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第292話 優生side

「匡君は実家に帰らないの?」 「······帰らない。」 テストが終わって、休みの日。 久しぶりに匡君の家に来ていた。 「ねえ、そろそろ教えてくれないかな?」 「何を」 「わかってるでしょ?」 はぐらかそうとする匡君の手を掴む。 じっと目を見ると、匡君は嫌そうに視線を逸らした。 「話したくない。惨めな気持ちになるんだ。」 「でも、匡君の事何も知らないままなのは嫌だ。」 「······頼むから、聞かないでくれ。」 「匡君は知らないかもしれないけど、僕こう見えても頑固だよ。」 そう言うと困ったように笑う匡君。 「俺が意地になってるだけだ。別に特別何かをされたわけじゃない。だから話したくないんだ。」 「何で。匡君のこと知りたいよ。匡君が意地っ張りならそれでいい、可愛いって思うくらい。」 「······可愛いは嬉しくない」 匡君の手が背中に回る。 抱きしめられて、その胸に沈む。 「······俺の親は今はそうでなくても、昔は子供の個性を否定するような人達だったんだ。」 「うん」 「俺は自由で居たかったから、それに抗った。······それが今でも嫌なんだ。二度と俺を否定されたくない。だから家には帰らない。親に会うつもりもない。······下らない話だ。それだけの事って思うだろ?だから話したくなかった」 確かに、話だけを聞けばそれだけの事。 でもきっと幼い匡君にとっては違う。 「馬鹿にしてもいいぞ」 「するわけないでしょ。」 「······自分で思うんだ。馬鹿だなって、たったそれだけの事で今も傷ついてるだなんて。」 匡君の背中に手を回して、トントンと優しく撫でる。 「僕は馬鹿にしたりしない。匡君が傷ついたことは確かだし、今も傷が癒えてないのもわかってる。」 顔を上げて、匡君の目を見ると、その目が少し細められた。 「いつか、匡君の傷が癒えるように、僕が支えるね。」 「優生が?」 匡君が小さく笑って、俺を抱きしめる力を強める。 「うん。だって僕、匡君の事大好きだから。」 「······俺も、優生の事が好きだ。」 頭を撫でられて、心が温かくなる。 心の距離がまた少し近くなった気がした。

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