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第3章 王の息子⑥
◆ ◆ ◆
数日後、どうやったのか分からないが、コンラッドは完全にルイスを手懐けていた。
いや、そんなことは今はどうだって良い。重要なのは何故、こんなにも俺の中は罪悪感でいっぱいなのかってことだ。いいや、ルイスのことじゃない。この現状だ。
「お前ら、いつあいつが帰ってくるか分からないからな?速やかに見て片付けろよ?」
別に傷が痛むわけじゃねぇが、自分でも分かるほどの引きつった顔で、俺は目の前に立ったフィトとルイスによく言い聞かせた。
そうだ、奴はいつ城に戻ってくるか分からない。ここは王であるラウルが管理している書庫だ。鍵は勿論、ラウルが所持している。だが、今、俺たちは書庫の中にいる。
どうして、こんなことになったのか。始まりは昨日の昼下がりのことだ。
「レオ、お願いがあるんですけど」
城内をぷらぷらと散……、いや、見回りしている時にフィトが俺を見つけてやって来た。その隣にはルイスの姿もあった。
「あ?どうした?フィト」
歩みを止め、フィトの困り顔を覗き込む。まさか、ルイスに付き纏われていて困ってるとか言うんじゃねぇだろうな?チラッとルイスの方を見ると、キッと睨まれた。
なんて憎たらしい餓鬼だ。人に矢を刺しといて、刺した理由なんか知らない、なんて言いやがったからな。俺は死に掛けたんだぞ?
けっ、という顔をして、俺が視線を戻すとフィトが話し始めた。
「あの……僕、勉強が好きで、どうしても読みたい本があるんですけど、実はその本、王の書庫にあって……レオ、ラウル様に鍵を借りてきて貰えませんか?父様が、レオはラウル様と仲が良いって……」
「無理だ」
即答だった。俺の脳裏にはドス黒い、本当に真っ黒な影を顔面に落としてこちらを睨みつけるラウルの姿が浮かんでいたからだ。名前を聞いた途端にこれだ。
あんの、くそコンラッドめ!息子のためだからって、嘘を教えるじゃねぇよ。俺は別にラウルと仲が良いわけじゃねぇ!フィトのためなら俺が断らないと思ったんだろうが、これは断らせて貰うぜ?
「ごめんな、フィト。俺も頼みに行ってやりたいところなんだが……」
「おい、フィトが勉強のために資料が見たいって言うんだから、頼みに行ってやれよ。あ、あれか、レオは王が怖くて頼めないのか。へぇ、このへなちょこ」
俺が言葉を選んでいる隙にルイスが早口でまくし立てた。
「はあ!?何を言ってやがる!そ、それぐらい簡単だ!俺に掛かれば、そんな鍵……そうだ、俺に良い考えがある」
何を焦っているのか、何故か吃った。後になって冷静に考えてみれば、本当に後悔しかなかった。だが、言ってしまったことは今更撤回出来ない。
餓鬼との約束なら尚更だ。
フィトとルイスが去った後、俺はラウルを探し、酷く落ち込んだ。何故なら、ラウルが居たのは奴の自室だったからだ。奴は一人で居ることが多いため、接触しやすいが、それ故の欠点も色々とある。色々とな。
部屋の外で待とうかと思ったが、入って行ったのが見えたばかりだ。暫くは出て来ないだろう。やはり、自分から行くしかない。
さて、何を理由に接触するか。実はあの日以来、ラウルとは真面に顔を合わせていない。花のことも聞きそびれているわけだ。ただ、奴が飽きたのか紫の花束は届かなくなったし、今更聞くってのもな。
────何故、花束を送り付けなくなった?
「うおっ!」
部屋の前をウロウロしていると、急に扉が開き、俺は思わず驚きの声を上げてしまった。
「入れ、気配が迷惑だ」
言葉通り気配でバレたらしく、扉が開いた先にはラウルが不機嫌そうな表情で立っていた。
気配が……、迷惑……。いくら俺でも今のは少し傷付いたぞ?
渋々と部屋に入る。すると、俺を怪しむようにラウルが「何の用だ?」と詰め寄って来た。
「用事がなきゃ来ちゃいけねぇのか?」
慌てて、自分でもよく分からないことを口走りながら、ラウルの服装を確認する。恐らく、鍵は左の腰あたりに付けているはずだ。
逃げ道である扉を塞がれると困るため、扉とは違う左方向に後退さっていく。まあ、結局は壁際に追い詰められたわけだが、ここからが俺の仕事だ。
自分から近寄ってきてくれんのは多いに結構。
鍵を盗みやすいからな。俺の手癖ナメんじゃねぇぞ?
