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第5章 魂の願い②
◆ ◆ ◆
ずっと、ラウルの意識が戻らない。死せずとも、目を開けず、喋りもしない。……ずっと、ずっとだ。
「レオ様、私たちはこれで失礼します」
狼人の侍女三人組と五人の騎士が俺に頭を下げた。
「様は要らない、いつもすまないな」
俺が礼を返すと、なんとも言えない表情をして、八人は部屋から出て行った。そんな大勢で何をして居たのか。ラウルを風呂に入れてくれていたのだ。
奴の傷はひと月で塞がり、身体中に傷跡を残した。それはラウルが国を守った印。たかがひと月、されどひと月、俺は人間の王として国の再建をしながら、こうしてラウルに会いに来ては、何もせず側に居る。側に居て、離れられずに居る。
夜遅くまでラウルの顔を見てはコンラッドに「あまり無理をするな、お前も一国の王だろう?」と軽く怒った口調で言われて、帰る。その繰り返しだ。
ラウルが目を覚まさない今、ウェンゼルのことはコンラッドが中心にやっているが、実質、番である俺がこの国の王でもあるのだ。
俺はもう人間ではない。だが、人間だった俺を知っている者も居る。人間など嫌いだ、と思っているやつも居る。ただ、この国はリューシヴと一つになれるはずだ。ラウルが目を覚ませば、きっと、国は変えることが出来る。そんなことを信じて、俺は今日もラウルの顔を見つめ、壊れそうな心を正常に繋ぎ止める。
心をパズルだとするならば、一つ一つのピースには感情が詰められていると思う。少ないピースだが、一つでも欠ければ、心はガタガタになり、代わりのピースを探し始める。ラウルが痛みを失い、愛情を手に入れたように。優しさの裏側で国を守るために冷酷になり、穴を偽物で埋める日々、一体、お前はどんな気持ちで居たのだろうか。
「ラウル、お前が居なくて寂しい」
ここに居る、触れることが出来る。ただ、ここには居ない。ここに居て、ラウルはここに居ないのだ。
俺の言葉はお前に届いているだろうか。この想いはお前に届いているだろうか。
お前以外に言えない言葉が俺の中にある。いつまで俺はこれを持ち続けていれば良い?お前が目を覚ました時にどんな言葉を掛けようか、と考えては俺の中に言葉が生まれ消えて行く。俺はいつまで、言葉を考え続ければ良い?
「俺はまだ、何も言ってない……」
俺もベッドに上がり、ラウルの隣で横になった。
目を閉じたままのラウルを見ていると、ちゃんと生きているのか確かめたくなる。不安になる。ラウルの胸に耳を当ててみると、ちゃんと心音が聞こえた。少しだけホッとする。
「なあ、ラウル。リューシヴの城の上にある変な星のこと知ってるか?」
尋ねても返事が来ないことぐらい知っている。お前が俺の話を聞いていないことぐらい分かっている。それでも、話し掛けることをやめられない。
「朝は黒くて、夕方光って、夜になると見えなくなる。ここからも見えるかと思ったが、全然見えねぇんだよ」
今はちょうど光って見える時間帯だが、その変な星は確認出来ない。
「お前も見たいだろう?見るには、こっちの国に来ないとな」
俺が餓鬼の頃からある変な星だ。この話をしたのはラウル、お前が初めてなんだよ。だから、聞けよ。頼むから、俺の話を聞いてくれ。
「……っ」
寝てんなよ。目覚ませよ。俺はここだ、ここに居る。どこにも行ってねぇじゃねぇか。
俺はお前に感情を与えたが、お前も俺に感情を与えたんだよ。責任取れよ。責任が取れねぇなら、最初から俺に生きる理由なんざ与えるな。生きる理由なんざ……。
「ラウル……っ」
なんで何も言わねぇんだよ!俺が泣いてるんだぞ?今まで涙を流さずに生きてきた俺が、お前の所為で泣いてる……。なのに、なんで、お前は目を覚まさねぇんだよ!
俺がここに来たのも、俺がオメガになったのも、俺が死に損なったのも、俺が泣き虫になったのも、総て、お前の所為なのに。全部、全部、全部、お前の所為なのに……。
「……また来る」
俺はラウルの頭を優しく撫で、ベッドから降りた。このままでは俺の心が先に死んでしまう。王で居られなくなってしまう。国が死んでしまう。自分の国に戻らなければ……。
そう思った瞬間だった。
「……くっ……はっ」
急に心臓が大きく脈打ち、一瞬で身体が熱くなった。
しまった、ついに来やがったか。確かに、もう三ヶ月だ、ヒートが来てもおかしくはない。
「……っ」
急いで俺は薬を取り出し、飲み込んだ。大丈夫、薬を飲めば、直ぐに効果が…………やばい、とてもまずい。熱が引くどころか、さらに増していってやがる。まさか、これが避妊薬の反動か?薬が効かない上に身体が……これ以上は言いたくない。
ラウルは動けねぇし、と頭では思っていたんだが、俺はいつの間にか、奴のモノに手を伸ばしていた。
身体が熱い……、欲しくて堪らない……。もう頭で正常に考えることが出来ない。身体が勝手にラウルを欲している。
「……ん、……っ」
早く、どうにかしたくて、俺は躊躇いもなく、ラウルのモノを口に含んだ。アルファの時は、こんなにも自分の欲望を抑えるのが大変だということはなかった。勿論、同性のモノを口に咥えたのも初めてだ。されたことも殆どない。
意識の無い者が、果たして俺の拙い舌使いで反応するのかという不安はあったが、幸いにもラウルのモノは徐々に芯を持ち始めた。次第にそれは震えながら男らしく見事に反り返り、俺を複雑な気持ちにさせた。理性を手放しそうになっていても、ラウルのモノがデカいのだけは理解出来る。
少しだけ、理性が俺に近付いた。
「……っ」
欲しい……、だが、このままではただの行為になってしまう。ラウルを使って己の欲望を満たすだけになってしまう。
駄目だ、そんなことは。そんなことをしてしまうなら、一度死んだ方がマシだ。そうだ、一度リセットしよう。俺は、ずっと自分では死ねない。
もう失くすものは何も無い。身体にあった傷跡も無くなってしまった。申し訳ないとは思ったが、もう悩んでいる暇は無く、俺はラウルの上で自分の腰から剣を引き抜いた。
何故、こんなにも怖いのか。剣を握った両手が震える。こんなこと初めてだ。こんな気分は初めてだ。本当に死ぬわけじゃねぇのに、死が怖い。……それでも、俺は覚悟を決めた。
「……ラウル……っ、すまない……」
────また、後で会おう。
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