を吐き、そして、ルイスを軽々と左肩に担ぎ上げた。この時にはフィトの手はルイスを離していたが、ルイスは既に諦めたのか大人しくコンラッドに連れて行かれた。  黒い狼人とその息子"たち"の姿は徐々に、徐々に、薄明かりの中に消えていき、渡り廊下に一人残された俺は、一体自分は何をしに来たのか、と考え直す。  だが、途中で脇腹の痛みを思い出し、考えるのはやめることにした。今夜の月はデカくて丸かった。

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