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第4章 魔法の記憶⑤

   ◆ ◆ ◆  只々、紙を捲る様に毎日が過ぎて行く。何をするでもなく、誰に会うでもなく。ただ、そこに居るだけで五日が経った。  自分がリューシヴに呼び戻された理由は他にあるんじゃないかと思えてくる。未だにブルハは魔法の解き方を思い出さねぇし、最初から俺の身体を元に戻す気は無いと言われているようで腹立たしい。  ラウルはどうしているのか知らないが、番はまだ解消されない。アルファとアルファが番になることは不可能だ。俺がアルファに戻ればラウルとの番は自然と解消される。  最初から俺とラウルが番になるように仕組まれていたとしたら?俺が自分で死ねない理由は、ラウルと番になる前に死なれたら困るからか?ブルハは、一体、俺に何を隠している? 「順調に兵は集まっているか?」  廊下の角から、そんな言葉が聞こえてきた。  恐らく、ブルハだ。いいや、そうであって貰わないと困る。俺が、こっそりとブルハを尾け回しているのだから。  真実を知りたいと思うのは罪か?  ひとに何かを隠そうとするのが悪い。何故、兵を集めるのか。  近付いて来る声に反応して、俺は近くの部屋に入り、静かに扉を閉めた。続きの会話を聞こうと、扉に耳をあてる。 「はい、金目当ての者が多いですが、町の殆どの男が志願しております」 「そうか。兵が集まり次第、ウェンゼルを攻めるぞ?準備をしておけ」  俺が居る部屋の前を二人は気付かずに通り過ぎて行った。話は俺のことでは無かったが、良くないことを聞いてしまった気がする。  町の殆どの男といえば、何千にもなるだろう。それほどリューシヴには貧困層が多いのだ。  満たされない町、増え続ける人々……、ウェンゼルを奪ったところで、救われるわけじゃねぇってのに。 「……まずいな」  ブルハは兵が集まり次第ウェンゼルに攻め入ると言っていた。今、狼人の王であるラウルは本調子ではないはずだ。急いで、俺が伝えに行かなければ。まだ間に合う。あの国を潰すわけには行かない。俺なら、山を越えてウェンゼルに入ることが出来る。  ただ、ブルハや他の人間に見つかるのは避けたい。城の門から出れば誰かに確実に見つかる。  塀を登っても無駄だ。リューシヴの城の一番上には見張り台があって、随時、人がいる。  この国から誰にも見つからずに抜け出す方法は、ただ一つ。城の中から裏の山に抜ける方法だ。  恐らく、誰も知らないだろう。俺が餓鬼の頃に金目の物を求めて城に忍び込むために使っていた方法だからだ。  城の地下に掘った穴から外に抜けるという古典的なものだし、餓鬼の頃と同じ大きさの穴を今の俺が通れるとは到底思えないが、城をぶっ壊す覚悟で行きたいと思う。戻る必要はない、出られれば良いのだ。  一階を歩いている分には怪しまれることはない。他の騎士に会おうと別に挨拶をされるわけじゃねぇ。俺は軽蔑されてるからな。逆に好都合だ。  一階の端まで、難なく来ることが出来た。地下への扉はここにある。俺が地下の倉庫に向かったことを誰も気付いちゃいない。倉庫の前に見張りが一人居たが、居眠りをしてやがったから、勝手に入らせて貰った。  実際のところ、この倉庫には宝なんざ置いてない。金銀財宝は王がどこかに隠し持っているらしい。餓鬼の頃、俺はガラクタを盗んでは小銭を手に入れていただけってことだ。王が死んだ今、宝の場所を知る者は居ないのかもしれない。 「……ここだ」  昔に目印をつけた床石を発見し、早速外しに掛かる。意外とこの石は薄くて、直ぐに持ち上がる……はずだった。 「は?なんでだよ?」  思わず文句を言ってしまった。目印である傷跡はあの時のまま、だが、餓鬼でも持ち上げることが可能なほど軽い床石は、もうここには無い。分厚い石にすり替えられている。  ────バレている……。 「レオ、こんなところで探し物か?」  棚の陰からフードを深く被った女が姿を現した。  もはや、この城に寄り付く女など、ただ一人しか居ない。 「ブルハ……」 「お前が私を尾けていることは知っていた。お前には心底失望したぞ?愚かだな、狼人に心を染められたか」  しゃがみ込んだ俺の前に立ち、如何にも呆れたような声音でブルハが言う。 「偉そうに言うな。お前はこの国の王でも何でも無いだろう?」  これじゃあ、まるでお前が女王みてぇじゃねぇか。王の妻でも無いくせに。 「王?ああ、そんな者も居たな。昨日、死んだが」 「なんだと?」  赤い瞳が冷酷な視線を俺に向けてくる。それが同じ高さに来ると、今度はニヤリと笑った。 「アスルは昨日、死んだ」  要らないものを捨てたかのような言い方だった。  殺したのか、アスルを。ブルハの言動で俺は気が付いた。やはり、総てブルハの計画だったのだ。俺がウェンゼルに飛ばされたのも、ラウルと番になることも、俺を連れ戻してアスルを殺すことも。そうだ、きっとリューシヴ王もこいつが殺した。 「ブルハ!お前!」  素早い動きで腰の剣に手を伸ばす。 「まあ、待て」  まるで犬に命令するかのように、ブルハが俺の額に手を当てる。 「ふざけんな!」  俺に剣を持たせたのが間違いだったな。 「待たないか、お前にチャンスをくれてやると言っているんだ」 「チャンスだと?」  絶対に切られない自信でもあるのか、ブルハは、ふざけた様子で俺に背を向けた。 「人間のために戦えば、今までのことは総て水に流してやる」 「はっ、お前のためだろうが!そんなもん、こっちから願い下げだ!」  どんなことを言われようと最初からブルハを切るつもりだった俺は、切ってくれと言わんばかりの奴の背中を容赦無く切りつけた。だが、不思議なことに切っ先すら当たらない。何度振ろうと、俺の剣は空を切るだけだった。 「おい!逃げんな!」  まるで、分身でも作り出しているかのように避けるブルハを俺は怒鳴りつけた。 「お前の相手なんかしていたら、私の魔力が勿体無い。おい、早くしろ」 「ふざけるな!何言って……、がはっ!」  今度こそ当ててやる、と勢い良く剣を振った瞬間、俺の後頭部に強い衝撃と鈍い痛みが走った。後ろから殴られたと理解するまで、少しだけ時間が掛かった。全身の血が頭部に集まって来るように、頭がぐるぐるする。  棚の陰から陰へ逃げ回るブルハに気を取られ気付かなかったが、この部屋には俺と奴以外に、もう一人何者かが潜んでいたようだ。 「だから、待てと言っただろう?」  床にドサリとうつ伏せに倒れ込んだ俺の視界に二つの影が映り込む。意識を失う刹那、俺は力を振  り絞って自分を殴った者の顔を見た。 「……っ、お前は……」

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