30 / 33

第5章 魂の願い②

   ◆ ◆ ◆  ずっと、ラウルの意識が戻らない。死せずとも、目を開けず、喋りもしない。……ずっと、ずっとだ。 「レオ様、私たちはこれで失礼します」  狼人の侍女三人組と五人の騎士が俺に頭を下げた。 「様は要らない、いつもすまないな」  俺が礼を返すと、なんとも言えない表情をして、八人は部屋から出て行った。そんな大勢で何をして居たのか。ラウルを風呂に入れてくれていたのだ。  奴の傷はひと月で塞がり、身体中に傷跡を残した。それはラウルが国を守った印。たかがひと月、されどひと月、俺は人間の王として国の再建をしながら、こうしてラウルに会いに来ては、何もせず側に居る。側に居て、離れられずに居る。  夜遅くまでラウルの顔を見てはコンラッドに「あまり無理をするな、お前も一国の王だろう?」と軽く怒った口調で言われて、帰る。その繰り返しだ。  ラウルが目を覚まさない今、ウェンゼルのことはコンラッドが中心にやっているが、実質、番である俺がこの国の王でもあるのだ。  俺はもう人間ではない。だが、人間だった俺を知っている者も居る。人間など嫌いだ、と思っているやつも居る。ただ、この国はリューシヴと一つになれるはずだ。ラウルが目を覚ませば、きっと、国は変えることが出来る。そんなことを信じて、俺は今日もラウルの顔を見つめ、壊れそうな心を正常に繋ぎ止める。  心をパズルだとするならば、一つ一つのピースには感情が詰められていると思う。少ないピースだが、一つでも欠ければ、心はガタガタになり、代わりのピースを探し始める。ラウルが痛みを失い、愛情を手に入れたように。優しさの裏側で国を守るために冷酷になり、穴を偽物で埋める日々、一体、お前はどんな気持ちで居たのだろうか。 「ラウル、お前が居なくて寂しい」  ここに居る、触れることが出来る。ただ、ここには居ない。ここに居て、ラウルはここに居ないのだ。  俺の言葉はお前に届いているだろうか。この想いはお前に届いているだろうか。  お前以外に言えない言葉が俺の中にある。いつまで俺はこれを持ち続けていれば良い?お前が目を覚ました時にどんな言葉を掛けようか、と考えては俺の中に言葉が生まれ消えて行く。俺はいつまで、言葉を考え続ければ良い? 「俺はまだ、何も言ってない……」  俺もベッドに上がり、ラウルの隣で横になった。  目を閉じたままのラウルを見ていると、ちゃんと生きているのか確かめたくなる。不安になる。ラウルの胸に耳を当ててみると、ちゃんと心音が聞こえた。少しだけホッとする。 「なあ、ラウル。リューシヴの城の上にある変な星のこと知ってるか?」  尋ねても返事が来ないことぐらい知っている。お前が俺の話を聞いていないことぐらい分かっている。それでも、話し掛けることをやめられない。 「朝は黒くて、夕方光って、夜になると見えなくなる。ここからも見えるかと思ったが、全然見えねぇんだよ」  今はちょうど光って見える時間帯だが、その変な星は確認出来ない。 「お前も見たいだろう?見るには、こっちの国に来ないとな」  俺が餓鬼の頃からある変な星だ。この話をしたのはラウル、お前が初めてなんだよ。だから、聞けよ。頼むから、俺の話を聞いてくれ。 「……っ」  寝てんなよ。目覚ませよ。俺はここだ、ここに居る。どこにも行ってねぇじゃねぇか。  俺はお前に感情を与えたが、お前も俺に感情を与えたんだよ。責任取れよ。責任が取れねぇなら、最初から俺に生きる理由なんざ与えるな。生きる理由なんざ……。 「ラウル……っ」  なんで何も言わねぇんだよ!俺が泣いてるんだぞ?今まで涙を流さずに生きてきた俺が、お前の所為で泣いてる……。なのに、なんで、お前は目を覚まさねぇんだよ!  俺がここに来たのも、俺がオメガになったのも、俺が死に損なったのも、俺が泣き虫になったのも、総て、お前の所為なのに。全部、全部、全部、お前の所為なのに……。 「……また来る」  俺はラウルの頭を優しく撫で、ベッドから降りた。このままでは俺の心が先に死んでしまう。王で居られなくなってしまう。国が死んでしまう。自分の国に戻らなければ……。  そう思った瞬間だった。 「……くっ……はっ」  急に心臓が大きく脈打ち、一瞬で身体が熱くなった。  しまった、ついに来やがったか。確かに、もう三ヶ月だ、ヒートが来てもおかしくはない。 「……っ」  急いで俺は薬を取り出し、飲み込んだ。大丈夫、薬を飲めば、直ぐに効果が…………やばい、とてもまずい。熱が引くどころか、さらに増していってやがる。まさか、これが避妊薬の反動か?薬が効かない上に身体が……これ以上は言いたくない。  ラウルは動けねぇし、と頭では思っていたんだが、俺はいつの間にか、奴のモノに手を伸ばしていた。  身体が熱い……、欲しくて堪らない……。もう頭で正常に考えることが出来ない。身体が勝手にラウルを欲している。 「……ん、……っ」  早く、どうにかしたくて、俺は躊躇いもなく、ラウルのモノを口に含んだ。アルファの時は、こんなにも自分の欲望を抑えるのが大変だということはなかった。勿論、同性のモノを口に咥えたのも初めてだ。されたことも殆どない。  意識の無い者が、果たして俺の拙い舌使いで反応するのかという不安はあったが、幸いにもラウルのモノは徐々に芯を持ち始めた。次第にそれは震えながら男らしく見事に反り返り、俺を複雑な気持ちにさせた。理性を手放しそうになっていても、ラウルのモノがデカいのだけは理解出来る。  少しだけ、理性が俺に近付いた。 「……っ」  欲しい……、だが、このままではただの行為になってしまう。ラウルを使って己の欲望を満たすだけになってしまう。  駄目だ、そんなことは。そんなことをしてしまうなら、一度死んだ方がマシだ。そうだ、一度リセットしよう。俺は、ずっと自分では死ねない。  もう失くすものは何も無い。身体にあった傷跡も無くなってしまった。申し訳ないとは思ったが、もう悩んでいる暇は無く、俺はラウルの上で自分の腰から剣を引き抜いた。  何故、こんなにも怖いのか。剣を握った両手が震える。こんなこと初めてだ。こんな気分は初めてだ。本当に死ぬわけじゃねぇのに、死が怖い。……それでも、俺は覚悟を決めた。 「……ラウル……っ、すまない……」  ────また、後で会おう。

ともだちにシェアしよう!