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第4章 魔法の記憶④

 ◆ ◆ ◆ 「……ゲホ、ゴホッ!」  何度、この感覚を味わったか、もう覚えていない。空気の無い世界から、急に投げ出され、肺がはち切れそうになる。ただ、痛みはない。俺の身体は完全に再生した。 「レオ、良くぞ戻った」  見慣れた赤い床に転がり、噎せながら顔を上げると、そこには見覚えのある顔があった。黒いフードの間から見える真っ白な肌とルビーのように赤い瞳。 「……っ、ブルハ!このくそったれ!」  リューシヴ王を洗脳しやがったな?このアマ!  俺の身体は不思議なことに一切、拘束されていなかった。勢いで立ち上がり、目の前の憎たらしい魔女に殴り掛かろうとする。 「待て、私はお前を助け出したのだぞ?少し、大人しくしないか」  怪訝な顔をして、両手を胸あたりまで上げるブルハ。その姿は降参しているようにも見えるが、まったく意味が分からねぇ。 「お前、人を助ける顔してなかったぞ?」  俺が魔法陣に落ちる刹那、陣の縁にはルイスが立っていた。恐らく、操られていたのだろう。あのルイスの雰囲気は、確かにブルハのモノだった。ただ、こいつはあの時、俺を見て笑っていた。不敵な笑みを浮かべていた。 「やっと助け出せるのだから、喜ばしいことだろう?どれだけ私が苦労したと思う?」  苦労し過ぎて、普通の笑い方も忘れちまった、ってか?馴れ馴れしく話し掛けて来んなよ、と言いたくなる。 「知らねぇよ。おい、俺も操っただろう?」  吹き矢で刺しやがって、ラウルを殺すように仕向けた。爆発物まで使いやがって……。何故だか、胸がモヤモヤする。俺に変な夢を見せていたのもお前だな? 「失敗したんだな、お前」  呆れた、と言ったようにブルハが溜息を吐く。魔族の年齢なんざ分からないが、ブルハは思ったより若く見える。二十代後半か、そこらだ。美人といえば、美人だが。長い髪を指に巻きつける仕草は、あまり似合わないな。つまり、可愛くはないってことだ。 「うるせぇ、卑怯なことすんなよ。あれだ、ルイスは?ルイスの両親は?」  まさか、お前か? 「馬鹿だな。最初から、あいつに両親は居ない。そのうち、あいつも勝手に帰ってくるだろう」  また騙された。だから、あいつ、フィトの話聞いて、あんなに動揺してたのか。 「くそっ、……俺に矢を刺したのはどこのどいつだ?お前か?あいつか?」  フィトを助け出す時に俺は後ろから矢を刺された。あれはルイスの矢だったが、ブルハに操られていたのか、ルイス自身がやったのか不明だ。 「私だ。お前が向こうの国に信頼されている方が助け出し易かったからな。深手を負ってた方が、苦労した感が増すだろう?」 「けっ、知らねぇよ。俺は死に掛け……、まあ、いい。それで、王はどうした?」  王というのは俺の親父のことだが、俺は一度も王を親父と呼んだことはない。親だと思ったこともない。俺はあいつを親とは認めない。俺の母親を捨てた男など……。 「ああ……、王はお前を追放した三日後に死んだ」  髪の毛先を弄りながら、ブルハが言い辛そうに言葉を発した。 「はあ?じゃあ、今は誰が王をやってんだ?」  まるで、王が名前だけの産物みたいになってるが、まさか、誰もやってないとか言わないよな? 「アスルだ。まあ、名だけはな。あいつは王としては何も出来ない。だから、お前を連れ戻したのだ、私が」  アスルとは、王と本妻の息子である金髪お坊ちゃんだが、身体が弱く頭も悪い。甘やかし過ぎたんだろうな、誰かさんが。奴が今の王だと言ったが、この王の間に奴の姿はない。 「お前、俺がウェンゼルに追放された理由知ってるか?」  残念ながら、俺は知らない。