65 / 876
第65話 千紘side
「な、んだこれ······。」
日曜日の夜。母さんと別れて寮に戻ってきた。
さあ、荷物を解いて片付けないと、と思い部屋を開けたらもぬけの殻。
「ああ、いた!松舞君!」
「えっ······」
寮の管理人さんが走ってやってきて、俺に1つの鍵と地図を渡す。
「今日から君の部屋はここになったんだよ。ここに移ってね。荷物はもう移動させたから。」
「え、ぇ······?そんな、勝手に······。」
「ごめんね、アルファの人が決めたから逆らえないんだ。」
そう言われるとどうしようもできなくて、地図を見ながら荷物を持って歩く。
「どこだよここ······。」
やっと着いた先はアルファの寮からちょっと歩いたところ。でもこの建物とアルファの寮は繋がっているようだ。
建物の中に入って地図内に書かれた部屋番号に鍵をさしてドアを開ける。
「──来たか」
「ヒッ!」
途端、大好きな匂いが肺を満たして、それから低い声が聞こえた。
目の前にいるのは何故か会長で、荷物を床にドサッと落としてしまう。
「な、なんでっ!?」
「今日からここで俺と住むんだ。荷物は運んでおいた。早く入れ。晩飯は食べたか?食べてないなら一緒に食べよう。」
「えぇっ!?ちが、待って、わからないっ!」
「混乱してるのはわかるが、先に中に入って飯を食べよう。そろそろ帰ってくると思って温めておいたんだ。早くおいで」
床に落ちた荷物を会長が運んで行く。かと思えば放心状態の俺の背中を押して手洗いうがいをさせてテーブルの席に座らせた。
「苦手なものがあったら残してくれて構わないから。」
「······こ、これ、会長が作ったんですか······?」
「ああ。料理が好きでな。」
よくわからないオシャレな料理だ。
きっと名前もオシャレなんだろう。
「えっと······いただきます」
「ああ、召し上がれ。」
会長の手料理なんてきっとまだこの世界で食べた人は1桁くらいしかいないと思う。その中に俺が入るなんて恐れ多いけど、食べない方が失礼だ。
ほうれん草と卵とハムが入ってあるパイ生地に包まれたそれを食べる。
「っ!!」
「ど、どうした!美味くなかったか!?」
「っ、美味しいっ!!会長!これ何!」
「それはキッシュだ······。よかった、口に合ったか。」
「美味しい美味しい!会長も食べましょうよ!」
「ああ、そうだな。」
この状況にはまだ理解ができていないけれど、ご飯が美味しいから今は気付かないふりをした。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!