「何の用だ?」
冷たい視線が繰り返し問い、鼻先が俺の首元に押し付けられる。これは急がねぇとやばいことになるかもしれない。
「だから、何もねぇよ。お前の疲れ切った顔を拝みに来ただけだ」
人の癖ってのは怖いもんで、無意識に近い感覚で俺は会話をしながらラウルの腰から鍵を一本拝借していた。
ラウルの腰に付いていた鍵は全部で六本。昔、盗みを働いていた時に俺は鍵穴を見れば、鍵自体がどれなのか分かるようになった。触れば分かる、だから、今俺がくすねた鍵は書庫の物だ。
よし!鍵は手に入れた。あとは逃げるだけだ。焦るな、落ち着け。
「顔を拝みに来ただけって言っただろうが。お触り厳禁だ」
俺の背に回ろうとしていたラウルの手を叩き、奴の腕からすり抜ける。腕を掴まれて引き戻されるかと思ったが、意外にも、そんなことはなかった。ただ、扉を開けようとした瞬間に背後から「おい」と声を掛けられ、一瞬、どきりとした。
バレたか?バレたのか?
「なんだよ?」
俺は何もしていない、という平常心を顔に貼り付けて、振り返る。その場から動いていないラウルの姿が視界に入った。そのまま動くな、動くなよ?と願うばかり。
「私に話があるんじゃなかったのか?」
「話?あー……、お前、明日の午前中、何してる?」
なんだ、そのことか。話ならこれで良いだろう?聞いといて損はない。
「なんで黙んだよ?城に居んのか、居ないのかくらい教えてくれても良いだろう?」
おっと、少し具体的過ぎたか?と心配したが、案外あっさりとラウルは「居ない」と答えた。
後のことは詳しく説明する必要はねぇだろ?ラウルの部屋から出て、寝て、起きて、今の状況だ。餓鬼ども二人からの返事はない。奴らは目をキラキラと輝かせて書庫のどっかに散って行った。楽しそうでなによりだが、俺は胃が痛い。
最初は扉の前で見張りでもしようかと思ったが、中から鍵を掛けてしまえば何の心配もないことに気が付いた。なんたって、鍵は俺が持っているからな。
それにしても、ここの書庫は広い。壁までが本棚になっているため、窓は天井にデカイのが一つあるだけだ。書庫というより、部屋か。
部屋の奥には本を読むための木の机と椅子がある。ここを使う者は王意外に居ないのか、それも一つしかない。
「はぁ……」
内側から鍵を閉め、俺は高い天井を見上げて息を吐いた。
フィトの用事が終わるまで、暇だな。俺は一体、何をしたら良いんだ?
「ん?」
ふと顔を下に下げると、一冊だけ他のものよりデカイ本が目に入った。棚に入りきれておらず、飛び出している。なんじゃ、こりゃ?と好奇心だけで、俺はそれを棚から引っこ抜いた。
「狼の生態?」
表紙にはデカデカとそう書かれていた。
ほう、狼人の先祖の本か。俺は本は嫌いだが、これは読めそうだ。そう思って、重たい表紙を開く。
【強く美しい狼】
そんな題名から始まった第一章の中身は狼の特徴やら、他の動物との違いだとか、なんだとかが書いてあった。一番引っ掛かったのは、狼は感情豊かな性格を持っている、という一文だ。
「へぇ、感情豊かな性格……、どこがだよ」
俺の知っている狼人は皆、冷たい。確かにフィトは感情が豊かかもしれないがな。進化の過程で感情を落としたか?
「やっぱり、つまんねぇな」
あまりのつまらなさに本を閉じようとした時だった。俺の目にある一行が飛び込んで来た。
【番について】狼は番になると仲睦まじく、そばに居るようになり、雄は雌に仕留めた獲物をプレゼントすることがある。
この一行だけで、俺はラウルの行動を思い出してしまった。なんとなく、奴の行動の謎が解けた気がする。
だが何故、紫色の花束なんだ?男に花を贈るってのはなんだ?花……、ここのどこかに花の本はあるか?
俺は必死に花の本を探した。いままでこんなにも必死に物を探したことがあるか?ってくらいだ。途中、ルイスに変な目で見られたが、あんなクソ餓鬼に構っていられない。
花の本は一番奥の壁際の本棚にあった。わざわざ梯子を移動して来て、取る必要があるくらい高い位置にあったが、なんとか手にすることが出来た。
さっそくページをパラパラとめくってみる。驚くべきことに全てに色が塗ってあった。こういう本のことをなんて言うんだったか……、ああ、図鑑か。
まあ、そりゃそうだよな、色がなきゃ俺も紫の花がどれだか分からん。形なんざ、曖昧にしか覚えてねぇよ。花に意味があるなんざ、初めて知った。
そう、花には意味があったのだ。花言葉というらしい。ラウルが贈りつけてきた紫の花がどれだったか、俺はハッキリとは覚えていないんだが、色にも意味があった。
「あなたを信じて待つ……、信じる恋?はあ?なんじゃ、こりゃ?」
全く意味が分からない。
「なぁ、フィト?これって、どういう意味だ?」
邪魔をするのは気が引けたが、聞く理由は隠して、フィトに尋ねてみた。
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