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第509話 偉成side

最後の文化祭で3年生ははしゃいでいた。 去年は外で模擬店をしていたけれど、今年は教室でアイスを売っている。 少しでも楽をしたいというクラスメイトの意見だ。 比較的ゆったりとした雰囲気でいると、突然千紘の香りがした。 それも、悲しみや不安の香り。 「え、赤目!?」 慌てて教室を飛び出し、辺りを見回す。 すると廊下で泣いている千紘がいて、慌てて千紘を抱きしめた。 「千紘、場所を移動しようか。」 優しくそう言うと、ゆっくりと頷いて返事をしてくれる。 あまり人に見られたくないだろうから、着ていたブレザーを脱ぎ千紘の頭に被せた。 「ちょっとだけ我慢してくれ」 そう言ってそっと抱き上げ、近くの空き教室まで運ぶ。 ブレザーを取ると、両手の甲で涙を拭う千紘が、唇を噛んでいた。 「千紘、噛まないで」 「う······っ、ふっ、」 「そう、いい子。」 頭を撫でて、そっとキスをする。 薄く歯形がついた唇を舐めて、頬に溢れる涙を舌で掬う。 「何があった」 「っん、偉成······」 千紘の腕が首に回り、抱きついてくる。 俺も千紘の背中に手を回して、落ち着かせるように優しく撫でた。 千紘のポケットに入っている携帯が震えている。 許可をもらってからそっとそれを抜き取って画面を見ると匡からの電話だった。 「千紘、匡から電話が来てる。出ていいか?」 「······うん」 電話を繋げ、耳に当てる。 ザワザワとうるさい雑音が耳障りだ。 「匡」 「あ?兄貴?千紘は?」 「一緒にいる」 若干苛立っている匡の声。 千紘はもしかすると誰にも何も言わずに出てきたのかもしれない。それで匡が怒っているのか。 「さっきうちの教室に他校の男子高生が居たんだ。そいつらが千紘にちょっかい出したところを井上が見たらしい。それから千紘が走って出て行ったって。」 「······成程な」 どうやら、怒っているのはその男子高生達にらしい。 「兄貴と居るなら安心だ。どうせそろそろ交代の時間だったし、こっちのことは何も気にしなくていいって千紘に伝えておいてくれ。」 「わかった」 電話を切ると、千紘が顔を上げて「怒ってた?」と聞いてくる。 安心させるように微笑んで「大丈夫」と言うと、ホッと小さく息を吐いた。

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