朝起きて、急に追放されたからな。寝坊したのを怒られるのかと思ったぞ?っていう冗談は今なら言える。 「さあ?それは知らないな。私は王に命令されてやっただけだしな。ただ、私はてっきりお前が本当に悪さをしたんだと思っていた。こうやって呼び戻したのも渋々だ」  人は見た目で判断したらいけないって言うだろう?俺は出来る限り静かに暮らして来たはずだった。まあ、昔は悪さをしてたけどな。 「ふざけんなよ?ぶっ殺すぞ?俺は何もしてない」  人に信用されないってのには少々イラっとした。  別に使おうとは思っていないが、拳を強く握る。 「まあまあ、そう怒るな。ちゃんと戻って来れただろう?」  その男勝りな口調は、どうにかならないのか?と今更ながら思う。 「戻っては来れたが……、俺の身体を元に戻せ」  自分の服を指で引っ張りながら主張する。俺はまだ狼人の国の騎士の服を着ているが、ブルハが無駄に魔法でも使ったのか、びしょ濡れだったはずの全身は完璧に乾いていた。 「あー、そのことなんだが……ちょっとな、色々あって魔法の解き方を忘れてしまって……ああ、いやいや、大丈夫、そのうち思い出すから」 「はぁ!?思い出すまで待てというのか?この身体の所為で俺の方が色々あったんだぞ?」  大変なことがな!  結局、王が死んだことによって、総ての謎が解けないままだ。何故、俺はウェンゼルに追放されたのか。何故、自分で命を断てないのか。何故、アルファからオメガにされたのか。  何も分からないまま、気付けば、ひと月以上が経っていた。俺はひと月もウェンゼルの生活に染まってしまっていた。 「もう少し待ってくれ。私も忙しかったんだ。落ち着けば思い出すだろう」 「へいへい、分かったよ。なあ、アスルは俺が戻ってきたことを知ってるのか?」  話してみりゃ、ブルハはちと抜けているところがあるみてぇだから不安になるが、今は待つしかなさそうだ。 「ああ、知ってはいるが……今は体調を崩していてな、自室で寝込んでいる」  そう言って、ブルハがアスルの部屋があるであろう方向を指差す。アスルは昔から身体が弱かったからな、父親の死で更に弱ったか。何のために生まれてきたんだろうな、お前も俺も。 「へぇ、そうかい。それで、俺は何をすれば良い?」  急に連れ戻されたところで、何をどうすれば良いのか分からない。もう人間の国での暮らし方も忘れてしまった。  まさか、ウェンゼルの土地を取りに行けとか言わないよな?このところ、リューシヴとウェンゼルの間で戦いが無かったのは、人間の王が不安定だったからだろう?  いっそ、戦いなんざ辞めちまえば良い。そんなことを考えちまう。おかしいよな、これぞ平和ボケってやつだ。戦いのスリルを楽しんでいた時が大昔のように感じられる。 「王があんな状態じゃ、どうにもならない。暫く待機だ。お前も疲れただろう?思う存分、休めば良い」  そう言って、ブルハは王の間から姿を消した。回復魔法でも使おうってのか、「私は王の様子を見てくる」なんて言葉を残して。 「思う存分、休め……か」  一人残され、深く息を吐いた。今更、どう休めば良いのか。この国に俺の居場所など最初から無い。皆、王の息子という言葉に脅され、惑わされ、嫌々俺の相手をしていただけだ。  俺の居場所は、ここには無い。  ああ、ラウルは目を覚ましただろうか……。突然消えた俺のことをどう思う?自分の意思で国に帰ったと思うか、連れ去られたと思うか。お前は俺のことを嫌いになるか?嫌いになるなら、忘れたいと思うのならば、番を解消してくれ。俺はお前を思い出すのがツラい────。

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