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第4章 魔法の記憶⑥
◆ ◆ ◆
湿気に満ちた空間で目を覚ました俺は、自分が一度殺されたことに気が付いた。いや、自分で死んだ?自分で殺された?まあ、言い方は色々あるだろうが、リセットされたわけだ。殴られた後頭部が全く痛まないのは、その所為だろう。本当の自分が少しずつ失われていく気がする。
「ほんと物好きだよな、お前」
掠れた声でボヤく。暗くて、湿気だらけの石壁の部屋。これを懐かしいと思えるほど、俺の心は寛容じゃない。前と違うのは、俺が檻の中で両腕を拘束されて吊るされてるってことだ。
「またお会い出来て嬉しいですよ、レオ殿」
檻を開け、奴が何食わぬ顔で中に入ってきた。
灰色のドブネズミみたいな野郎だ。
「グリス、生きてたのか。てっきり、のたれ死ん……っ!」
「無駄口は禁止ですよ」
勢い良く頬を打たれ、俺は低く呻いた。性格は変わらないようだな。仕方なく黙ってやる。
「やっと、私の願いが叶うんですよ。これは総て私の計画なんです。ラウルに苦しみを与えるためのね。君も、どんな計画か詳しく聞きたいでしょう?聞きたいですよね?」
答えるべきなのか、答えない方が良いのか分からず、俺はただ黙って頷いた。それに気を良くしたのか、グリスはペラペラと計画の内容を話し出した。
「私は王の本妻の子であるラウルを恨んでいたんですよ。産まれた時から王になることが決まっているなんて、君も羨ましいと思ったでしょう?周囲の者からの扱いも違う。私と君は同じなんですよ」
何の話をしてるのか、分かんねぇな。良いから早く進めろよ、と文句を言ってやりたかったが、言えば更に時間が掛かるだろう。
「私は王になるための教育を受けてきました。ラウルに何かあれば私が王になる必要があったからです。でも、あいつは王になった。私の居場所は無くなりました」
途中で殺しちまえば良かったのに、と思ったが、俺も別に殺そうとしなかったなと思い直した。それは、いつか自分が王になれるかもしれない、と期待していたからなのかもしれない。
もしかしたら、自分が選ばれるかもしれない。この病弱な金髪坊ちゃんより強くなれば、この馬鹿な金髪坊ちゃんより賢くなれば、いつか、自分が王に……。願いは叶わなかったが、そう思っていたことに間違いはない。
「だから、私はウェンゼルの財産を奪う方法を教えると言って、リューシヴ王と手を組んだのです」
一度も親父だと思ったことは無かったが、向こうも俺のことを一度も息子だと思ったことは無かったみたいだな。俺を駒にしやがったんだから。
「兄である私はラウルの好みを知っています。冷酷なあいつも昔は素直で可愛かったんですよ。ちょうど君のような者が好みだったようで、本当に良かった」
俺の知らないラウルの話をされると、何故だか、酷く腹が立った。
「君とラウルが番になることは予想出来ていました。今も番を解消されていないところを見ると、あいつはまだ君に未練を持っているようだ」
仕組まれていることに気付いても、ラウルは俺を番に選んだだろうか?仕組まれていたことに気付いても、ラウルは俺を番だと赦せるだろうか?
俺は自分が思っている以上にお前に心を侵されてるよ。無意識にお前を認めてる。
「それが逆に好都合です。君がこの国でラウルの番として生きている。これこそが私の計画の一番重要なところなんですよ。君が人間の国に戻ったことで、ウェンゼルの戦意は低下する。何故なら、ラウルは君を殺すことが出来ないからですよ。君が居ると思えば、下手に攻撃を仕掛けられない。あいつとあの国は、もう抜け殻も同然です」
本当に良いように使われちまったんだな俺は。あいつ、恨むだろうな。
「あとは兵が集まり次第、ウェンゼルを攻めて計画は終わりです。ラウルは殺しませんよ?私はあいつを苦しめたいんです。あいつに痛みはない。だから、代わりの苦しみを与えないと私の気が治らないんです」
こいつは確実に狂ってやがる。己の復讐のために自国だけでなく、敵国も巻き込むとは。
「だから、君もまた手伝ってください」
まだ俺を使おうってのか?ラウルの番として生きてりゃ良いって言ってたじゃねぇか。
「口を開けてください。大人しく言うことを聞かないと下から入れますよ?」
グリスが白い薬を指で摘み、俺の口元へと持ってきた。まったく、恐ろしいことを言いやがる。
「また、毒じゃねぇよな?」
「毒じゃないですよ。君に毒が効かないことは分かっています。それに私は君を殺したくない」
死んだら困るから自分じゃ死ねないようにしたんだもんな。ご立派なもんだよ。毒薬はラウルと俺の仲を深めるオプションで、もし俺がそれで死んだり、他の奴に殺されたら、計画を練り直せば良いと思ってたんだろう?優秀で良かったな、俺が。
「口を開けてください」
「……ん」
疑問は残っていたが、グリスの威圧的な視線に渋々俺は口を開いた。そこに容赦無く薬を投げ込まれ、さらにコップになみなみと注がれていた水をぶっ掛けられる。
「ゴボッ!がはっ!……げほっ!げほっ、ふざけんなよ!」
ぶっ掛けられたのだ、本当に。コップの水で溺れそうになるのは初めてだ。一気にぶっ掛けられれば総てを飲み干せるわけもなく、気管にも入り込み、多くを床にこぼした。
「……っ、は……、おい、今度は何する気だ?俺は言われた通りにしただろう?」
ちゃんと口を開け、俺は言われた通りに薬を飲み込んだ。にも関わらず、グリスは俺の服を下にずり下げた。嫌な予感しかない。
「君が私の子を産んだら、ラウルはどう思うでしょうね?」
吊るされ動けない俺の耳に鼻先を寄せ、グリスがそんなことを囁いた。酷い寒気がした。
「なっ!本当にクソ野郎だな!おま……え……」
おかしい、身体がおかしい。嘘だ、そんなことはあり得ない。ヒートは、まだ先のはず。なら、何故、俺の身体は……熱く……。
「避妊薬があるんですから、その逆もあるんですよ。とても高価ですが、ヒートを誘発する薬がね。やっと手に入れたんです」
そう言いながらグリスが小さな瓶を摘んで俺の目の前で振った。中には避妊薬である青い薬が入っている。
「……っ、それは……」
「これ?これは君が持っていた物ですよ。残念ですが、檻の外に置かせてもらいます」
俺にも絶望感を味合わせたいのか、グリスはわざわざ俺から見えるところにあるテーブルの上に薬の瓶を二つ置いた。
「……子供なんざ……っ、殺してやる!」
子に罪は無いが、こんな奴に利用されるくらいなら、こんなクズ野郎に取られるくらいならば。
「子供なんて要りません。君が私の子を身篭ったという事実だけが必要なんです」
狂ってる……、狂ってやがる……。
「君があいつを苦しめる因子である限り、私は君を大切にしますよ」
檻の外から戻って来たグリスの気配が俺の背後に移動した。ヒートに蝕まれた俺の身体は自分の意思とは裏腹に抱かれることを望んでいる。皮肉なもんだ、こんな状況で子孫繁栄を望むとは。馬鹿げてる、本当に馬鹿げてる。
「さあ、力を抜いて」
「……っ、や、やめろ……!」
こんなに苦しくて、こんなに悔しくて、こんなに……悲しいことはない。
────ラウル……。
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