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第3章 王の息子⑦

 自分が読んでいる本からチラッと視線を外し、俺が開いているページを見て、また直ぐ元に戻るフィト。その口から似つかわしくない言葉が転がり出る。 「レオ、それは片想いって意味ですよ」  目の前の本に意識を集中しているようで、珍しく冷めた口調で言われた。 「ああ、片想いか。すまねぇな、邪魔して」  これ以上フィトの邪魔をしてはいけない、と本を元の場所に返すために歩き出したが、そこでやっとおかしなことに気付く。 「片想い?は?片想い?」  誰が?片想い?誰が誰に片想いを?俺がラウルにか?いやいや、あり得ん!じゃあ、ラウルが……俺に……? 「俺のこと、ただの物だと思ってたんじゃないのか?」  閉じた花の本を見つめ、呟く。てっきり、暇潰しの道具にして楽しんでいるもんだと思っていたが、もしかすると、本気なのか?  ────だから、番を解消しないのか?  考えるだけで混乱して、頭が痛くなる。知恵熱でも出ちまいそうだ。  確かに、あらかた疑問は解消されたが、一つだけ新たに生まれた疑問がある。何故、花を贈りつけるのをやめたのか、ってことだ。  面倒くせぇからやめたのか、花が勿体無いからやめたのか、それとも、気持ちが冷めたからやめたのか。嫌われている方が楽なんだがな。もう考えるのは止そう。何も気付かなかったフリをしよう。いつもの俺なら、本を読んでまで調べたりはしない。お前も知っているだろう、ラウル。今の俺は少しおかしいんだよ。 「レオ、終わりました!」  俺が梯子に登って花の本を棚に戻していると下からフィトの声がした。見ると、ニコニコと笑って手を振っている。 「おう、そりゃ良かったな。ルイスを連れて先に戻ってろ」  俺もそんなに笑ったりする人間じゃねぇが、フィトの笑顔を見ていると自分も笑顔になってしまう。 「分かりました」  フィトの返事を聞いて、梯子を降りるために前を向き直す。後ろで「ルイス、行くよ?」「へいへい」と会話しているのが聞こえた。その直ぐ後に鍵を開けて二人は外に出て行ったようだった。  この梯子、替えた方が良いんじゃねぇのか?と内心思いながら、やっと下まで降りる。急に心臓の鼓動が激しくなった。梯子の上は安定感がなく、緊張して、心臓はバクバク言っていたが、今、俺の心臓が暴れているのは、それが理由ではない。 「貴様は、ここで何をしている?」  梯子を降りた瞬間に横から声を掛けられたのだ。  いつから、そこに居たのか。音も気配も何も無く、いつの間にか、現れたと言っても過言ではない。そこにはラウルが立っていた。 「よ、よう、ラウル」  嘘だろ?午前中は城の外に行ってたんじゃないのか? 「惚けるな、答えろ。貴様は、ここで何をしている?」  俺に近付いた金色の瞳がスッと細められた。グッと胸を両手で押され、身体を本棚に押さえつけられる。くそ、乱暴だな。 「いや、餓鬼どもが勉強するって言うから付き添いで来ただけだ」  飽くまで付き添いだ、という風に真面な大人の顔をして言ってやる。 「扉には鍵が掛かっていた筈だが?」 「知らねぇよ、鍵なんざ掛かってなかったぞ?管理してるやつが、だらしねぇんだろ」  言ってしまってから、気付く。あ、管理してるやつ、こいつだ、と。 「貴様、私を侮辱するつもりか?」  牙を見せて威嚇すんなよ、大袈裟だな、とは思ったが、直ぐに鍵をラウルに戻さねぇと、やばい。盗るのは簡単だが、今思えば盗ったものを態々返すことなんざ今まで無かったからな、この行動は少々危険だ。 「そんなことは言ってないだろう?仕事のし過ぎで苛々してんのか?機嫌直せよ」  やむを得ない。取り敢えず、機嫌を取りながら近付いて、鍵を……。 「……っ」  俺がラウルの首の後ろに右腕を回し、引き寄せた瞬間だった。奴の気を逸らして鍵を返そうとしていたんだが、途中で左手をがっしりと掴まれた。  まずい、とてもまずい状況だ。ググッと俺の左手を掴んだまま、自分の右腕を上に上げていくラウル。残念ながら、俺の左手には書庫の鍵が握られている。 「これは何だ?」  鋭い目付きが鍵ではなく俺を見て言う。 「……か、鍵だな」  おかしいな?みたいなニュアンスは通用しないんだろうが、今の俺にはそれしかない。 「私が気付かないとでも思ったのか?」  そう言って、ラウルが鍵の束を取り出し、俺の目の前に突き付けた。こいつ……、最初から知っていて……。 「お前、また俺で遊んだだろ?」  最初から俺が鍵を盗んだことを知っていて、嘘を吐き、俺を追い詰めて楽しんでやがる。まったく、意地の悪いやつだよ、お前は。 「だとしたら、何だ?」 「な、にす……」  突然、ラウルに乱暴に胸倉を掴まれ、そのまま引き摺られるように庫内を連れ回された。と言っても目的地は直ぐそこで、俺が行き着く場所は、木の机の上だった。 「貴様に悪いことをしたという自覚は無いのか?」 「はっ自覚?そんなもんねぇよ」  これが自然体の俺だ。盗みだって、今回のは悪い盗みじゃねぇだろ?どんな方法であろうと、ちゃんと返したしな。そうだろう?お前、さっき俺を引き摺り回す前に俺から鍵を奪い返しただろう。  机に押し倒されてはいるが、俺は反省なんざ、ちっともしていない。反省ってやつが一番嫌いなんだよ、俺は。 「ほう……、貴様には躾が必要だな」 「あ?やれるもんならやってみろよ?」  高貴な顔して、中身は冷酷なサディスト。そんなラウルに俺は挑発的に言ってみせた。  俺はラウルの様に痛みが無いわけではない。だが、俺も昔から色々とあって痛みに堪えるのには慣れている。そう、痛みには……。

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